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第五章 ~不死身の女帝~
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薄暗い階段を、最短距離で駆けていく。
後ろからも、ダダダダッと慌ただしい足音がしてくる。
だいぶ距離をとれた。
まさかこんな簡単にことが進むとは思わなかったが、次に集中しなければならない。
問題の川だ。
前方から、ぽちゃ、ぽちゃ、と水音がする。
体が反応して、止まれと叫んでいるかのように震えてくる。腰にある刀もカタカタと音を立て、警戒をしているようだ。そっと手を添えて、大丈夫だと、自身に言いかける。
「ノル、ニル。大丈夫?」
心配になり、後ろを振り返ると、さきほどまで捕まっていたにも関わらず元気なふたりがいた。
「私たちは大丈夫です。まったくもって元気です」
マッスルポーズをして元気さを強調するニル。
「けど、すみません。ライラ様。私たちが気を抜いてしまったばかりに」
ノルは珍しく落ち込み、声のトーンを下げる。
失敗続きで、いくらノルでさえも、反省に明け暮れているのだろう。
その従者の誠実さをみて、微笑んだ。
「問題ない。むしろ、私の方が助けてもらっているから」
前を向き、少し苦笑を浮かべる。
カーブ沿いに入り、ますます水の音が大きくなる。
少し走っていくと、そこには水路があった。
幅広い水路には四角い石が二つほど並んで渡れるように設置されている。
そこを渡るのだが、吸血鬼であるライラには少しきつい話だ。浸かるのはおろか、近付くだけでも敏感に反応してしまう。
「主。渡れそうですか?」
「多分。聖水は能力はすごいけど効果を発揮するのは遅い。高速で行けば問題ない」
よし、と握り拳をつくり、決意を示す。
ノルとニルはずっと傍に仕えてきたため、こういうときはどのような心理状態かわかる。
「ノル、これって無茶してますよね」
「ライラ様はチャレンジ精神豊富ですね」
こそこそと、ノルとニルは話をしているが、ライラはそんなことは気にもとめず、イメトレを繰り返している。
そんなこんなで、時間が過ぎていき、千夜たちが追いついてきた。
「やっぱりここで止まるか」
確信をしているが、ここは既に渡れることを知らない千夜は余裕で刀を抜く。
「大丈夫、大丈夫。こんなもん戦地を乗り越えてきた私なら平気へっちゃら」
と、ブツブツ自己暗示を繰り返しているライラは、千夜の存在に気づいていない。
「ライラ様ぁ。来ましたよ?」
「あ、主? 大丈夫ですか?」
ノルとニルの声にも反応せず、ただただ自己暗示をしていく。背中はがら空き。
これを好機とみて千夜は刀を振りかざした。
「大、丈、夫!!」
ライラはそう叫ぶと、足に力を込めて一気に跳躍した。
その光景をみて、ノルとニルは頷き合い、ライラに続いて渡っていく。
反対の岸に着いたライラは止まることなく走り続け、突き当たりの扉を開いてやがて外へ出た。
しかし、そこは思っていたような外ではなく、白い部屋だった。まだ試練があるというのか。
左の壁の真ん中らへんにはガラス張りでこの部屋を見渡せるようになっている。そこには二人立っていた。ライラの視力では、その二人は千夜よりも装飾が煌びやかだ。おそらく高位にあたるのだろう。
「ん。これはこれは。人間は悪趣味」
下に視線を戻せば一角、開いている。ぽっかりと開いたところからは、血に飢えた吸血鬼がいる。
「血を······血を······」
掠れたような呻き声で、心許ない足取り。吸血鬼の唯一の欲によるものだろう。自我がもう失われているのか、目は虚ろだ。人体実験も行われていたのだろうか。様々な推測が飛び交うが、集中しなければいけなかった。
「血をくれぇぇぇぇぇぇ!!」
こちらの確認をすると、叫びながら走ってきた。吸血鬼ではあるためその足は速い。だいぶ遠かったはずだが、あっさりと距離は縮まる。
「悪趣味なことこの上ない」
思ったことを口にするだけで一歩も動かず、その吸血鬼にされるがままになる。
首元に、牙を突き立てられ、そのまま肩を押される。白い天井を見るかたちで、血を吸われた。髪が、床にふわりと散らばる。
ジュルルルッと大量の血がなくなっていくのを感じる。これはなんだか新鮮だ。なぜだか心地いい。死が近付いているという予感などしないだろう。
