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海豹

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32 覚醒

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 「そろそろ切り札を使うか、この世の覇者であるこの私の力を見せつけてやる。」
「なあ、功治、お前の全力はそんなものか?」
「まさか、このまま虫けらのように惨めに潰されるのか、?」
「頼むからそれだけは辞めてくれよ、」「オモシロクナイから。」
そう言ってニヤつき地面を何度も殴り続け、石畳を粉々に砕く。
そして、砕かれた石畳の大きな破片を持ち上げ常軌を逸した脚力で颯爽と宙を舞う。
破滅的な打撃によって朦朧としていた自分は、なんとか目眩を起こしながら立ち上がる。
だが、教祖の女は少しの情けをも掛けることなく、背負い持ち上げたブロックを重力を利用し自分に叩きつける。
咄嗟に右側の身体機能を停止させ、左側の硬化に注力を注ぐ。
ただ、あまりにも衝撃が大きかったため、その場で耐え忍ぶことが出来ず海老反りで10メートルほど吹き飛ばされた。
 細胞骨格を形成するタンパク質の一種であるケラチンをカルシウムと即座に融合させ、骨芽細胞の密度を急激に上げることで硬化は行われる。
亀の甲羅の遺伝子とクロカタゾウムシの共生細菌を取り込んでいる皮膚、筋肉、骨は瞬時のチロシン合成とエナメル質によって尋常でない強度を生み出している。
 巫さんが言うにはそれらの細胞変異によってモース硬度8超という驚異的な数値を叩き出しているらしい。
 吹き飛ばされた自分はよろめき、仰向けになって倒れる。
すると、自分の倒れ込んだ位置から丁度、石台に寝かせられた朝陽の顔が見えた。
嘘でも快調とは言えない青白い顔にぐったりと憔悴し切っている様子である。
あれほどまで陽気で明るい健気な少女が蒼白な顔で眠っている。
それを見た自分は、はらわたが煮えくり返るような猛烈な怒りに襲われ視界が揺らぎ、一心不乱でエネルギーを全身に行き渡らせていた。
そう、ただただ朝陽を失うことを恐れていたのだ。
そして、その怒りの矛先を教祖の女へと向ける。
「いいぞ、功治、その目だ。」
「その怒りに支配された目が好きだ。」
そう言って、てばたきをし長い髪を束ねる教祖の女。
「さあ、こいお前の全力をぶつけろ。」
「そろそろ、私も切り札を使わせてもらう。」
そして、戦闘態勢に入った教祖の女は顔を顰め全身に力を入れる。
「ゔぁぁ、ぐぁが、ゔぁああ、ひぃぐぐ、」
「ぐぁが、ゔぁあああああ、ゔぉおおお」
すると、叫声と共に教祖の女の皮膚に血管が浮き出し青く発光し始めた。
それと共に、戦闘服がジワジワと黒く溶け始め、液体の如く下垂れ落ちる。
戦闘服の中に着衣していた金属製のインナーだけが残りそれ以外は全て灰と化した。
そして、教祖の女の周囲の空気が熱されゆらゆらと陽炎が登る。
赤い眼は青白く発光し、まるでガスバーナーの炎のように煌めいている。
10メートル近く離れているが、それでも身体が焼けるように熱い。
「はは、あははは、あははは」
「どうだ、功治」
「これこそが神によって授かりし力。」
そう言って全身の火力を高めていく教祖の女。
その凄まじい熱量を肌で感じる。
「知ってるか?功治。」
「抗核エネルギーバクテリアというものを」
「放射性物質をエネルギー源として体内で莫大な核融合を起こす。」
「嘘だ!」
「そんな、あり得ない。」
あまりの異論につい口を出してしまった。
「それだけのエネルギーと熱量を体内で所持などすれば身体が蒸発どころかプラズマへと化してしまうはず。」
「核融合が制御できず凄まじい核分裂を起こし核爆発を引き起こす。」
「なぜ、成り立っているんだ、」
自分は灼熱に耐えながら次々と浮かぶ未知の疑問に頭を悩ませる。
超越した頭脳を得た今の自分でもこの怪異には見当がつかない。
「その通りだ功治、昔の私ではこれほどのエネルギーを手にした途端この国を一瞬にして滅ぼしていただろう。」
ニヤつきながら青く光った眼で笑う教祖の女。
「だが、今は違う。突然変異と異常成長によって強靭な肉体を持ち、生体原子炉となったこの私にとって不可能はない。」
そして、人差し指を突き出す教祖の女。
「もう、お前の逃げ場はない。功治。」
「降伏し、私に仕えろ。」
その瞬間、閃光が発し女の人差し指から放たれた高温の熱線が右膝をぶち抜き、細胞、筋肉、骨、神経、血管などの組織を一瞬にして焼き切る。
その瞬間、右脚の感覚が無くなりその場に倒れ込む。
傷口は貫通しており、煙を上げながら周りの皮膚や筋肉が溶けて黒い液体へと変わり、あまりの高温にぐつぐつと体内で沸騰している。
痛覚が無くなり痛みは感じないがビリビリと電気が走るような神経の痙攣を感じる。
何度も右脚にエネルギーを回すが、傷口を再生することができず、それに加え右脚を硬化することさえも不可能になっていた。
















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