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11.致命傷/射る女

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 ◆ ◆ ◆


『絶対無視されると思ったのに。あんたってホント暇ね』

 通話ボタンを押してしまったことを即座に後悔した。
 とんだ肩透かしだった上、何の用かと思えば開口一番これである。

「別に暇じゃない。今すぐ切ってもいいんだぞ」

 第一、尾津にこちらの番号を教えた覚えは無い。いつの間に抜き取ったのだろう。いくら昔なじみとはいえ、個人情報をなんだと思っている。呆れたものだ。

『あれからどうですか、お客様。ご所望のものは手に入りました?』
「……ッ! う、うるさい……」
『あはははっ、そーよね。入るわけないっか。あんなに可愛いカノジョがいたんじゃ無理よね』

 悔しい。
 電話の向こう側でコイツは今、澄ました笑みを浮かべているに違いない。
 弓形のアーチを描く目が――その瞳の奥に浮かぶ邪な感情が――ハッキリと脳裏に浮かぶ。
 とんだゲス女だ。

「うるさい。……黙れ」
 思わず、こぶしに力が入る。


 コイツはとっくに気づいているのだ。
 俺が彼に対して抱いている感情に。

 だから、塩田まほを紹介した。わざわざ“お気に入り”などと言って注目させた。
 俺は尾津の手のひらの上で踊らされているのだ。それはもう、完璧すぎるくらいに――。
 溜息をつき、彼女には見えっこないのに首を振ってしまう。

「……お前にはもう、付き合いきれない」
『は? 何言ってんの。アンタは自分から付き合ってるんでしょ。ご丁寧に』
「くっ」

 現に、こうやって電話に出てしまっている。

『嫌なら無視すりゃいいのに、昔っからお優しいこと。どうでもいいところでお人好し』

 返す言葉が見つからなかった。

『あー、そうだ。班の日誌、アンタだけしっかり提出してたじゃないの。あんなの担任の自己満足なのに、毎日毎日真剣に書いて。ほんとバカみたいだった』

 そんなことあっただろうか。
 おそらく中学二年のときのことだろうが――。

『まさか、覚えてないの?』

 まったく覚えがない。意味が分からない。
 どうしてコイツはこんなことを矢継ぎ早に話しているのだ。
 しかも自分だけ楽しそうに、あははっ、と笑っている。

「……」

 ぐだぐだ掘り返されても時間のムダだ。このまま切ってやろうと耳から画面を離しかけたとき、

『――ねぇ、これから会わない?』

 その言葉は、すかさず、というタイミングで滑り込んできた。
 まるで狙っていたかのように。
  
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