バタンっと後ろから慌ただしく扉が開く音がした。
千夜かな、と思い、そちらを見ようとするが、支配されたように体が動かない。
仕方なく、吸血鬼の耳元で囁く。
「殺されるぞ?」
その言葉を聞いた途端、吸血鬼は目を疑ったように一度ライラの顔を見る。残っていた自我だろうか。ら
だがライラの顔をみた瞬間、手首を強く抑えてきて、血を吸う勢いが強まった。欲によるものか、思惑があるのか。どちらであろうと構わないが、ライラは今更ながらに自身の危機を、理解した。
(殺したいのか······)
このままでは血が足りなくなってしまう。
動けないため、抵抗すらできない。
「そこまでだ!」
千夜が吸血鬼に向かって刀を振るう。
吸血鬼はそれを飛ぶように躱し、ライラから離れる。
千夜はライラの元へ駆け寄り、体調を確認してくる。
「大丈夫か?!」
敵のはずが、意外と必死そうにしているので、少し疑問に思うが、今はそれどころではなさそうなので質問に答える。
「平気。血を多く吸われただけ」
短く答え、上半身を起こしてみる。
かなりだるかった。体が重い。血が足りていないのは明確だ。重い体を起こし、立ち上がる。
「すこし言いなりになりすぎたかな」
肩を回して、動けることを確認すると、ノルとニルが駆け寄ってくる。
「主。あれは避けることができました」
「なんで避けなかったんですか!」
また心配をかけたか、と少し後悔し、大丈夫だということを伝えると、吸血鬼を視る。
「君、私をライラと知っていての行為か」
澄んだ声で聞いてみる。
吸血鬼は嘲笑をするように笑う。非常に気味が悪かった。
「だからこそだよ、裏切り者!」
さらに襲いかかろうとする。
さっきは許したが、今度は許すつもりは無い。伸ばしてくる腕を、掴んで逆の方向へとへし折る。吸血鬼は悲鳴を上げ、もがく。
武器を使うことなく、足は動くことなく、体術だけでやってみせた。
その実力は紛うものではない。一体あのときはなんだったのだろうと、千夜は考える。だが、その思考を止めるように、ライラは氷よりも冷たい声音を吐いた。
「君は弱い」
そう言うと、次は空中に放り投げた。空中に投げられた意味がわからず、吸血鬼は放心状態になっている。
「反逆罪によりー―」
空中から出現した無数の武器が吸血鬼に刃を向ける。
四方八方を刃で塞がれ、逃げる場所などない。
「その身をもって痛みをしれ」
吸血鬼には刃がささり、みるも酷い有様になった。幾多の戦場を駆けた千夜でも、その酷さに顔をしかめる。これが、同族にしたことだというのだからさらに恐ろしい。
慈悲もなく、ただ無表情のままその骸を見下すと、頭蓋に、足を思い切り下ろした。
頭蓋は砕け、見るに耐えない悲惨な状況だ。それでもライラの顔に表情といったものは表れない。欠けて落ちてしまったかのように、なくなっている。
骸からは死に絶えても血が溢れ出て、ライラはその血を掬うように指で撫でる。
その指についた血を舐めると、ライラは骸から離れた。
「まずい」
一言だけ感想を述べ、千夜を見てみると、呆気にとられているようだった。
まだ千夜にははやかったらしい。
「主。少し人間の前でやりすぎかと」
「そうですよ! 流石にあそこまで殺らなくても」
ノルとニルはこう言っているが、むしろライラにとっては不思議だった。
「前まではこれよりももっと酷かった。別に今回のはそれほど問題じゃない」
そう淡々といつものように告げ、伸びをする。それなりに疲れたようで、ぷふぁ、と詰めていた息を吐き出す。
「あの吸血鬼。千夜たちが用意したの?」
「いや、違うな」
むせかえるような異臭が漂う中、千夜は苦悶に満ちた顔で即答する。
あっそ、と短く相槌を打ち、ライラはガラス張りの方を見る。
そこには先ほどまでいた二人はおらず、もぬけの殻となっていた。
「同族を殺せるか試したのか」
遠い日を見るかのように目を細める。もう過ぎたことなのだから、気にする事はないか、と自己完結したライラは、なにをしようか考える。
「ライラ様」
ノルが呼んでくる。
なにか話すことがあるのだろうか。
思うことを思いながら振り返ってみると、炎の鳥が飛んでくる。
反応さえしたものの、躱すにも遅い。
咄嗟に腰の刀を抜き取り、軌道を逸らす。
「うっ······!」
