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14.破壊者/いたみ ※
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いつ、気を失ったかは覚えていない。
目を開くとケティの腕に抱かれていた。部屋は薄明るくなっていて、カーテンの向こうには太陽の気配を感じる。
遠くからヒグラシの鳴き声が聞こえた。いまにも消えそうなくらい、かすかに。
身を起こそうとしたが、思った通りに動くはずがない。あちこちが痛む。関節がだるい。肌はベタついて気持ちが悪い。
なにより、喉がカラカラだった。
水を求めてベッドから這い出ようとしたとき、
「――うっ!」
突然、後ろから髪を引っ張られた。
見るとケティの腕がこちらに伸びて、黒髪をぎっちりと握りしめている。
「逃げ……る、の?」
髪をむしり取らんばかりの力とは裏腹に、声は気だるげで、どこか寂しそうだった。
「ちがっ……」
「嘘。また、逃げる気、でしょ……」
彼は寝ぼけているらしい。
湿ったため息をもらして、まるで蛇のようにシーツを這い、俺の背中に乗り上げてくる。
「……なん、で、行くの?」
「違う。みっ――」
「なんで」
「水を」
「な、ん……で、なの」
そして気づく。今の彼は俺の言葉なんて聞いちゃいない。
ただ、泣き出しそうに不安をこぼすだけだ。
「どうして、ダメな、の?」
「……っ」
「ねぇ、……た……」
ちょうど心臓の上。そこにケティは耳をくっつけている。
「んっ!」
その冷たい指先で脇腹をなぞり上げてくる。
「ねぇ。……あたしを、選んで、くれたんじゃ、なかったの?」
吐息が背筋にやわらかく当たり、この身体はピクンと跳ねてしまう。もう感じたくなんてないのに。
葛藤する俺のことなど知らず、ケティは背中に額を擦り付けてきた。まるで甘えてくるネコのように。
「……た」
長い髪が、サラサラと肌をくすぐる。
「……た……く、み……」
やがてその唇から漏れたのは、兄さんの名前だった。
「たく、っ……み……。たくっ……」
何度も何度も。求めるように。
今のケティは、俺が知っている容赦のない悪魔ではなかった。
恋人が応じてくれるのをしおらしく待っているかのような――。
「たく、み、……お願、い、だから……」
けれど、彼の夢の中では拒絶され続けているらしい。
「……ねぇ、ってば……」
撫でる指先の動きも次第に力がこもっていく。
「……っ」
どうしたらケティが夢から覚めてくれるだろうかと思いをめぐらせる。どうしたら俺が兄さんではないと、気づいてくれるだろうか。
「ケ――」
少し大きめの声で彼の名を呼ぼうとした――その瞬間のことだった。
カチリ、と、ドアノブを回す音がした。
密閉されていた空気が漏れるように、扉が開かれる。
「……」
その瞬間、ケティはゆっくりと上半身を起こした。
まるで俺の身体から抜け出し、羽化する虫のように。
その動きに躊躇いはなかった。
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