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第十四章~休暇の想い~
しおりを挟む身体がだるい。
昨日ライラと夜、話したあと、書類の整理をしていたからだろうか。
疲労を感じているのに、長年の習慣で朝五時には起きてしまう。
重い瞼を開け、カーテンを開ける。
まだ空は薄暗く、陽はまだ昇っていない。チラリと外を見れば、無人の闘技場がある。元々学校の闘技場だった場所を訓練所としたのだ。
この時間、世界が滅ぶ前は木刀を持って剣術の練習をしていた。木刀は刀とほぼ同じような重さに作られていて、中段で維持するだけでも腕は鍛えられた。その訓練では、時々、知り合いが相手をしてくれたりして、朝ご飯を食べるときは、大抵怪我をしていたままだった。
ふと昔のことに思いを馳せていると、時間は過ぎていく。とりあえず、眠い頭を起こそうと、窓を開けて、外の風を浴びる。
冷えた風が入り込み、体を撫でるように通っていく。夏に入りかけているといえど、まだ寒さは消えない。
「行くか······」
誰に聞かせるわけでもなく呟き、千夜は身支度を整え始める。
服は、特になかったので、白いシャツと灰色のパーカーと、黒の長ズボンにしておいた。腰に刀をつけ、部屋を出る。
流石に朝早くのため、廊下は誰もいない。音さえもせず、ただ静寂のままだ。
行くところも決まってないので、久々に屋上へと出てみる。
入り組んでいる通路を、迷うことなく進み、何回か階段をのぼったあと、屋上についた。
鍵がしまっているが、それは合鍵を持っているため問題ない。普段は閉じられていて、誰も入れないようになっている。吸血鬼の急な侵入を少しでも遅らす目的もあるらしい。
とはいえ、一度も吸血鬼が攻めてきたことがないので、ほとんど利用されないままになっている。千夜は、時折休憩のために利用しており、機嫌のいい日は従者に作ってもらったお弁当を持参してくる。天気がいいときは、ここもいい風が入り、過ごしやすい。
やはり高いので、その分、部屋から入る風より冷たい風が通る。
今日は、ただ単に、風を浴びるだけだ。休みとなったとはいえ、そうなればすることも特になく、一日をぼうっと過ごすほかない。
冷たい風にあてられ、他者から見れば少し寒そうに思うが、俺に宿っている神、白龍は、天上界の皇帝である天帝仕えていたとされる龍の一種。全身の鱗が白いのが特徴で、もちろん飛ぶ。それも、他の龍より一番速いと言われている。空は慣れっこなのか、白龍が宿っている俺は寒さをあまり感じない。
「あー······。咲良の竜田姫はどうなったかな」
ふと、後輩である咲良を心配する。
咲良は昨日、ライラに勝負を挑み、どんちゃんして完敗したそうだ。完敗といえど、ライラを本気を出していない状態で少し有利になったときがあるくらいの成果はあるらしい。
ライラにとって、俺でさえ、本気を出すまでもない、遊び相手のようだった。
ライラを手惑わせただけでも強いといえるだろう。そうでもなければ、勝ち目などなく、強さの基準が狂ってしまう。
そして、ライラは咲良の竜田姫を両断したという話だ。昨日、ライラの様子を見たが、神の罰はないようで、けれど、本人もヒヤヒヤしていた。やはり、神という存在は、ライラの上をゆく。その神に喧嘩をふっかける人間は馬鹿としか言えないような気もする。
だが、革命を起こすしかない。他種族の存在すら伝説として受け止めていた人間が、いきなり出てきた他種族と闘うのは疲れる。文献を読みあさり、弱点、特徴、戦い方など、情報が必然的に重要だ。最初のうちは、とんでもなく苦労が絶えず、文献があったため、ギリギリ持ちこたえているぐらいのものだった。それでも乗り越えて、他種族に打ち勝っているのだから上々と言うべきか。