逸らしたが、意外と力が強く、腕が痺れた。
そこに間髪いれずに斧が降りかかってくる。
それを体力を消耗しないように躱す。
「そっち側につくか······」
寂しそうにぽつりと呟く。
その視線の先には頼りにしていた人。
先ほどやりすぎたからこうなったのだろうか。どこに反省点があるのか。
そんなことを考えつつも、攻撃を避けていく。下を少し俯いたまま。
風や、殺気に似たオーラを感じ取り、見なくてもぎりぎりで避ける。
「さすがです、主。けれど、少しずつ、正気を失っているようですね·····!」
ニルは体を捻った力で、斧を振り回す。小柄な体格には似合わない武器だ。けれど、それを完全に操っている。一重に吸血鬼の力のみとは言えない。
「私が、正気を失っている······?」
そんな馬鹿な、と思うが、ニルが言うならそうなのだろう。傍でずっと仕えてきたのだ。ライラよりもライラのことを知っているに違いない。
もしかしたら、じんわりと失っているのかもしれない。さっきから湧き出るように感じる力はそのせいなのだろうか。
半目で考えながら、ひらり、ひらりと躱す。攻撃は全くと言っていいほど当たらない。
1歩下がるにつれ、だんだんと、失ってはいけないものが削がれているように感じた。視界も、ぼんやりとして、はっきり見えない。言葉を発しようとしても出るのは擦れた声だけだった。異常な事態に陥っている気がする。思考も徐々に遅くなっている。対策をと思っても、その案が思い浮かばない。
(あぁ。だめだ、これ)
ノルとニルはこれを感じ取っていたのだろう。
だから人間に協力したのだろう。
二人とも、ライラのことは分かっていたんだ。暴走することも、それが本心ではないことも。なんらかでリミッターが外れて、解放されてしまっているようで。
今の自分では抑えきれない。
身体もなにかに乗っ取られているような感覚がある。
とてつもなく意識が薄れていく。
今自分がどうなっているかもわからない。
抑える手立てもない。
このまま、意識を失ってしまったら、おそらく傷つけてしまう。
千夜たちも、ノルも、ニルも。
せめて薄くとも、意識はとっておきたい。
それで自分を見失わないようにしたい。
そんな想いを胸に秘めたまま、ライラは意識を失った。
後ろからも、ダダダダッと慌ただしい足音がしてくる。
だいぶ距離をとれた。
まさかこんな簡単にことが進むとは思わなかったが、次に集中しなければならない。
問題の川だ。
前方から、ぽちゃ、ぽちゃ、と水音がする。
体が反応して、止まれと叫んでいるかのように震えてくる。腰にある刀もカタカタと音を立て、警戒をしているようだ。そっと手を添えて、大丈夫だと、自身に言いかける。
「ノル、ニル。大丈夫?」
心配になり、後ろを振り返ると、さきほどまで捕まっていたにも関わらず元気なふたりがいた。
「私たちは大丈夫です。まったくもって元気です」
マッスルポーズをして元気さを強調するニル。
「けど、すみません。ライラ様。私たちが気を抜いてしまったばかりに」
ノルは珍しく落ち込み、声のトーンを下げる。
失敗続きで、いくらノルでさえも、反省に明け暮れているのだろう。
その従者の誠実さをみて、微笑んだ。
「問題ない。むしろ、私の方が助けてもらっているから」
前を向き、少し苦笑を浮かべる。
カーブ沿いに入り、ますます水の音が大きくなる。
少し走っていくと、そこには水路があった。
幅広い水路には四角い石が二つほど並んで渡れるように設置されている。
そこを渡るのだが、吸血鬼であるライラには少しきつい話だ。浸かるのはおろか、近付くだけでも敏感に反応してしまう。
「主。渡れそうですか?」
「多分。聖水は能力はすごいけど効果を発揮するのは遅い。高速で行けば問題ない」
よし、と握り拳をつくり、決意を示す。
ノルとニルはずっと傍に仕えてきたため、こういうときはどのような心理状態かわかる。
「ノル、これって無茶してますよね」
「ライラ様はチャレンジ精神豊富ですね」
こそこそと、ノルとニルは話をしているが、ライラはそんなことは気にもとめず、イメトレを繰り返している。
そんなこんなで、時間が過ぎていき、千夜たちが追いついてきた。
「やっぱりここで止まるか」
確信をしているが、ここは既に渡れることを知らない千夜は余裕で刀を抜く。
