嘘の地図

taki

文字の大きさ
2 / 6

第二話「眠れる街のウソ」

しおりを挟む

 眠れる街には、誰もいない。

 そう言われていた。
 けれどそれは“誰も気づかない”という意味でもあった。

 風の吹かない谷間に、その街はあった。白く霞んだ空の下、朽ちたアーケードとひび割れた看板。色の褪せた街路樹の間を、リクとユメが歩いていた。足音だけが、空間に吸い込まれていく。

「……本当に、誰もいないのか?」

 リクが周囲を見回しながら尋ねた。ユメは立ち止まり、建物の影を見つめたまま答えた。

「“気づいてないだけ”よ。人も、記憶も、ここにある。でも全部、眠ってる」

 リクは眉をひそめた。
 この街には確かに“人の痕跡”があった。干からびた鉢植え、半開きの扉、落ちたままの買い物袋。まるで昨日まで誰かが暮らしていたようにさえ思える。

 だが、どこにも気配がない。

「ユメ、お前……なんでこの街を知ってたんだ?」

「前に一度来たことがあるの。でも、その時は入れなかった」

「入れなかった?」

「この街は、“嘘を忘れた人間”は入れないの。だから私は、あんたと一緒に来たかった」

 リクは答えられなかった。彼自身、自分の“嘘”を抱えたまま旅をしている。この地図を使って、取り戻そうとしているものがある——だが、それが何なのか、記憶の奥はまだ霧に包まれていた。

「ここに、“真実のカケラ”があるんだな?」

 ユメは頷いた。

「でも、それを手に入れるには、この街の“嘘”を見つけなきゃいけない。つまり——この街の『眠り』を解くってこと」

 リクは地図を取り出した。紙面には何も描かれていない。真っ白な空白。まるでこの街が、地図の上では“存在していない”かのようだった。

「……描かれてないのか、ここ」

「違う。“描けない”のよ。誰もこの街の本当の名前を知らないから。名前のないものは、ウソとして地図に現れない」

「じゃあ、俺たちは——」

「地図の外にいるってこと。つまり、今は“本当”に近い場所にいるってことでもある」

 リクは静かに息を飲んだ。地図の外。自分の望みや妄想では到達できない場所。
 この街には、確かに“何か”がある。

 そのとき——街の奥から、音がした。

 カラン、カランと、何かが転がるような音。誰かの足音のようでもあった。
 二人は顔を見合わせる。

「……誰か、いるのか?」

 ユメは目を細め、声を低くした。

「違う、“誰か”じゃない。“何か”よ。この街の“嘘”が、起きたのかも」

 リクは地図を握りしめた。コンパスがかすかに揺れている。針の先が、ゆっくりと“空白の方角”を指し始めた。

 眠れる街の奥に、ウソの正体が待っている。
二人は音のした方へと歩き出した。通りを抜け、廃墟となったカフェの前を通る。ガラスの割れた窓辺に、乾いた花束が置かれていた。

 リクがふと足を止める。

「……これ、誰かが最近?」

 花は枯れていたが、埃をかぶっていない。まるで今朝、誰かが手向けたような気配がある。

 ユメは頷いた。「“眠ってる”って言ったでしょ。ここでは、時間も記憶も“止まったまま動いてる”の。矛盾してるようだけど、そういう場所なの」

 リクは思わず地図を見た。相変わらず空白のまま、ただ紙の縁に小さく、薄く、“×”の印が浮かんでいた。自分が描いた覚えのない印。それは、何かの警告のようにも見える。

「……ここ、危ないのか?」

「それは、あんたが決めることよ。地図が嘘を描くなら、それを信じるのも拒むのも、持ち主の意思次第」

「だったら、信じる。俺の嘘が、俺を裏切らないと」

 ユメは薄く笑った。その笑みにどこか、懐かしさのようなものが混ざっていた。

 そして——角を曲がった先で、二人は“それ”を見た。

 広場の真ん中に、大きな時計塔があった。だが針は動いておらず、時を示す盤面はひび割れ、そのひびの間から“黒い靄”のようなものが立ち上っていた。

 靄はうごめきながら、ひとつの“人の形”を取っていた。

 まるで、眠る誰かの夢が、影となって立ち上がったかのように。

「……あれが、“この街の嘘”?」

 リクが言うと、ユメは静かに頷いた。

「この街はね、誰かの“記憶”が作ったの。その記憶の中でだけ、人々は生きていて、動いていて、笑ってる。でも、その記憶を描いた“誰か”が、嘘をついた。だから、街ごと“眠り”に落ちたのよ」

 影がこちらを振り返るように動いた。目などないはずなのに、その視線をリクは感じた。

 その瞬間——

 地図が燃えた。
 正確には、何も描かれていなかったはずの空白の部分が、炎のように赤く染まり、そこに“名前”が浮かび上がった。

「……“エレシア”。この街の名前……?」

 ユメは小さく息をのんだ。「覚えてたんだ。誰かの記憶が、戻ったんだよ、今」

 影が動いた。風もないのに、砂埃が渦を巻く。リクのポケットの中のコンパスが、激しく震え出す。

「来るよ……この街の嘘が、目を覚ました!」

 リクは地図を開いたまま、時計塔の前へと駆け出す。

 “眠れる街”の“嘘”と向き合うとき——
 その地図が、初めて“真実”を描くのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...