咲良の竜田姫は両断されたが、紛れもない神なのだ。そんなことで命が途絶えることはない。神器を修復すればなおるだろう。
「来い、白龍」
刀を鞘からとりだし、高々と掲げる。
刀を向けた先――曇り始めた天に大きな穴が開き、そこから蛇のようにうねってくる白い龍が現れた。
俺の白龍は、俺の使う神器と声に反応して具現化できる。白龍自体も、俺に従順で、意思を持っているため、戦う際に問題はない。大きく、神々しい白き龍は、千夜のうえで止まり、小さく唸る。
刀を鞘にまた収めた千夜は、白龍の喉元を撫でてやり、その背に跨る。
「少し、ひとっ飛び頼む」
千夜がそう白龍に頼むと、白龍は嘶きをあげ、高度をあげはじめる。
鱗で覆われていない、頭の部分は、柔らかい毛で、とても気持ちいい。白龍の角を手網代わりにして、上体をぴったりくっつける。
このときだけは、落ち着く。
白龍は、千夜に気を遣って、あまりスピードをださず、割とゆっくりめに飛ぶ。
千夜は、寝そうな勢いだったが、ひんやりとした風で目を覚ます。そして、ふと考えてしまう。
それは、ライラのこと。
よくわからないが、ここ最近、ライラのことがよく脳裏に浮かぶ。
あいつは死なない。だが、今回の作戦で死を味わうことになるかもしれない。
死んでは困る。
そういう心配がある。
ライラは強いのに、なぜそんな心配をしてしまうのか。それは俺もよくわからなかった。
ただ、ライラも仲間思いなのだ。自分を押し殺してまでなにかしてしまうような気がしてならない。
しばらく自由に飛んでいると、白龍は宙で止まった。
白龍はなにやら一点だけを見つめ、クルルッ、と鳴く。
それが妙に可愛い声で、不思議に思い、白龍の視線の先をみる。
そこは、ライラとその従者が泊まっているはずの部屋のようだった。
「白龍、千里眼」
ここからでは全く見えないため、白龍の能力の一つを使う。
白龍の眼を使い、部屋をしっかりみる。
窓から見えたのは、砂埃が舞っているところだけだった。故に、中は見えない。
だが、少しすると、窓が開け放たれ、そこからライラとその従者が出てくる。部屋のほうを向き、ライラはなにやら一喝している。
さらに窓から出てきたのは、なんと、咲良だった。咳き込みながら、外へと逃げる咲良は、眼鏡が少し汚れてしまって、実験で爆発した博士の眼鏡のようになっていた。
「なにやってんだ、あいつら」
敵対していた二人がなぜ一緒にいるのか、なにをして爆発したのか、という二つの疑問が飛び交う。
呆れて呟き、関わりたくないので、また屋上に戻ろうとしたところで。
「おーい!! 千夜ー! ちょっと来てくれー!」
大声で、ライラがこちらを向き、手を振っている。
まさか、この高さにいるのに気付かれるとは思わなかった。龍は大きくて、目立ちやすくとも、今は高いところにいるため、見つかることはほぼない。それに、白龍に跨っている俺は、地上からみれば、白龍しか見えず、俺は特定できないはずだ。
驚異に陥りながら、渋々降りる。
「白龍、あの地上に降りてくれ」
白龍は、わかったというように、頭を振り、高度をさげていく。
流石に巨躯なので建物のギリ上あたりで止まり、白龍から降りる。
地上に降りる前に、宙で一回転して勢いを殺し、衝撃がない状態で着地する。
「戻れ」
その一言で白龍は、刀に吸い込まれるようにして姿を消した。
それを確認し、千夜は自分を呼んだ人の方を向く。
ライラは、珍しく、明るい色の服装だった。
ノースリーブの緑のワンピースに、赤茶色のニーハイブーツ。ワンピースの胸元には、こげ茶の革紐が蝶々結びになってちょこんとある。まるで自然を連想させるその服は、ライラに似合っていた。
