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階層
30 桜木舞香、捧げ物
しおりを挟む「ワシワシワシワシ」「ワシワシワシ」
クマゼミも他種同様、土の中で四~五年といった長い年月を過ごす。
木の根から汁を吸って何年もかかって成長する。
そして、地上に現れ15日程度で死ぬ。
その死ぬまでの間、オスはメスに自分の存在を示すため必死で鳴くのだ。
そう、今みたいに。
「今日はありがとう、その、こんな素敵な場所連れてきてくれて。」
「実は、私、ずっとこうしてkと家族とこの島で平凡に暮らしたかったの。」
「そこら辺にいるごく普通の女子高生みたいに。」
「ごく普通の女子高生?」
「ええ、そう、朝起きて潮風に吹かれながら防潮堤の上をスキップする日々。」
「ジリジリと焼けるような暑い太陽に照らされ、さとうきび畑の近くにある古い自販機に立ち寄る日々。」
「放課後遅くまで弓道部の仲間と汗だくになりながらひたすらに練習する日々。」
「k、君とこうして笑い合う日々。」
「そんな日常が好きだったし、これからもずっと続くと思ってた。」
高く盛り上がった丘に設置された展望台からは、青く透き通った海と若々しく活気のある青葉が風に揺られていた。
雲一つない光り輝く青い空が海との境界線を曖昧にする。
「つまり、もうすぐmはこの島を出てくってこと?」
「ええ、出てくわ。」
「それは初耳だな、、、」
「・・・」
「え、!ほんとに!?」
「ほんとに言ってる!?いつ?」
いきなりの打ち明けに理解が遅れる。
予想外であったため動揺し、足がすくんだ。
「あと半年ちょっとしかこの島には居れないわ。」
「え、?」
「ちょっと待ってくれよそんなこと聞いてない。」
「ええ、だって言ってないもの。」
「なんで?どこに行くんだ?」
思い出した。この不意に訪れる絶望感。
幼少期の頃、大切に育て飼っていた熱帯魚を間違って殺してしまった時と同じだ。
大切にしていたものが自分の手から離れて行く感覚。
「親から詳しく言うなと言われてるから簡潔に言うとカリフォルニアに行くの。」
「私、スタンフォード大学医学部に特別推薦されたから。」
「え、?」
「それって飛び級で?」
「ええ、そう飛び級で。」
「だから、この地にも家族にもkにもあと半年ちょっとでさよならしなくちゃいけない。」
「ちょっと待って。」
「自分たち高校卒業したら同じ大学行こうって約束してたじゃないか。」
「だから、自分も必死で勉強してきたのに、」
「そうだ、此間の全国模試で自分A判定出したんだよ。」
「だから、一緒に行こう。」
「ほら、自分一年前は絶対無理だって言われてただろ。」
「それなのに、君のそばにずっといたくて今日まで必死に努力してきたんだよ。」
「自分は君みたいな鬼才じゃないから本当に辛かったし大変だった、それでも君がいたから何とかやって来れたんだよ、」
「私、鬼才なんかじゃない。」
「大したことのない凡人よ、ただこれまで運が良かっただけ。」
「冗談言わないでくれよ。」
「君ほどの才能を持った人が謙遜すると、むしろ嫌味に聞こえる。」
「どれだけ努力してもどれほど足掻いても天才には敵わないんだよ。」
「その真実を最近気づいたんだ。」
「自分がどれほど足掻いたとしても君の足元にも及ばないってことを。」
「君は"本物"だ。」
「本当に凄いと思ってるし尊敬してるし、それに、、」
「それに、?」
「心から君が好きなんだよ。」
「これは憧れなんかじゃない純愛だ。」
「だからさ、スタンフォードなんて言わずに一緒に行こうよ京都に。」
「必ず受かる。」
「あの日、君と京大医学部に行くと共に決意したこと忘れたの、?」
「ごめんなさい。」
「私も本当はそうしたかった。」
「今もなお、そうしたいと心から思ってる。」
「じゃあ、なんで、、」
「私には使命ができたの、」
「"現し世の向こう側"に行かなくちゃならない。」
「kもいずれ知る時が来ると思う。」
「え、?」
「何を言ってるんだ?」
「生きとし生けるもの、全ての浄化が始まる前に私は食い止める。」
「だってここが好きだから。」
「この世界は美しいわ、だから、汚いものが入るとすぐに駄目になる。」
「本当にごめんなさい。」
「だから、私は行かなくちゃいけない。」
「kを裏切るつもりなんてなかったし、ずっとkといたかった。」
「あなたのロジックを曲げるつもりはないけれど私は私の宿命を受け入れなくちゃいけない。」
「だからどうか許して。」
そう言って階段を降りて行く小さな背中をただだただ眺めていた。
