私の世界

結愛

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Queen of Mermaid

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ベッドの上がもぞもぞ動く。人魚姫が起きたようだ。まだ眠気があるようで、ゆっくりとその身を起こす。尖った耳。サファイアをはめたような瞳。魚人と同じような、鱗のついた足を持ち、ショートパンツと、上着は胸のところに貝殻があるだけであった。
なかなかにショッキングな姿に、波は思わず両目を手で覆う。

「あれ?   お客人ですか?」

透き通った声。歌わなくても、その声の質はとても独特で、落ち着く。
人魚姫はキョロキョロと辺りを見渡し、部屋にいる来栖に視点を止め、しばらく見つめた。

「あぁ。来栖さんですね、妖退治の」
「人聞きが悪いなぁ。そういうわけじゃないんだけど。今回はそちらから呼ばれたし」
「あら、そうなの。じゃあ、私がなかなか起きないから呼ばれたのかしら?」

自分の陥っていた状況は分かっていたようで、説明は済んだ。どうやら、人魚姫に、魔力を著しく保持できなくなる呪術をかけられたようだ。
その呪術師は分からないが、禁忌に触れているのは確かだろう。

「なるほどね。それじゃあ、はやく歌わないと。貴方達も来なさいよ、命の恩人ですし」

なんだか、突き放されたような印象を受けるが、悪い妖、というわけでもないらしい。水色の艶やかな髪を手で肩から払いと落とし、言うが早いか、そそくさと人魚姫は退室していく。

「あー、そうそう。自己紹介がまだだったわね。私は人魚族の姫。ローレライの声を持つ、クローディア・ゼーレ。以後よろしくお願いしますわね」
「わ、私は波と申します。来栖様の補佐を務めさせていただいています」
「あら貴方。なかなか大変なものを飼ってらっしゃるのね」

部屋を出る直前、人魚姫――クローディアが思い出したように自己紹介を始める。そこで、波も慌てて自己紹介を済ませた。
その様子を、来栖は微笑みながら見守り、人魚姫のあとについて行く。


「はーぁい。しばらく寝てしまって、迷惑をかけたようね。心配してくれてありがとう。今はもう平気よ」

人魚姫が起きてから二時間後。もう朝になる時刻に、人魚姫はコンサートを始めた。
観客は、久しぶりのことに歓喜し、中には涙を流す者がいたほどだ。
特等席に案内された波たちは、クローディアの歌声に耳を傾け、休息をとっている。

「~♪~~~♪~~♪」

会話している時にも感じた、透き通った声が、夢海に響き渡る。淀んでいた水が、透明さを取り戻し、気のせいか、清々しくなった感じがする。
歌に歌詞はないが、心が落ち着くほどの穏やかさを持ち、すっと溶けていく。


こうして、夢海での事件は解決された。
だが、波の心には、迷いが生じていた。
戦闘の時、波は全く役に立っていない。それどころか、いつの間にか攻撃を受け、足を引っ張ってしまっていた。
現世でも、青年に助けられて生きている。現世の波は、声を出すことや、耳の機能が、妖の体になるにあたって、低下している。
昼間も夜も何も出来ないと言っていい。


「私のいる意味、あるかな」

ぼそりと波はそう呟いた。
その声は、誰の耳に入ることなく、盛り上がった観客の声によって掻き消された。




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