口に出すとなにか言われそうなので、心の内にしまって置くと、ライラが口を開く。
「千夜は、お菓子作れるか?」
「は?」
変な質問に、素っ頓狂な声を上げる。
こんな、運命を決める、戦前にこんなことを聞くのはライラらしいと言うべきか。
「作れねぇな」
とりあえず真面目に答えておくと、ライラはなにやら考え始める。
そこで、咲良に目配せすると、眼鏡を拭き終わった咲良は服の汚れを落としていた。
咲良の服は、桃色のブラウスに、紺のガウチョパンツという、いかにも春らしい格好だった。
「お菓子を作っていたんです、少佐」
咲良は、砂埃を払い終わり、こちらに敬礼をしてからそう言う。
お菓子でこんな悲惨な状態になるのか、疑いしかもてないが、あえて口に出さない。
「千夜の知り合いに、料理が上手いやつはいるか? 咲良の知り合いにはいなくてな」
確かにこの時代で、お菓子を作れるなんて、なかなかいないだろう。ましてや咲良の同僚にいなくても無理はない。
千夜の同僚にも、数人いるくらいだ。
「あぁ。いるぞ。梓が作れる。小春はアレンジが得意だ」
ライラが、アレンジ? と首を傾げる。
「トッピングとかですか?」
咲良がライラの代わりに問う。
それを首肯で返し、千夜は携帯を取り出す。
「あ。梓か? ライラと咲良が、お菓子を作りたいらしくてな」
『へ? あ、あぁ。作れますよ。そしたら小春も連れていきます』
梓は、短い言葉から千夜の言いたいことを間違わずになぜか読み取り、話を繋げる。
「そうか。ならよろしく頼む。俺は用があるから抜けるぞ」
『ええ?! 千夜様も食べてくださいよぉ。せっかく作るんですし。·······食べれなくなるかもですよ?』
少し寂しそうに梓は声のトーンを落とす。
確かに、食べられないかもしれない。だが、女のなかに男一人というこの決定的なことに気付かない千夜ではないのだ。女子会の可能性もありうる訳で、いるわけにはいかない。
「千夜はいいのか? 別に女子会ってわけじゃないしな」
「少佐の心理を簡単に読まないでください」
「千夜でしたら別に問題ないですよ」
「千夜ですしね」
ライラは、『以心伝心』を使ったのか、そういってくる。それに、咲良、ノル、ニルが乗っかり、千夜は圧力のようなものを感じた。
断りきれず、見えない圧力に飲み込まれ、千夜は部屋に上がり込んだ。それも窓から。
「おいおい。まじかよ······。部屋で爆発させるのお前らぐらいだぞ」
溜め息をつきながら部屋の惨状を見る。
爆発といっても、小さくおさめられたようで、損傷したりしてはいない。
ただ、どこからきたのか砂が砂漠のようにある。
「し、仕方ないでしょう。小麦粉が散乱してしまってそこに火がついてしまったのですから」
「いや、そもそもお菓子に火はあんまり使わねぇと思うがな。しかもなんで砂があんだよ」
「む。爆発を砂でおさえられるかと思ってな。久しぶりに魔術を使ったぞ」
悪気もなく当たり前のことのようにライラはいうが、そもそもこの世に魔術を使える者がいないため当たり前にはならない。
「いや。召喚すんなよ。·······はぁ。梓が来る前に片付けんぞ」
この散乱状況を把握したので手早く片付けはじめる。
とりあえずガスと、その周りを綺麗にする。
「ここは私の出番だな」
「引っ込んでろ」
「魔術のほうが速い」
ライラは、片膝と片手を床につけ、集中する。
「吹け」
「まさか······」
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感がする。
前にも、このような、詠唱前の言葉があった。確か、戦ったときの――。
