お前が脱がせてくれるまで

雨宮くもり

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6.卑屈弟/探る指

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 ◆ ◆ ◆


 違う。
 あれはきっと、違う。何かの間違いだ。もしくは、相手が“塩田まほ”ではないのだ。
 そうに決まってる。そうでなければ絶対におかしい。

 二人は付き合い始めてまだ一ヶ月も経ってないのだ。
 プロポーズなど、あるはずがない。いくらアイツだってその辺の良識はあるだろう。

 それに、そうなるならきっと俺に一言くらい相談があったはずだ。
 アイツは何かしようとするとき、いつも俺を頼ってくる。必ず。
 なのに──。

 俺の出る幕はなかったのか?
 知らぬ間に、もうそんなに遠くへ行ってしまったのか──。


「ねぇ! たっくんってばッ!」
「いてっ」
 後ろから頭を小突かれ、反射的に睨みつけてしまう。
「わあっ、怖い顔」
 それでも響は慣れたようにニヤニヤと笑うだけだ。本気で怖がっちゃいない。
「ごめんね。時間かかっちゃって」
「……気にするな」

 自分が今、大学にいて、しかも試験の直後だということを思い出す。
 回答文をささっと書き終えた俺は、響よりも先に用紙を提出し、廊下で一人、別の問題に頭を抱えていたのだった。

 昨日からいろいろと考えすぎて目の前のことにまるで現実味がない。
 
「たっくん、すぐ出て行くんだもん。びっくりしちゃった。早すぎ!」
「……ああ」
「大丈夫? ちゃんと書いたの? 実は白紙で出したりして」
「バカが。書いたに決まってんだろ」

 ただ単に、設問を見てから回答を導き出すのにまったく時間がかからなかっただけだ。
 制限時間は九十分だが、実質二十分もかからなかったと思う。

「本当? 凄いなぁ……」
「俺からしたら、お前のほうがよっぽど凄いが」

 今、俺の中で渦巻いている問題に比べれば大学の試験なんて、どうってことはないのだから──。

「え、なんで?」

 響はぽかんしたまましばらく返事を待っていた。けれど俺が何も答えてやらないので、自分なりに考えたらしい。

「もしや……、イヤミ?」

 自分が着ているジップアップパーカーを指差して、怪訝そうに顔をしかめた。

 今日の響は地球。
 表や裏、両袖にまで世界地図がプリントされたその服のコンセプトは、歩く地球儀といったところか。左胸の乳首のあたりがちょうど日本。
 それがいかにもこだわりのワンポイントです的なデザインに腹が立ってくる。

「そんなに変かなぁ。気に入ってんだけど」
「目がチカチカすんだよ」
「そんなのいつもじゃん。そんなことよりさ、このあとゴハン行かない?」

 唐突な誘い。胸の奥に刺さるような痛みを感じた。

「今からバイトじゃないのか?」
「試験だから交代してもらってんの」

 するとニヤニヤしていた響はそこでふっと真顔になった。

「たっくんにどうしても話したいことがあって……」

 その何気無い一言をきっかけに、目の前の現実に血が通い始めた気がした。
 その現実味に傷がつき、血が噴きだすのはもう時間の問題かもしれない。

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