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第二話「眠れる街のウソ」
しおりを挟む眠れる街には、誰もいない。
そう言われていた。
けれどそれは“誰も気づかない”という意味でもあった。
風の吹かない谷間に、その街はあった。白く霞んだ空の下、朽ちたアーケードとひび割れた看板。色の褪せた街路樹の間を、リクとユメが歩いていた。足音だけが、空間に吸い込まれていく。
「……本当に、誰もいないのか?」
リクが周囲を見回しながら尋ねた。ユメは立ち止まり、建物の影を見つめたまま答えた。
「“気づいてないだけ”よ。人も、記憶も、ここにある。でも全部、眠ってる」
リクは眉をひそめた。
この街には確かに“人の痕跡”があった。干からびた鉢植え、半開きの扉、落ちたままの買い物袋。まるで昨日まで誰かが暮らしていたようにさえ思える。
だが、どこにも気配がない。
「ユメ、お前……なんでこの街を知ってたんだ?」
「前に一度来たことがあるの。でも、その時は入れなかった」
「入れなかった?」
「この街は、“嘘を忘れた人間”は入れないの。だから私は、あんたと一緒に来たかった」
リクは答えられなかった。彼自身、自分の“嘘”を抱えたまま旅をしている。この地図を使って、取り戻そうとしているものがある——だが、それが何なのか、記憶の奥はまだ霧に包まれていた。
「ここに、“真実のカケラ”があるんだな?」
ユメは頷いた。
「でも、それを手に入れるには、この街の“嘘”を見つけなきゃいけない。つまり——この街の『眠り』を解くってこと」
リクは地図を取り出した。紙面には何も描かれていない。真っ白な空白。まるでこの街が、地図の上では“存在していない”かのようだった。
「……描かれてないのか、ここ」
「違う。“描けない”のよ。誰もこの街の本当の名前を知らないから。名前のないものは、ウソとして地図に現れない」
「じゃあ、俺たちは——」
「地図の外にいるってこと。つまり、今は“本当”に近い場所にいるってことでもある」
リクは静かに息を飲んだ。地図の外。自分の望みや妄想では到達できない場所。
この街には、確かに“何か”がある。
そのとき——街の奥から、音がした。
カラン、カランと、何かが転がるような音。誰かの足音のようでもあった。
二人は顔を見合わせる。
「……誰か、いるのか?」
ユメは目を細め、声を低くした。
「違う、“誰か”じゃない。“何か”よ。この街の“嘘”が、起きたのかも」
リクは地図を握りしめた。コンパスがかすかに揺れている。針の先が、ゆっくりと“空白の方角”を指し始めた。
眠れる街の奥に、ウソの正体が待っている。
二人は音のした方へと歩き出した。通りを抜け、廃墟となったカフェの前を通る。ガラスの割れた窓辺に、乾いた花束が置かれていた。
リクがふと足を止める。
「……これ、誰かが最近?」
花は枯れていたが、埃をかぶっていない。まるで今朝、誰かが手向けたような気配がある。
ユメは頷いた。「“眠ってる”って言ったでしょ。ここでは、時間も記憶も“止まったまま動いてる”の。矛盾してるようだけど、そういう場所なの」
リクは思わず地図を見た。相変わらず空白のまま、ただ紙の縁に小さく、薄く、“×”の印が浮かんでいた。自分が描いた覚えのない印。それは、何かの警告のようにも見える。
「……ここ、危ないのか?」
「それは、あんたが決めることよ。地図が嘘を描くなら、それを信じるのも拒むのも、持ち主の意思次第」
「だったら、信じる。俺の嘘が、俺を裏切らないと」
ユメは薄く笑った。その笑みにどこか、懐かしさのようなものが混ざっていた。
そして——角を曲がった先で、二人は“それ”を見た。
広場の真ん中に、大きな時計塔があった。だが針は動いておらず、時を示す盤面はひび割れ、そのひびの間から“黒い靄”のようなものが立ち上っていた。
靄はうごめきながら、ひとつの“人の形”を取っていた。
まるで、眠る誰かの夢が、影となって立ち上がったかのように。
「……あれが、“この街の嘘”?」
リクが言うと、ユメは静かに頷いた。
「この街はね、誰かの“記憶”が作ったの。その記憶の中でだけ、人々は生きていて、動いていて、笑ってる。でも、その記憶を描いた“誰か”が、嘘をついた。だから、街ごと“眠り”に落ちたのよ」
影がこちらを振り返るように動いた。目などないはずなのに、その視線をリクは感じた。
その瞬間——
地図が燃えた。
正確には、何も描かれていなかったはずの空白の部分が、炎のように赤く染まり、そこに“名前”が浮かび上がった。
「……“エレシア”。この街の名前……?」
ユメは小さく息をのんだ。「覚えてたんだ。誰かの記憶が、戻ったんだよ、今」
影が動いた。風もないのに、砂埃が渦を巻く。リクのポケットの中のコンパスが、激しく震え出す。
「来るよ……この街の嘘が、目を覚ました!」
リクは地図を開いたまま、時計塔の前へと駆け出す。
“眠れる街”の“嘘”と向き合うとき——
その地図が、初めて“真実”を描くのかもしれない。
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