「アニベントゥスッ!!」
強風が吹き荒れた。しかも、この狭い部屋の中でだ。窓も、一気にこの強風を対処しきれない。
砂埃は、一方的に、窓のほうへと風によって流される。窓から入ってくる風など、全てを退け、ただ一方通行の風の流れが通った。
あまりにも強い風に、後ろで控えている千夜も流れに巻き込まれそうだった。
ライラの茶色がかった長い黒髪が靡き、一瞬だけ、横顔が見える。
綺麗だった。
そう、そのときの俺は直感的に比喩した。
決意のこもった深藍色の瞳は、魔術を使っているせいか、いつもより光が入り、ターコイズのようになっていた。
一瞬であれど、千夜の目はその光景に奪われ、強風さえも気にしなかった。
砂埃がなくなったところで、魔術は閉じ、風はなくなる。あたりは散乱したかと思ったが、全て綺麗になっていた。
そして、ドアが開くのも、ほぼそれと同時だった。
「お邪魔しますね、ライラさん」
「入るわよ、ライラ」
「んあ? どうぞ~」
ライラの瞳は元の色に戻り、すっきりした顔で梓と小春を向かい入れた。
そこからは、さすがに千夜の出番はなく、咲良は、遊びに付き合う気はない、と皮肉を零して帰った。そして、女子五人で和気あいあいとした菓子作りが開始された。
悲鳴や歓声、様々な声が部屋に響き、特にやることのなかった千夜は、机に突っ伏して、寝る態勢に入っていた。
既に寝かけようとしたところで、一際おおきく悲鳴があがった。
その声の主はライラだった。そこまでわかったところで、千夜は、頭を上げる。
「千夜、避けろ!」
「え、」
叫び声にも等しい、ライラの声に、千夜は反応が一歩遅れ、視界にはいる、宙をくるくるまわっている鉄槌を確認する。確かに、こちらに向かってくる。避けようとしても、なによりこの態勢だ。避けられるはずもない。
次の瞬間。
今までで一番の変な攻撃を千夜は顔面にくらった。
嫌な音がした気がする。鼻が折れたのだろうか。けれど、それも白龍の驚異的な治癒でなおる。もっと致命的だったのは、脳天が揺れたことだった。
「くそ。なんなんだよ」
床に倒れ、仰向けになっている千夜は、腕で目元を覆う。初めての体験だ。
戦ってきた吸血鬼に、鉄槌をつかうやつはいた。だが、こんな珍妙な攻撃をくらったのは、後にも先にもないだろう。身近の危険というものは、こういうことなのだと、千夜は再認識した。
ずっと仰向けになってる千夜に、ライラは駆け寄る。
「だ、だだ、大丈夫か?!」
俺よりも、ライラのほうが大丈夫ではない気がする。
そんなことを思いながら、腕をどかす。
予想通り、ライラは慌てふためき、なにをすべきか分からず右往左往している。
「千夜様?! わ、私の不注意で、すみません!」
梓のせいではないのに、梓は頭をさげる。
これ以上、部屋でバタバタされると、むしろ俺に影響がでかねないので、上体を起こす。
「大丈夫だ。んで、なんで鉄槌なんか飛んできたんだよ」
明らかに飛んでくるものがおかしい。
飛ぶならば、せめて調理器具だろう。
不可思議すぎるこの現象の実行犯は誰か。
「あ、ごめんなさい。生地をのばすのが面倒だったもので、鉄槌で叩けばいいのかなぁと思いまして。そしたら吹っ飛んじゃいました」
ノルが、さらりと罪悪感の欠片もない抑揚で言う。
えへっ、なんて笑っているあたり、遊んでたら当たった的なものだろう。
「えへっ、じゃねぇよ。お前ら無知なの?」
呆れを通り越して怒りに近い声音で話す千夜は、怒ろうにも怒れない状況で、苛立ちを募らせる。
「お菓子に関してはな。そういう資源がないのは知ってるだろ? こんなに面倒くさいとは知らなかったし」
反論するように、ライラは腰に片手をあて、当然だ、と言い張る。