「大丈夫、大丈夫。こんなもん戦地を乗り越えてきた私なら平気へっちゃら」
と、ブツブツ自己暗示を繰り返しているライラは、千夜の存在に気づいていない。
「ライラ様ぁ。来ましたよ?」
「あ、主? 大丈夫ですか?」
ノルとニルの声にも反応せず、ただただ自己暗示をしていく。背中はがら空き。
これを好機とみて千夜は刀を振りかざした。
「大、丈、夫!!」
ライラはそう叫ぶと、足に力を込めて一気に跳躍した。
その光景をみて、ノルとニルは頷き合い、ライラに続いて渡っていく。
反対の岸に着いたライラは止まることなく走り続け、突き当たりの扉を開いてやがて外へ出た。
しかし、そこは思っていたような外ではなく、白い部屋だった。まだ試練があるというのか。
左の壁の真ん中らへんにはガラス張りでこの部屋を見渡せるようになっている。そこには二人立っていた。ライラの視力では、その二人は千夜よりも装飾が煌びやかだ。おそらく高位にあたるのだろう。
「ん。これはこれは。人間は悪趣味」
下に視線を戻せば一角、開いている。ぽっかりと開いたところからは、血に飢えた吸血鬼がいる。
「血を······血を······」
掠れたような呻き声で、心許ない足取り。吸血鬼の唯一の欲によるものだろう。自我がもう失われているのか、目は虚ろだ。人体実験も行われていたのだろうか。様々な推測が飛び交うが、集中しなければいけなかった。
「血をくれぇぇぇぇぇぇ!!」
こちらの確認をすると、叫びながら走ってきた。吸血鬼ではあるためその足は速い。だいぶ遠かったはずだが、あっさりと距離は縮まる。
「悪趣味なことこの上ない」
思ったことを口にするだけで一歩も動かず、その吸血鬼にされるがままになる。
首元に、牙を突き立てられ、そのまま肩を押される。白い天井を見るかたちで、血を吸われた。髪が、床にふわりと散らばる。
ジュルルルッと大量の血がなくなっていくのを感じる。これはなんだか新鮮だ。なぜだか心地いい。死が近付いているという予感などしないだろう。
バタンっと後ろから慌ただしく扉が開く音がした。
千夜かな、と思い、そちらを見ようとするが、支配されたように体が動かない。
仕方なく、吸血鬼の耳元で囁く。
「殺されるぞ?」
その言葉を聞いた途端、吸血鬼は目を疑ったように一度ライラの顔を見る。残っていた自我だろうか。ら
だがライラの顔をみた瞬間、手首を強く抑えてきて、血を吸う勢いが強まった。欲によるものか、思惑があるのか。どちらであろうと構わないが、ライラは今更ながらに自身の危機を、理解した。
(殺したいのか······)
このままでは血が足りなくなってしまう。
動けないため、抵抗すらできない。
「そこまでだ!」
千夜が吸血鬼に向かって刀を振るう。
吸血鬼はそれを飛ぶように躱し、ライラから離れる。
千夜はライラの元へ駆け寄り、体調を確認してくる。
「大丈夫か?!」
敵のはずが、意外と必死そうにしているので、少し疑問に思うが、今はそれどころではなさそうなので質問に答える。
「平気。血を多く吸われただけ」
短く答え、上半身を起こしてみる。
かなりだるかった。体が重い。血が足りていないのは明確だ。重い体を起こし、立ち上がる。
「すこし言いなりになりすぎたかな」
肩を回して、動けることを確認すると、ノルとニルが駆け寄ってくる。
「主。あれは避けることができました」
「なんで避けなかったんですか!」
また心配をかけたか、と少し後悔し、大丈夫だということを伝えると、吸血鬼を視る。
「君、私をライラと知っていての行為か」
澄んだ声で聞いてみる。
吸血鬼は嘲笑をするように笑う。非常に気味が悪かった。
「だからこそだよ、裏切り者!」
さらに襲いかかろうとする。
さっきは許したが、今度は許すつもりは無い。伸ばしてくる腕を、掴んで逆の方向へとへし折る。吸血鬼は悲鳴を上げ、もがく。
武器を使うことなく、足は動くことなく、体術だけでやってみせた。
その実力は紛うものではない。一体あのときはなんだったのだろうと、千夜は考える。だが、その思考を止めるように、ライラは氷よりも冷たい声音を吐いた。
「君は弱い」
そう言うと、次は空中に放り投げた。空中に投げられた意味がわからず、吸血鬼は放心状態になっている。
「反逆罪によりー―」
空中から出現した無数の武器が吸血鬼に刃を向ける。
