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11.致命傷/射る女

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 突然なにを言い出すかと思えば。何が楽しくて、わざわざこんなヤツと顔を合わせなければいけないのだ。――そう言い返してやろうとしたのも束の間、

『気づいてるんでしょ、あのこと』
「……えっ」

 思わず、情けない声が漏れてしまった。

『ゆ、び、わ』

 たたみかけるように言われ、なんのことだか――と、しらばっくれることはできなかった。

『詳しいことが気にならない?』


 ――その指で輝く、銀色の光。


『駅前、東口のファミレス。待ってるから』

 一方的に言い残し、切られてしまった。

 ――また遊ばれている。

 もう一度溜息をつくと、猛烈な疲労感がこみあげてきた。
 俺はどうも、尾津を相手にするとき異常なほど体に力を入れてしまうらしい。
 少しでもバカにされぬよう心に鎧をまとうのだ。
 だが、足掻いたところでムダである。向こうは隙間をかいくぐって攻撃をしかけてくるに決まっているのだから。

「……バカが」

 物言わぬスマートフォンを睨みつけ、もう一度舌を打つ。
 黒い画面に映り込んだ顔は、酷く怯えて見えた。傷だらけのくせに必死で虚勢を張る臆病者がそこにいる。

 ――あの指輪の真相。

 アホらしい。知りたくなどない。
 俺の足は家を目指して進み始めていた。ただ、まっすぐに。
 尾津のことだ、この誘いを無視をしたところで特に追求はしてこないはずである。

 未練女の指輪なんて、どうだっていい。
 だが、あれが彼の表情を暗くさせる原因であることを忘れたわけではない。

 ――「……お前が、……しっ、幸せなら、……それで、いい……」

 彼が今でも悲しい目をして、無理をしてまで笑っているのなら、俺の願いに反する。

「……くそっ」

 遠くにいる者の不幸を祈れるほど、俺は冷淡ではない。

 駅に着く頃には、少しだけ話を聞こうという思いに至っていた。
 あの真相を聞くことができれば、なにかできることがあるかもしれない。そう思った。
 だが、しょせん建前でしかない。
 俺は、あいつとの接点をまだ持っていたかった。
 中途半端な感情を引きずって過ごす二ヶ月間は、あまりに長いだろうと思ったから――。
 
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