​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン

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5話

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 ​(……あたたかい)

 ​ふわりと、陽だまりの匂いがした。

『ルカ、こっちにおいで』

 優しく微笑む両親。色鮮やかな花が咲く庭。あたたかなスープと、ふかふかの絨毯。

 ​(ぼくは、しあわせだった)
(俺は、もう疲れたんだ)

 ​『ルカ』という少年の過去の幸せな記憶。
 やがてその温もりは急速に温度を失い、暗く冷たい石の床と、容赦のない暴力の記憶に塗り替えられる。  

 ​(痛い、やめて……)
(もう、解放してくれ……)
   (死にたくない)
   (どうして俺がこんな目に…)
   (僕は…俺が…)


 ​ツーッと、閉じた目尻から冷たい涙がこぼれ落ちた。

 ​ゆっくりと重い瞼を開ける。
 ぼやけた視界に映ったのは、カビだらけの地下室の天井でも、鬱蒼とした魔物の森の木々でもなく、知らない天井。

 ​「……っ」

 ​起き上がろうと力を込めるが、指先一つまともに動かない。

 全身に鉛のように重く、ひどい倦怠感が泥のようにまとわりついている。
 ​
 現状を理解した瞬間、裕太の心は真っ暗な底へと沈み込んだ。

 ​(……死に損ねたのか)

 生かされてしまった。あの理不尽な地獄がまだ続くのかという深い絶望が、どろりと胸の奥に広がる。

 ​カチャリ。
 ​静かな部屋に、扉が開く小さな音が響いた。

 ​現れたのは、あの魔物の森で巨大な魔物を一刀両断した男。

 漆黒の服に身を包み、長身から見下ろしてくる冷たい銀色の瞳。相変わらず「死神」のように恐ろしい無表情がそこにある。

 ​「……目が覚めたか」

 ​地を這うような、低く威圧感のある声。
 その問いかけに対し、裕太はピクリとも動かず、何も答えなかった。

 一切の感情を宿さない虚ろな瞳で、目の前の男を見つめ続ける。
 ​
 ​「っ……!? どこか痛むのか!?」

 ​途端に、氷のように冷たかった銀色の瞳が見開かれ、ひどく狼狽した声が部屋に響き渡る。

 ​(……あれ。俺、泣いてるのか)

 ​頬を伝う温かい感覚で、裕太は初めて自分が涙を流していることに気がついた。
 それと同時に、目の前でひどく慌てふためいている男に対して、ぼんやりとした疑問が浮かぶ。

 ​(なんでこの人、こんなに狼狽えてるんだろう……)

 ​前世の上司も、元の婚約者のポテトも、自分が泣いたところで舌打ちをしてさらに殴ってくるだけだった。

 ​「すまない、急に声を出して。……どこが痛む? 腹か? それとも胸か?」

 ​男はベッドの縁に片膝をつき、裕太の顔を覗き込むようにして必死に尋ねてくる。

 だが言葉を発する気力すらない。
 痛まない場所など、この体のどこにもない。裕太は何も言わず、ただされるがまま、虚ろな瞳で男を見つめ返すだけだった。

 ​「……」

 ​男は少し躊躇うように大きな手を伸ばすと、裕太の頬を伝う涙を、不器用に拭った。
 剣ダコのあるゴツゴツとした指先が、まるで壊れ物に触れるように、ひどく優しく肌を撫でる。

 ​「……今、お前でも食べられそうなものを持ってくる。少し、待っていてくれ」

 ​男はそれだけ言い残すと、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、足早に部屋を出ていった。

 ​カチャリ、と再び扉が閉まる。

 ​静寂が戻った部屋の中。
 裕太は、涙を拭われた頬の温もりを不思議に思いながらも、それ以上深く考えることを放棄した。

 考えるには、あまりにも疲れすぎている。

 ​(……とりあえず、今はもう、寝よう……)

 ​ふかふかのベッドに深く身を沈め、裕太の意識は再び、泥のような深い眠りへと沈んでいった。
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