嘘の地図

taki

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第一話「その地図はウソを描く」

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 ――世界は、嘘でできている。

 そう思ったのは、地図を手にしたあの日からだった。

 リクは瓦礫の山に腰を下ろし、煤けた空を仰いだ。かつて“北の町”と呼ばれていたこの場所は、今では誰もそう呼ばない。ただの崩れかけた建物の群れ。風が吹くたび、どこかで鉄の軋む音がする。

「……ここも、また外れか」

 手にした地図を広げる。ボロボロになった紙の表面には、幾つもの赤い印が滲んでいた。自分でつけた、いわば“嘘”の跡。そこに真実があると信じて旅を続けてきたが、今のところ、そのどれもが空振りだった。

 地図には、こう書いてある。

 「この地図に描かれたことはすべて真実となる」

 けれどリクは知っている。それは、嘘だ。地図が示すのは、真実ではなく、望んだ嘘。描いた者の願望や妄想が、現実のように地図に現れるだけ。だが――それでも。

「これが、最後の“嘘”だったらいいのに……」

 少年はつぶやくと、立ち上がった。ポケットにしまったコンパスが、わずかに震えている。風ではない。これは、地図が“何か”を示している証拠。新たなウソが生まれる前触れだ。

 そのとき、背後で誰かが言った。

「その地図、あんたが描いたの?」

 振り返ると、少女がいた。赤いマフラーに、泥だらけのコート。年はリクと同じくらいか、少し年上かもしれない。彼女の瞳は真っ直ぐにリクを射抜いていた。

「……誰?」

「私はユメ。夢の“ユメ”。その地図、ちょっと見せて」

 リクは警戒しつつも、彼女の目から目を逸らせなかった。不思議と、嘘をつけない気がした。

リクは無言で、地図を少しだけ広げて見せた。地図の上には、かすれたインクで描かれた山や川、街の輪郭。そして、いくつかの赤い印。それらはどこにも存在しない場所を示していた。地図を読む者の“願い”によって、常に書き換わる。現実ではないが、時に現実よりも残酷で、魅力的な“ウソ”。

 ユメはじっとそれを見つめたあと、ぽつりとつぶやいた。

「……これは、“書かれてない”ものまで見える地図なんだね」

 リクは目を細めた。

「それ、どういう意味?」

「普通の地図は、現実を写す。でもこれは、現実の“裏”を描く。たとえば——人の嘘とか、忘れられたものとか。つまり……本当になりたかった“現実”」

 ユメの声は穏やかだったが、その言葉はリクの胸に小さな針のように刺さった。

「……見えるのか、あんたには? この地図の裏側が」

「少しだけね。でも、それでここまで来られた。だって、これが“ウソの地図”なんでしょ?」

 リクは短く息を吐いた。まるでこの少女が、ずっと前からこの地図のことを知っていたかのように思えた。

「なら、どうして俺に話しかけたんだ。地図が欲しいなら奪えばいい」

「欲しいんじゃない。あんたに“地図の先”を見てほしかったの」

 ユメは地面にしゃがみ込み、指で瓦礫に線を引いた。まるで即席の地図のように、直線と丸を重ねる。次の目的地を描くように。

「ここに行こう。地図が示してないけど、行くべき場所がある。——“眠れる街”って呼ばれてる」

「聞いたことない」

「そりゃそうよ。誰も本当の名前を知らないから。でも、そこには“真実のカケラ”がある。地図のウソを、本物に変えるカギが」

 “真実のカケラ”。

 それは、リクがこの旅を始めるきっかけとなったもの。世界のあちこちに存在すると言われる、名前も形も不確かな欠片。だが、すべてを集めれば——この世界に隠された“本当”に、たどり着けると信じられている。

「……信じていいのか、あんたの言葉を」

「信じるんじゃなくて、“選ぶ”の。ウソの地図がそうでしょ? 真実かどうかは、自分で決めなきゃ」

 その言葉に、リクは言い返すことができなかった。

 気づけば、ポケットの中のコンパスが、また震えていた。針は、ユメの描いた線の先を——まっすぐに、指し示している。

 ウソの地図が、動き始めた。

「……行こう。“眠れる街”へ」

 リクはそう言って、瓦礫の上から飛び降りた。ユメは微笑み、小さく頷く。

 地図が描くのは、望んだウソ。

 だけど、ウソの奥には、必ず“本当”が潜んでいる。

 二人の影が、崩れた街の隙間をすり抜けていった。まだ見ぬ真実を探して、誰にも知られない地図を携えて——。
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