お前が脱がせてくれるまで

雨宮くもり

文字の大きさ
59 / 174
10.ふたり/致命傷

8/9

 

「……ケ、ティと……?」

 不自然にその名を出され、兄はさらに目を見開いた。明らかに戸惑っているようだ。
 一気に顔を赤くさせ「えっ、あっ」と、まごついている。
 やがて返ってきたのは、

「……いっ、いいに決まってんだろ!」

 ──予想どおりの言葉だった。

「なに言わせんだよ、突然」

 汗までかいているらしい。首の後ろや頬をさすり、にやにやと照れ笑っている。
 とても見ていられなくて、俺は目をそらしてしまった。スプーンを置き、膝の上で、ぐっ、と両手を握る。

「最近、モデルさんとか色んな人と仕事するけどさ、その度に思うんだ。あいつが一番キレイだって……」

 何も知らぬ兄は、ぽろぽろと胸の内をもらし始める。
 まるで宝箱を開いてみせるかのように。

「オレには……、あの美しさは、とても作り出せそうにないから、」

 そこで言葉を切り、肩で大きな溜息をついた。
 うっとりとした、恍惚の吐息。

「たまに、怖くなる」

 前に言っていた。
 兄はケティの笑顔にたまらなく惹かれたのだと。
 普段は気怠げに世界を見つめている切れ長の目が、ふっとほころぶ。
 すると、まるで世界の全てが彼――彼女――を飾りつけるためだけに存在しているように思えて、胸がざわつくのだと。

「──って、ちょっと大袈裟か」

 ケティのことを冗談っぽく語る兄は、本当に幸せそうだった。

 ──早く、言おう。

「……兄、さん……、れ……」

 決意とは裏腹に、言葉が喉元で絡み、声にならない。

「……おっ、……俺……」

 きっと、兄にとってケティは心の中を彩る花なのだろう。その優雅な美しさをいくえにも重ねて咲く、大輪の花。
 ──俺の身体から罪悪感を吸い上げて咲く、しとやかな花。

「いやぁ、真っ向から改めて聞かれると焦るわ! すっげぇ照れる」

 ──ダメ、だ。

「あんまりお兄たんをからかうんじゃありまちぇんよ!」

 ──言えない。

 両手の震えはいつの間にか全身にまで広がっていた。おさえこむように、噛み合わせた奥歯に力を入れる。

 なにをいまさら偽善者ぶっているのだ。
 とっくに裏切ってしまった後だというのに。

 兄さんは、知らない。

 俺にとってケティの笑顔は、逃げることのできぬ恐怖だということを。

 ケティが微笑むとき。
 それは、美しさという化けの皮がはがれる瞬間である。
 この身体に触れるとき、彼はいつも笑っている。お気に入りの玩具を手にした子どもみたいに。とても楽しそうに。
 その表情の裏にあるのは、“どうにでもなればいい”という投げやりと、本当の己を解き放ちたいという衝動だ。
 あまりにも大きく、したたかすぎる欲望。

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。