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6話
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再び意識が浮上した時、視界に入ったのは天井と、そして見知らぬ人影だった。
「あ……っ、お目覚めになられましたか!」
パチリと目が合うと、メイド服を着た年若い少女がパッと顔を輝かせた。
「よかったです……! 今、お食事をお持ちしますね。すぐに戻りますから!」
少女は小鳥のようにパタパタと忙しなく部屋を出ていった。
数分後、湯気を立てるトレイを持って戻ってきた。
ふわりと、胃袋を刺激する優しい香りが漂う。
ベッドの背もたれを少しだけ起こされ、目の前に温かなスープが置かれた。
しかし、裕太は腕を上げる気力もなく、ただ湯気を立てる器をぼーっと見つめることしかできなかった。
(……温かいご飯なんて、いつぶりだっけ……)
手をつけず、ぼーっと見つめていたら、見かねたメイドの少女が「失礼します!」と微笑み、スプーンでスープをすくって口元へ運んでくれた。
一口、また一口。
喉を通る温かい液体が、冷え切って空っぽだった胃の腑に染み渡っていく。
凍りついていた心が、じんわりとした熱に絆されて、ほんの少しだけ溶けていくような気がした。
「……あの、人は……」
ふと、無意識のうちに声が漏れていた。
長期間まともに声を出していなかったせいか、自分でも驚くほど掠れた、ひどい声だった。それでも、少女にはしっかりと届いたらしい。
「あの人……旦那様のことですね?」
少女は空になったスープの器をテーブルに置き、にっこりと微笑んで名乗った。
「申し訳ありません、ご挨拶が遅れました。私はこのお屋敷でメイドをしております、メイと申します」
メイは、裕太に圧迫感を与えないよう少しだけ視線を下げて話し始めた。
「旦那様――ラーク様は、魔物の森で倒れていた貴方様を抱き抱えて、お戻りになられたんです。貴方様はひどいお怪我で、魔力も完全に枯渇していて……本当に、あと少し遅ければ命が危ない状態だったんですよ」
「……」
「ラーク様は『氷の死神』なんて恐ろしい二つ名で呼ばれていますし、お顔立ちも少し……その、鋭いので、怖かったですよね?! でも、本当はとってもお優しい方なんです!ちょっと不器用なだけで…、貴方様が目を覚まさない間も、心配しておられました」
(あの死神みたいな人が……?)
自分のような『無能で空っぽの道具』を心配する人間が、この世界にいるのだろうか。
「今、ラーク様をお呼びしてきますね!」
メイが足早に部屋を出て行くと、ほどなくして、重い足音とともにラークが現れた。
ラークの視線が、テーブルに置かれた空のスープ皿に向けられる。
その瞬間、彼の強張っていた肩の力がふっと抜け、ひどく安堵したように息を吐き出した。
「……スープ、飲めたのだな。よかった」
低い声には、先ほどまでの威圧感が嘘のような、安堵の響きが混じっていた。
ラークはベッドの傍らに立つと、姿勢を正して裕太を見下ろした。
「俺はラーク・ヴァンロレス。この辺境を治める領主だ」
裕太はぼんやりと彼を見上げ、気づけば、ずっと胸につかえていた疑問を口にしていた。
「……どうして、俺を……助けたの、……」
掠れた声で紡がれたその問いに、ラークの銀色の瞳がわずかに揺れた。
(……あの時死ねたらどんなに楽だったか)
怒られるだろうか。それとも、「せっかく助けてやったのに」と恩を着せられるだろうか。
身構える裕太に対し、ラークはただ静かに、そして痛みを堪えるような顔で答えた。
「……すまない」
「え……」
「お前が全てを諦め、死を望んでいたことは分かっていた。それなのに、俺の勝手なエゴで、お前を生かしてしまった。休ませてやれなくて、悪かった」
予想外の謝罪に、裕太は目を見開いた。
「だが、拾ったからには責任を持つ。お前が『生きたい』と思えるようになるまで、これから俺が全ての援助をすると誓おう」
(生きたいと、思えるまで……? なんだそれ。……信用できるがわけ無い)
けれどラークの不器用で真っ直ぐな瞳を見ていると、どうしても彼が嘘をついているようには思えなかった。
困惑と、温かい食事による満腹感。そして、極限状態だった体が安心を覚えたことで、急激な睡魔が襲ってきた。
「……ねむ、い……」
混乱する思考を放棄して、裕太がポツリとこぼすと。
ラークは少しだけ表情を和らげ、裕太の肩口までそっと布団を引き上げた。
「ゆっくり休むといい。時間はいくらでもあるから」
