46 / 174
9.ふたり/ひとり
4/9
しおりを挟む高校へと続く長い階段の前でふたりは立ち止まった。
「ここまでで大丈夫です。帰るときまたメールします。今日は部活があるから遅くなると思いますけど……」
「うん。待ってるね」
うなずいた響が「ばいばい」と手を振りかけたとき、階段をのぼりかけていた塩田まほは何を思ったか振り向き、彼のほうに引き返してきた。
「ん? どーしたの?」
気づかう響の優しい言葉には耳をかさず、彼女は微笑んだまま響の肩に手を置いた。まるでバレリーナのようにつま先立ちになり、響の耳元でなにかつぶやいた。
その声が俺の耳に届くことはなかった。
きっと、恋人というトクベツな関係を持ったふたりだけの秘密──。
彼女はその言葉にふたをするように響の唇に自らの唇を重ねた。
先端がほんのすこしだけ触れ合うだけのキス。
そんなものを目にするつもりはなかったのに。
都合のいい後悔が俺の視界をちりちりと焦がしていく。眼球から剥がれていきそうな火の粉を振り払うようにまばたきすれば、今度は罰のように呼吸がうまくできなくなる。体のあちこちに穴が空いているかのよう。
吸っても吸っても肺に空気が巡らない。
ほら、傷ついた。
自業自得だ。
階段を登りきった彼女を見送った響は、肩でため息をついたようだった。くるりと回れ右をする。
そのとき、響は笑顔だった。恋人とキスを交わした喜びにひたる優しい彼氏そのもの──。
だが、一歩踏み出した途端、その幸福そうなに膨らんでいた頬からはフッと力が抜け、笑みのような憂いのような曖昧な表情へと変わる。
あのときと同じだ。
──「彼女はまだ前の恋人のことが大好きみたいで」
──「……どうにか忘れたくって、ボクを選んだんじゃないかな」
打ち明けてくれたときと、同じ表情。
今すぐ彼の前へ飛び出したかった。
だが、飛び出す寸前で思いとどまる。壊れかけの理性が俺の行く手を遮った。
──よく考えろ。これは立派な尾行だ。
大学とも家とも違うこんな場所に俺なんかがいるはずがない。どう考えてもここで会うのは不自然だ。せめて駅まで戻れ。それから偶然をよそおうことにしよう。
その決断に大人しく従おうとしたときだった。
ポケットの中のスマホが細かく震え始めた。数秒遅れて着信音が鳴りだす。
響は携帯電話を耳に当てていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる