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第九章 贖いの言葉
しおりを挟む事件の真相が明るみに出ても、傷はすぐに癒えるものではない。
真実は人を救うが、それと同時に、過去を突きつける刃にもなり得る。
西園寺彰人の死、美咲の逮捕、そして雨宮敬一の失墜。
それぞれの結末を迎えたはずの登場人物たちは、なお、水面の揺らぎの中にいた。
真琴はある日、東京拘置所の面会室を訪れた。
そこには、変わらぬ表情で椅子に座る美咲の姿があった。
「こんにちは」
「来てくれてありがとう。……きっと、もう来ないと思ってた」
「あなたの言葉を、最後まで聞きたいと思ったんです。
誰よりも、あなた自身が“語る”ことを望んでいる気がして」
美咲は小さく笑った。以前のような張りつめたものではなく、
どこか、静かに自分を許しはじめた人間の笑みだった。
「私はね、西園寺さんにすべて話したの。
怜司くんとの関係も、あの夜のことも。
それでも彼は、私を責めなかった。
“君がこのまま沈んでしまうのなら、僕が引き上げる”って」
「……それで、あなたは自首を選んだんですね」
「ううん、違う。あれは彼の遺した“物語”に導かれたの。
彼の最終稿を知っていたら、きっと私じゃなくても……そうすると思う」
真琴はふと、美咲の言葉の中にある“赦し”の兆しを感じた。
それは、自らの手で真実を描こうとした作家・西園寺の意志が、
確かに彼女の中に残っている証でもあった。
「私はもう、外には戻れない。きっと刑も重い。
でも、ここからでもできることがあると思ってる」
「例えば?」
「……私は“書く”ことができる。
誰かの物語を紡ぐことが、まだできる。
たとえ紙と鉛筆だけでも、人と向き合う言葉は残せるはず」
真琴はそのとき、はじめて一人の作家の姿を美咲の中に見た。
嘘を重ねた彼女が、今度は“本当の物語”を綴ろうとしている。
帰り道、真琴は編集部に連絡を入れた。
「彼女に、連載を持たせたいんです。
匿名でもいい。“獄中作家”として始めさせてください」
最初は驚かれたが、話題性と真琴の熱意により、
数週間後、『月刊文藝センタ』で新企画が立ち上がった。
《水底(みなぞこ)からの手紙》――ある女性作家の獄中日記
美咲は自身の過去を振り返りながら、
時に読者に語りかけ、時に自問しながら綴っていった。
「人は、どこまで沈んだら“底”に着くのだろう。
私には、まだ底が見えない。
けれど、筆を握るたびに水面が見える気がする。
それが真実か、幻想かは、きっと読者が決めることなのだ」
読者からの反応は思った以上に温かかった。
「涙が出ました」「私も罪を背負っています」
「書くことでしか救われない人がいることを知りました」――
そして何より、最後の連載の中で、美咲はこう綴った。
「贖いとは、許しを求めることではなく、
誰かの痛みと共に歩むことなのだと思います。
私はこれからも、その痛みを綴り続けます」
一方で、真琴は事件後の整理を終え、再び編集者として歩み始めていた。
彼女は編集部の新企画として、**“現実と虚構の境界”**をテーマにした特集を企画し、
西園寺の未発表エッセイを含む追悼特集を進めていた。
その準備中、彼女は一枚の古い手紙を見つけた。
それは、西園寺がかつて美咲に宛てた直筆の手紙だった。
「君の言葉が嘘でも構わない。
人は、嘘から始めて本当になることがある。
私がそうだったように。
だから、君の“嘘”も、やがて誰かの真実になる。
それが“物語”の力なのだから」
真琴はその手紙を、美咲の新刊の巻末に「あとがき」として掲載することにした。
それは、死んだ作家と、生きて償おうとする作家を繋ぐ、“贖いの言葉”だった。
物語は、終わらない。
誰かが書く限り、誰かが読む限り――
真実も、嘘も、その狭間で呼吸を続ける。
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