その不器用で優しい声を聞きながら、裕太は今度こそ、恐怖も絶望もない、穏やかな眠りへと落ちていった。
「あ……っ、お目覚めになられましたか!」
パチリと目が合うと、メイド服を着た年若い少女がパッと顔を輝かせた。
「よかったです……! 今、お食事をお持ちしますね。すぐに戻りますから!」
少女は小鳥のようにパタパタと忙しなく部屋を出ていった。
数分後、湯気を立てるトレイを持って戻ってきた。
ふわりと、胃袋を刺激する優しい香りが漂う。
ベッドの背もたれを少しだけ起こされ、目の前に温かなスープが置かれた。
しかし、裕太は腕を上げる気力もなく、ただ湯気を立てる器をぼーっと見つめることしかできなかった。
(……温かいご飯なんて、いつぶりだっけ……)
手をつけず、ぼーっと見つめていたら、見かねたメイドの少女が「失礼します!」と微笑み、スプーンでスープをすくって口元へ運んでくれた。
一口、また一口。
喉を通る温かい液体が、冷え切って空っぽだった胃の腑に染み渡っていく。
凍りついていた心が、じんわりとした熱に絆されて、ほんの少しだけ溶けていくような気がした。
「……あの、人は……」
ふと、無意識のうちに声が漏れていた。
長期間まともに声を出していなかったせいか、自分でも驚くほど掠れた、ひどい声だった。それでも、少女にはしっかりと届いたらしい。
「あの人……旦那様のことですね?」
少女は空になったスープの器をテーブルに置き、にっこりと微笑んで名乗った。
「申し訳ありません、ご挨拶が遅れました。私はこのお屋敷でメイドをしております、メイと申します」
メイは、裕太に圧迫感を与えないよう少しだけ視線を下げて話し始めた。
「旦那様――ラーク様は、魔物の森で倒れていた貴方様を抱き抱えて、お戻りになられたんです。貴方様はひどいお怪我で、魔力も完全に枯渇していて……本当に、あと少し遅ければ命が危ない状態だったんですよ」
「……」
「ラーク様は『氷の死神』なんて恐ろしい二つ名で呼ばれていますし、お顔立ちも少し……その、鋭いので、怖かったですよね?! でも、本当はとってもお優しい方なんです!ちょっと不器用なだけで…、貴方様が目を覚まさない間も、心配しておられました」
(あの死神みたいな人が……?)
自分のような『無能で空っぽの道具』を心配する人間が、この世界にいるのだろうか。
「今、ラーク様をお呼びしてきますね!」
メイが足早に部屋を出て行くと、ほどなくして、重い足音とともにラークが現れた。
ラークの視線が、テーブルに置かれた空のスープ皿に向けられる。
その瞬間、彼の強張っていた肩の力がふっと抜け、ひどく安堵したように息を吐き出した。
「……スープ、飲めたのだな。よかった」
低い声には、先ほどまでの威圧感が嘘のような、安堵の響きが混じっていた。
ラークはベッドの傍らに立つと、姿勢を正して裕太を見下ろした。
「俺はラーク・ヴァンロレス。この辺境を治める領主だ」
裕太はぼんやりと彼を見上げ、気づけば、ずっと胸につかえていた疑問を口にしていた。
「……どうして、俺を……助けたの、……」
掠れた声で紡がれたその問いに、ラークの銀色の瞳がわずかに揺れた。
(……あの時死ねたらどんなに楽だったか)
怒られるだろうか。それとも、「せっかく助けてやったのに」と恩を着せられるだろうか。
身構える裕太に対し、ラークはただ静かに、そして痛みを堪えるような顔で答えた。
「……すまない」
「え……」
「お前が全てを諦め、死を望んでいたことは分かっていた。それなのに、俺の勝手なエゴで、お前を生かしてしまった。休ませてやれなくて、悪かった」
予想外の謝罪に、裕太は目を見開いた。
「だが、拾ったからには責任を持つ。お前が『生きたい』と思えるようになるまで、これから俺が全ての援助をすると誓おう」
(生きたいと、思えるまで……? なんだそれ。……信用できるがわけ無い)
けれどラークの不器用で真っ直ぐな瞳を見ていると、どうしても彼が嘘をついているようには思えなかった。
困惑と、温かい食事による満腹感。そして、極限状態だった体が安心を覚えたことで、急激な睡魔が襲ってきた。
「……ねむ、い……」
混乱する思考を放棄して、裕太がポツリとこぼすと。
ラークは少しだけ表情を和らげ、裕太の肩口までそっと布団を引き上げた。
「ゆっくり休むといい。時間はいくらでもあるから」
その不器用で優しい声を聞きながら、裕太は今度こそ、恐怖も絶望もない、穏やかな眠りへと落ちていった。
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