長い溜め息をつきたい気持ちで千夜は、とりあえずお菓子作りの続きを促し、また机に突っ伏す。
今日はなにかと、ライラのドジな姿を見ている気がする。
キャラ崩壊に近いような光景だが、それはそれでライラの見知らぬところを知れた、と思った。
そしてふと、ライラが気になることに気付く。いや、本当は分かっていたが、知らないふりをしていただろう。
モヤモヤする考えに、唸っていると、いい匂いがした。考えることをやめ、顔を上げると、女性陣がなにやら歓声をあげていた。その中心にいたのは、小春だった。大方、小春がトッピングでなにかしたのだろう。
一つ欠伸をし、頬杖をつくと、ライラが皿を持ってこちらにドヤ顔をしてくる。
自慢できるようなものになっていればいいな、と思いながら、置かれた皿の上をみて、驚いた。
「スコーン、っていうらしいぞ。イギリスのお菓子なんだってな」
ライラが、すごい満面の笑みで、椅子を五つほど召喚する。まぁまぁ広い部屋なので、そこまで狭くはならない。机はもともと大きいものだったので、問題はなかった。
皿の上には、少し重なるようにして中央に置かれたスコーンと、近くにブルーベリージャム。更に、スコーンを中心に円を描くように、ブルーベリーソースが引かれ、綺麗に盛り付けられていた。
「これ、お前が作ったのか?」
なにも知らなかったにしては、上出来の上を行く完成度に、思わず疑う。けれど、ライラは、それを嫌味とは受け取らず、むしろ小さな胸を張って自慢げにしていた。
「作り方は教わったけど、作ってもらってないからな!」
ということは、完全に、ブルーベリージャムとソースも、自分で作ったということだ。
達成感を十二分に感じているライラは、普通の女子だ。明日が戦なんて、微塵も感じさせない雰囲気。戦いの時とのギャップがすごい。
「すげぇな。こんな世界でこれを食べれるとは」
感心に浸っていると、続々と皿がでてくる。
梓は、ベリーショートミルフィーユ風ケーキ。長い名前だが、イチゴとカスタードが、パイを境にして、何層にも積み重なっている。小春は、可愛らしい、ちぎりパンだった。あの短時間でどう発酵させたかが疑問だが、あえて触れないでおく。ウサギのキャラクターが描かれ、表情もそれぞれ違う。ノルとニルは、共同作でクッキーだった。しかも、色が二種類あって、イチゴ味のクッキーと、さつまいも味のクッキーの二つだ。ノルとニルをイメージした色らしい。繋ぎ目がギザギザで、失恋が思い浮かぶが、二種類のクッキーをくっつければ、見事にハートになる。
クオリティの高さに、言葉につまるほどのお菓子が並べられ、紅茶が注がれた。
紅茶とお菓子は非常にあっていて、男の俺でさえ、うまいと思うものだった。
「おお。意外とおいしいな。でも梓は格別だなぁ。このケーキ、すごいうまい。長い間生きてきたが、食べたことない味だ」
ライラは、宝石でもみるかのように目を輝かせ、太鼓判をおす。梓も、嬉しそうに微笑み、場の空気はより一層和んだ。
その日は、ティーパーティーで締めくくられ、気付けば夕方になりかけていた。
「やべぇな。明日戦なのに、昼飯まともに食ってねぇぞ」
小春のパンもあったが、甘い物がほとんど占めている。 体に悪い昼ご飯だったため、夕食で調節しなければならない。
紅茶を飲みながら、明日に向けての準備について考える。
そこまで遠くには行くものではない。長期戦にもなり得ない。一発勝負になるだろう。吸血鬼も、力を蓄え始めている。討つならば、今がチャンスなのだ。これを逃せば、このチャンスがいつくるか分からない。上層部は、なにやら作戦があるようで、勝てる見込みもあるらしい。内容は詳しく知らないが、期待はできるだろう。
