妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

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第二章

夏暁

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 真っ白い空間に沢山の石が転がっている。その空間の中心であろう場所に赤い椅子がぽつんと在り、そこに一人の美しく若い女性が縛り付けられている。真っ白な肌と長い黒髪。何枚もの札が貼られた十二単らしき衣服のはだけた部分から、豊満な身体の一部が見えた。
 彼女は言う。まるで訴えるように。


 ――人間は、嫌いじゃ。
 ――男も、嫌いじゃ。


 男を見ると蹂躙してやりとうなる。あやつらは麻呂のことを見下しておる。
 力の差を見せつけねばならん。麻呂に歯向かえば恐ろしいことが起こると思わせねばならん。

 この屋敷の連中も皆、嫌いじゃ。誰も助けてくれんかった。何故もっと早く来てくれんかった。嗚呼、違う、分かっている。奴らを恨むなど筋違いであることは。しかし誰かを憎まねば救われない。麻呂は麻呂の心を守るために全てを憎まねばならんのじゃ。嗚呼、違う、本当はこんなことをしたいわけではない。けれどこの世は悪意でできている。他者へ攻撃せねば麻呂が攻撃される。

 嗚呼、また、空狐に酷いことをしてしまった。あやつが麻呂よりも弱いから。弱い奴を見ると苛々するのじゃ。何故自分の身を守るだけの力がない。そんなことでは誰かに踏み躙られるだけの人生じゃ。嗚呼、でも、奴は麻呂に手を差し伸べてくる。謝らねば。しかし謝ったとてやったことがなかったことになるわけではない。

 嗚呼――天狐も空狐も、あやつらも、何故麻呂のことを可哀想なものを見る目で見てくるのじゃ?



 ◆

 はっ――と目を覚ますと、風鈴の音が聞こえた。朝だった。
 今日も野狐と気狐に字を教えてもらう約束をしているのを思い出し、慌てて髪を整えた。

(何か……いつもより情景がくっきりしてる夢だったな)

 はっきりと覚えているのは、真っ白な空間にいたあの女性がとても美しかったこと。同性の小珠でも見ていて少しどきどきしてしまった。それほどまでに、夢の中の女性は蠱惑的だった。
 準備していると襖が開かれ、気狐と野狐が入ってくる。

「あら、今起きたところですか? 珍しいですねえ」

 気狐が小珠を見て不思議そうに言った。
 小珠はいつも早起きだ。気狐たちが来る前には準備を済ませている。確かに、寝過ごすのは珍しいことかもしれない。

「今日はちょっと変な夢を見て」
「変な夢?」
「美しい女性がいる夢です」

 小珠の言葉を聞いて、気狐と野狐が顔を見合わせた。

「怖い夢だったのですかあ?」
〝だい じょう  ぶ ?〟

 気狐は口頭で、野狐は紙に字を書いて聞いてくる。
 小珠は首を横に振った。

「いえ……怖いというよりは、懐かしいような。旧知の間柄の人と会ったような感覚のする夢です」

 そう言うと、気狐も野狐もほっとしたようだった。

「なら良かったです。もし怖い夢を見たらわたくしの部屋へ来ても良いのですよ。小珠ちゃんなら歓迎します」
〝おれ も 来て いいよ〟

 二人に気遣われ心が温かくなった小珠は微笑んだ。

 その後、いつも通り文字の練習が始まった。最近は難しい漢字も書けるようになってきた。
 気狐が「お二人共、最初の頃よりうんと上達してますねえ」と褒めてくれたのが嬉しかった。


 あの瑞狐祭りからは三日が経った。
 あの日から変化したことがある。――二口女が、小珠を避けるようになった。
 市へ向かう途中、いつものように茶店に向かって挨拶するが、二口女は小珠を無視してささっと店の奥へと逃げてしまうのだ。

 小珠は今日も茶店に寄ることは諦め、野狐たちと市へ向かった。
 野菜を売る場所を確保し、直接触れないように野菜を並べ、次に水を入れた瓶を並べる。すると、隣で店を開いているからかさ小僧が不思議そうに話し掛けてきた。

「それ、なんでい。新しいな」
「風味水って言うんだ。果物とか野菜で水に香りや風味をつけた飲み物だよ」

 最近外が暑いので、飲み物を売れば儲かるのではないかと用意してきた。野菜を買ってくれる客が増えてきたので、そろそろ目新しい商品を並べてみる時期だと考えたのだ。
 それぞれにんじん、セロリ、りんごでできた三種の風味水を試しにからかさ小僧に渡してみる。

「これ、氷が入ってんのか!?」

 からかさ小僧は瓶を受け取り、驚いたように目を見開いた。

「う、うん……。からかさ小僧、氷を知ってるの?」

 狐の一族の屋敷の隣の、深い穴の中で管理しているという、冷えた水の固まり。風味水を夏場に作るにあたって、空狐が教えてくれたものだ。本来これは暑くなると融けるらしいが、妖力で形を維持できるよう調整してくれた。

 からかさ小僧が黙り込む。どうしたのだろうとじっと見ていると、からかさ小僧はようやくごくりと風味水を飲み、「意外と味は普通の水なんだな」という感想をくれた。

「確かに、冷えててうめえ……が、氷なんてのはかなりの貴重品だぞ。氷自体、知ってる奴は少ねえから大丈夫だろうけど……」

 ぶつぶつと何か呟いたからかさ小僧は、瓶を持って自分の店の準備に戻ってしまった。
 市が賑わうまではもう少し時間がある。野菜と値段を書いた紙を並べ終え、時間が余ったのでもう一度からかさ小僧に話しかけてみた。