四方八方を刃で塞がれ、逃げる場所などない。
「その身をもって痛みをしれ」
吸血鬼には刃がささり、みるも酷い有様になった。幾多の戦場を駆けた千夜でも、その酷さに顔をしかめる。これが、同族にしたことだというのだからさらに恐ろしい。
慈悲もなく、ただ無表情のままその骸を見下すと、頭蓋に、足を思い切り下ろした。
頭蓋は砕け、見るに耐えない悲惨な状況だ。それでもライラの顔に表情といったものは表れない。欠けて落ちてしまったかのように、なくなっている。
骸からは死に絶えても血が溢れ出て、ライラはその血を掬うように指で撫でる。
その指についた血を舐めると、ライラは骸から離れた。
「まずい」
一言だけ感想を述べ、千夜を見てみると、呆気にとられているようだった。
まだ千夜にははやかったらしい。
「主。少し人間の前でやりすぎかと」
「そうですよ! 流石にあそこまで殺らなくても」
ノルとニルはこう言っているが、むしろライラにとっては不思議だった。
「前まではこれよりももっと酷かった。別に今回のはそれほど問題じゃない」
そう淡々といつものように告げ、伸びをする。それなりに疲れたようで、ぷふぁ、と詰めていた息を吐き出す。
「あの吸血鬼。千夜たちが用意したの?」
「いや、違うな」
むせかえるような異臭が漂う中、千夜は苦悶に満ちた顔で即答する。
あっそ、と短く相槌を打ち、ライラはガラス張りの方を見る。
そこには先ほどまでいた二人はおらず、もぬけの殻となっていた。
「同族を殺せるか試したのか」
遠い日を見るかのように目を細める。もう過ぎたことなのだから、気にする事はないか、と自己完結したライラは、なにをしようか考える。
「ライラ様」
ノルが呼んでくる。
なにか話すことがあるのだろうか。
思うことを思いながら振り返ってみると、炎の鳥が飛んでくる。
反応さえしたものの、躱すにも遅い。
咄嗟に腰の刀を抜き取り、軌道を逸らす。
「うっ······!」
逸らしたが、意外と力が強く、腕が痺れた。
そこに間髪いれずに斧が降りかかってくる。
それを体力を消耗しないように躱す。
「そっち側につくか······」
寂しそうにぽつりと呟く。
その視線の先には頼りにしていた人。
先ほどやりすぎたからこうなったのだろうか。どこに反省点があるのか。
そんなことを考えつつも、攻撃を避けていく。下を少し俯いたまま。
風や、殺気に似たオーラを感じ取り、見なくてもぎりぎりで避ける。
「さすがです、主。けれど、少しずつ、正気を失っているようですね·····!」
ニルは体を捻った力で、斧を振り回す。小柄な体格には似合わない武器だ。けれど、それを完全に操っている。一重に吸血鬼の力のみとは言えない。
「私が、正気を失っている······?」
そんな馬鹿な、と思うが、ニルが言うならそうなのだろう。傍でずっと仕えてきたのだ。ライラよりもライラのことを知っているに違いない。
もしかしたら、じんわりと失っているのかもしれない。さっきから湧き出るように感じる力はそのせいなのだろうか。
半目で考えながら、ひらり、ひらりと躱す。攻撃は全くと言っていいほど当たらない。
1歩下がるにつれ、だんだんと、失ってはいけないものが削がれているように感じた。視界も、ぼんやりとして、はっきり見えない。言葉を発しようとしても出るのは擦れた声だけだった。異常な事態に陥っている気がする。思考も徐々に遅くなっている。対策をと思っても、その案が思い浮かばない。
(あぁ。だめだ、これ)
ノルとニルはこれを感じ取っていたのだろう。
だから人間に協力したのだろう。
二人とも、ライラのことは分かっていたんだ。暴走することも、それが本心ではないことも。なんらかでリミッターが外れて、解放されてしまっているようで。
今の自分では抑えきれない。
身体もなにかに乗っ取られているような感覚がある。
とてつもなく意識が薄れていく。
今自分がどうなっているかもわからない。
抑える手立てもない。
このまま、意識を失ってしまったら、おそらく傷つけてしまう。
千夜たちも、ノルも、ニルも。
せめて薄くとも、意識はとっておきたい。
それで自分を見失わないようにしたい。
そんな想いを胸に秘めたまま、ライラは意識を失った。
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