「今日は、ここでご飯食べてくか?」
ライラは、考え込んでる千夜に向かって、問う。
今テーブルを囲んでいるのは、千夜とライラだけだ。後四人は、食器を洗っている。
「あ? いや、今日はここらへんで戻るよ。はやく寝ないといけないしな」
立ち上がると、梓と小春が食器洗いから戻ってきた。
従者を確認してから、ごちそうさま、といい、廊下に向かう。
「千夜」
頭だけで振り返り、ライラのほうをみる。
ライラは、こちらを見ずに、背を向けて顔を見せずに言う。
「明日、死ぬなよ」
「······お前こそな」
皮肉げに返し、部屋を立ち去る。
廊下にでてからは、緊迫した空気に包まれ、とてもティーパーティーのことを話すような気にはなれなかった。
ライラの最後の言葉を思い浮かべる。
あの言葉には、どういう意図があったのだろう。こんな、暗い雰囲気でおくられるとは思わなかった。やはり、ライラにとっては、深入りしすぎたかもしれない。
仲間が死ねば、その分、ライラが暴走するきっかけになってしまう。幸い、俺も、小春も梓も手練だ。易々と死ぬような訓練はしていない。ライラが心配するようなことはないはずだ。
「千夜様、明日はどういう作戦なのですか?」
小春が、少し首を傾げながら問う。
明日、直前に言うつもりだったが、従者ぐらいにはいいだろう。
「まず、指揮者を潰す。あとはなるようになるだろうな。ただ、例のやつを発動する。そのタイミングはいつかわからない。だから、いつでも対応できるようにしてくれ」
上層部が、いつ発動するのかはわからない。教えられていない側としては、どう言えばいいのかわからないため、困る。
愚痴にも似た言葉を並べながら、一つ欠伸をする。
やはり、今日は睡眠不足のようだ。はやく寝た方が明日に備えられるだろう。
「明日は、辛いだろうが我慢してくれ。明日でいよいよこの戦いに決着がつくだろう」
はいっ、と気合いのこもった従者の返事に、頬を緩ませる。
危険な戦いなのに、ついてきてくれるのはありがたい。俺一人であれば、心細くて仕方がない。仲間は失えば辛くなる。だが、いればやれることも増える。仲間というものはそういうものだ。ライラは、前者を経験した。だから率先して仲間を作ろうとは思えないのだろう。
「夕食、つくりますね。何がいいですか?」
「あー。ビーフシチューで」
「千夜様っていつもそうですよね。他のもの食べないんですか?」
「梓がつくるビーフシチューはおいしいからいいんだよ」
ぼわっ、と梓が頬を赤らめるが、それは気にしない。
気付いているが、あえて気付いていないフリをする。そっちのほうが、これからのことを考えればいいだろう。
夕食を食べ、その後はシャワーを浴びてすぐ寝た。
だが、さすがに寝つけなくて、寝返りを何度かうつ。
明日は、どうなるかわからない。
作戦は大雑把に決めてあるが、こうなるはずだ、とか思ってしまって、予想外のことに対応しきれない。そして、それが足を引っ張る結果となる。柔軟性が大事になってくる戦では、枷を外していかなければならない。
大まかな動きは、吸血鬼の潜む地点に奇襲して、四時間ほど経てば上層部が動き始めるはずだ。それまで持ちこたえて、できる限り指揮者を潰す。上層部が動けば、駿が援護にきてくれる。移動中の吸血鬼を注意するのは、一番五感が鋭いライラに任せて······。
作戦を考えていると、さきほどまでなかった眠気がようやく訪れ、思考が鈍くなる。
明日、作戦をまた改めればいいだろう、と今考えることを放棄して、千夜は眠りについた。
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