「ねぇからかさ小僧。私、二口女さんに何かしたかな?」

 ずっと相談したかったことだ。あの瑞狐祭りから三日。さすがに三日も無視されたら気になってくる。
 からかさ小僧は手を止め、小珠の問いかけに対し「そりゃあ……」と何か言いかけ、言いづらそうに口を閉ざした。
 そしてしばらくして、売り物の赤い傘の柄を磨きながらゆっくりと打ち明けてきた。

「おれら、見ちまったんでい。おめーが雨粒を瑠狐花に変えてんの。ちょうど祭りの最中におめーを見つけて、一緒に声掛けようとした時に、おめーから不自然なくらい妖力が発生して、雨粒が瑠狐花に変わった。――おめえ、妖狐の一族だろ」

 言い当てられ、黙り込む。咄嗟に何も言えなかった。仲の良いからかさ小僧に嘘を吐きたくなかったからだ。
 隣の野狐たちもあからさまに動揺し、動きがかくかくしている。

「あんな芸当ができる妖怪はそういないんでい。おれでも思ったんだから、勘の良い二口女ならもっと思っただろうよ」

 二口女は狐の一族を嫌っている。一族の話が出てきた途端嫌悪を露わにしたくらいだ。
 小珠は二口女に自分があの屋敷に住んでいること、狐の一族の元長の生まれ変わりであることを黙っていた。騙されたと傷付いていても可笑しくないだろう。
 二口女の心の内を想像し、罪悪感が募る。

「正直おれも、お狐様たちには良い印象抱いてねえ。でも、小珠はこれまでおれらと仲良くしてくれたからよ……。こうして市に頻繁に来るのも、他のお狐様たちとは全然違ぇ。そんな風に、おれは小珠とあの一族を分けて考えられるけど……でも、〝なんか偉そうでいけ好かねえ〟くらいにしか思ってないおれと違って、妖狐の一族に対して明確に恨みを抱いてる二口女は複雑なんじゃねえかな」

 からかさ小僧の言うことは的を射ている。
 同時に、騙していたにもかかわらず、こうしていつも通り話してくれるからかさ小僧の存在を有り難く思った。

「……からかさ小僧」
「なんでい」
「黙っててごめん」

 からかさ小僧に言われなければ、ずっとこれからも隠しているつもりでいた。そうやって偽りの姿で仲良くし続けられるならそうしていたいと思っていたのだ。
 申し訳ない気持ちで一杯になり、からかさ小僧の方を向くことができず、ただ俯く。すると、ふっと隣から笑う音がした。顔を上げると、からかさ小僧は優しい顔をしていた。

「誰しも言いたくない秘密はあるもんだろ。言いたくなかったら言わなけりゃいいし、言いたいと思えるようになったら言やあいいのさ」

 意外にも温かい言葉をもらい、小珠は嬉しくて泣きそうになった。

「……私が本当のことを言っても、これまでみたいに仲良くしてくれる?」
「ああ。勿論でい」

 衝動的にからかさ小僧に抱きつこうとすると、何故か両隣から二体の野狐に止められてしまった。はしたなかっただろうか、と反省しながら体勢を整え、ごほんと咳払いしてから改めてお礼を伝える。

「本当にありがとう。市に狐の一族の一員として来たら大騒ぎになっちゃうから隠してたんだ。ここにいる二人も実は天狗じゃなくて。ごめん、嘘ばかりついてて」
「おうよ、分かってる」
「二人の本当の姿を見せてあげたいんだけど、ここじゃ目立つよね……。あ、そうだ、からかさ小僧。今度うちに来ない?」
「え…………。妖狐のお屋敷にか?」
「うん。もちろん許可を取ってからにはなるけど、妖狐たちと町民たちの親睦を深める一歩になったらいいなとも思うし」
「いやいやいやいやいや……おれなんかが立ち入っていい場所じゃねえだろうよ。つうか、小珠はおれらとお狐様たちが親睦を深められると思ってんのか? 身分が違いすぎるだろ」

 からかさ小僧がぶんぶんと細い頭の先を振って否定してくる。
 やはり、町民にとって狐の一族は恐怖の対象、身分の違う一族、遠く離れた存在なのだろう。

「私、この町がもっと良くなればいいと思ってるんだ。妖狐の一族だって悪い人ばかりではないし……そういう誤解も解けていけばいいと思ってる」
「……そのために身分を隠してここに来てんのか?」
「うん。まずは町民の様子とか意見とか把握しないとって」

 からかさ小僧は呆気にとられたような顔をした。
 そろそろ市の客も多くなってきた。長話できるのも今だけだ。からかさ小僧は最後に、忠告のように言った。

「そういうことなら、早く二口女と仲直りしろよ。時間はかかるかもしんねえが、あいつも分かってくれるはずだろ」
「そうかな。私、酷いことしちゃったけど」
「おめーも二口女とまた遊びてえんだろ?」

 こくりと頷くと、からかさ小僧はにかっと笑った。

「なら大丈夫でい。おれら、友達だろ。あとおめえ、氷の説明には気ぃ付けろよ。氷は庶民が手にできるもんじゃねえんだ。家の人にもらったもんじゃなくて、妖力で作ったって言え。雪女とかならこういうの作るの得意だし、妖力で作れる妖怪も一部にはいるから、その方が自然でい」
「そ、そっか……! 危なかった、ありがとう!」
「ったく、手ぇかかるな、小珠はよぉ」

 苦笑いするからかさ小僧に微笑み返し、その日の商売が始まった。


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