自分じゃ持てないくらい重い十字架を、その小さな背中が背負っているような気がして心が痛くなる。
その時の自分の姿は、絶望というより虚無が近い。
そう、それからというもの自分は生きる屍になっていったのだ。
勿論、他者やmに気づかれぬようこれまでと何ら変わらず接するが、日に日に心の虫は侵食を加速させる。
そして、mが姿を消してからはまるで屍そのものであった。
高三ではろくに勉強が捗らず、医学部から農学部へと進路を切り替えた。
卒業後、自分は一人で京大に通うため京都へと一人暮らしを始める。
無事大学にも馴染むことができ、ひたすらにバイオ学と向き合う日々を送っていたのだ。
走馬灯のように高校から大学までの記憶が呼び起こされる。
巫さんが言うには、自分は小学校五年から中学二年まで沼座江に通っていたらしい。
そう、沼座江学校は小学中学一貫校であり小等部と中等部に分けられているのだ。
そして、自分は小学五年で突如として転校してきたのだと。
そして、小学五年から中学二年まで巫さんとは同級生だったらしく親友でもあったのだと。
四年間に渡り沼座江校に通った後、例の火災事件に遭い中学三年時から高校まで地元沖縄に返ったらしい。
ただ、小学五年から中学二年の終わりまでの記憶に霧がかかっており思い出すことはできない。
それに、偶然、沼座江校は京都に位置していたらしく、それもまた自分が大学時代から住んでいるアパートの近くに。
ただ、自分は大学に行くまで京都に行った覚えや地元沖縄から出た覚えすら無かった。
偶然に偶然が重なり、自分が中学時代通っていた沼座江校の廃墟に何も知らずに侵入していたのだ。
巫さんと出会ったことで自分の中に欠けていた記憶の一ピースが埋まった気がした。
そう夢か現実か分からぬ朦朧とした意識の中考えていると右の首が痛く熱を持っているのを感じた。
「フン、フンフン♪」「フフン♪」
「フフンフフンフン♪」
妙に懐かしい鼻歌が耳を突き抜け、混乱状態の脳を刺激する。
恐る恐る目を開け、辺りを見渡すと、自分は椅子に縛られており、赤い狐目に鋭い犬歯を剥き出した女性が石机の上で試験管の液体を注射器に移している。
その奇妙な笑顔は悪事を謀る悪い印象を覚えた。
少しずつ記憶を整理していくと、自分は暗闇の階段の上で何者かに襲われたのだと改めて気づいた。
その気づきと共に多汗症など比にならぬほど手から手汗が湧き上がってくる。
その広い部屋は、石畳の床、壁には綺麗な山の絵画が施されている。
そして、四方八方鳥居で囲われ、ただならぬ空気を醸し出しているのだ。
中央に行くほど自分が縛られている場より一段ずつ上がっており、真ん中には女性の彫刻が施された石像が設置されている。
ただ、女性の石像には眼球がくり抜かれており、口を半開きにしている。
また、石畳と石畳の間には苔がびっしりと埋められている。
それに加えて、鳥居の近くを人工的な小川が流れているのだ。
その作りは、まるで平安時代の京都で成立していた貴族住宅の様式である寝殿造にどことなく似ているのだ。
段差のせいで、よく見えないが中央部に何やら石製の台のようなものがあり、そこには女性が仰向けで寝ているのがわかる。
すると、目の赤い女が突然歩き出し、仰向けに寝ている女性に近づいていく。
「おお!目を覚ましたか。」
「功治、久しぶりだな。」
低いが透き通り響くような声。
まさかと思い顔を上げる。
なんとそこには、教祖であり、S級ホープの持ち主である松坂里帆の姿があった。
「私が何をしてるか気になるか?」
犬歯を剥き出しニヤけながら自分を睨みつけてくる。
「いいだろう特別に答えてやる。」
「殺戮の神エリスの復活だ。」
「この世界はバランスを崩した、今やその旋律を整える時。」
「神の力によって正しき世界を取り戻すのだ。」
「ドゴーン、ゴトゴト、ゴト」
そう言って近くにあった石机を片手で粉々に砕き散らす。
よく見ると、拳の皮膚が白く変化しており、バスで起きたmとの脳内会話を思い出す。
「これが硬化能力。」
「おお、思い出したのか功治。」
「これが神によって与えられた類い稀な力の一つだ。」
「同士であるお前には私の話す意図がわかるだろ。」
「ただエリスを復活させるには根源となる血が必要になる。」
「ああ、もっと言うと生贄だ。」
「血と力と悪魔の聖水。」
「そして、天使の眼球。」
「この四つが揃った時殺戮の神エリスは蘇り天地を揺るがす人類最大のインパクトを起こす。」
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