おかえり、シンデレラ。ー 五十嵐社長は許してくれやしない ー

キミノ

文字の大きさ
36 / 65
第四章 結果こそ、自信への最短ルートです。

4-3

しおりを挟む


 先を歩いていく五十嵐社長に続いてリビングに入った。間接照明だけが点けられた室内は薄暗いけれど、温かなオレンジ色の光と五十嵐社長の香りに心が落ち着く。ソファに座るように顎で指示されたって、もうむかつきはしない。五十嵐社長の凄さを知っているからでもあり、この胸の高まりが理由でもあるのだけれど。ソファに座って真っ黒なテレビ画面を見つめて居たら、漂うコーヒーの香りとコポコポという音がこちらまで届いてきた。

 数分後、足音が近付いてきて私の隣で止まる。右隣を見上げれば間接照明に照らされた横顔は、夕日の写真のように美しくて息が止まってしまうほど。こちらに目もくれずにコーヒーをテーブルに置いた五十嵐社長は、人一人分の間隔を開けてソファに座った。

 無音の室内で自分の心音ばかりがうるさい。五十嵐社長はコーヒーを飲みながら背もたれに背中を預けてバルコニーの方を見ている。私は入れて貰ったコーヒーカップに唇を付けたまま、「どうしよう」とばかり考えて一口も飲めていない。

「試作品の効果が出ていないらしいな」

 やっぱり助け舟を出してくれるのは五十嵐社長で、私はくノ一のようにひらりとその船に乗り込む。

「はい。でも育毛というのは、すぐに結果が出るようなものではないですよね?」

「ああ。研究はほとんどが年単位でするものだ。たった一週間やそこらで結果が出るようなものではない」

「二木専務へのプレゼンには間に合うでしょうか?」

「・・・」

 コーヒーカップをテーブルに置きながら弱音を吐いた私の隣で影が動く。身体ごとこちらを向いた五十嵐社長の表情は陰になってしまっている。それでも薄暗さに慣れた目で見れば、左右対称の顔が余裕な表情をしているのが見える。二木専務へのプレゼンまで二週間を切っているが、五十嵐社長は確信しているのだろう。それは根拠のない自信ではなく、積み上げてきたノウハウのお陰なのだと思う。その表情に私の心にもゆとりが生まれた。さすが、五十嵐社長。

「それよりも、この・・・」

 右の口角を吊り上げながら五十嵐社長が摘まんだのは私の脇腹。最近くびれてきたそこは、五十嵐社長の予想外だったのだろう。少し驚いたように目が開いたのを私は見逃さなかった。

「掴みづらいですか?」

 ふふんと顎を持ち上げて鼻頭をくしゃりと寄せて見せれば、小さく頷きながらさらに口角を上げた五十嵐社長の手が少しだけ下に移動した。

「いっつ・・・たいです」

「腰回りはまだまだだな」

 五十嵐社長のおっしゃる通りに腰回りには、まだまだしっかりと肉が付いているのだ。掴まれれば痛いくらいには。彫刻のような顔が楽しそうに歪むのを見て、好きだと思った。その表情も、悪戯っこのような顔も、頼りになるところも、厳しく見せて全部私のためになっているところも。堪らなく、好きなんだ。

「私は痩せて女優になるんです」

 もちろんそんなつもりはないし、痩せたところで女優になれるほどの美人でもない。でも私は貴方の前でだけは女優になる。大好きで、貴方に触れて欲しくて仕方のない恋心を隠し続けるために。

「はっ。まだ馬鹿げたことを」

「私、中学一年生のときに文化祭で劇をしたんです。一から私が脚本を書いて、私が主役を演じました。一年生が劇をするだけでも珍しかったのに、蓋を開ければ恋愛の劇って言うんだから先輩たちからもとても好評でした」

 得意げに笑って見せれば、五十嵐社長は一瞬視線を揺らしてから呆れたように背もたれにもたれた。

「___劇くらい誰しも経験あるだろう」

「五十嵐社長も経験が?」

「・・・」

 返事がないということは、五十嵐社長は答える気がないのだろう。再びコーヒーカップを持ち上げて一口飲む。適温になったそれは苦く、私の心を落ち着かせていく。

 五十嵐社長を好きだと認めてしまえば、何かのときの対応が出来るというものだ。心に背く行動をとったらいい。こんな枯れた女が五十嵐社長のような男を好きだなんてお笑い種だろう。両想いなんて夢のまた夢で、おとぎ話と同じだ。
 石ころは高嶺の花を見つめて居られるだけでいいのだ。遠く離れた場所の石ころではなく、近くに転がれているだけで幸せだと思うべきで。それも三か月で終わる。残りの二か月が終わったとき、ラヴィソンとIGバイオは通常の会社同士のお付き合いに戻るのだから。それは私と五十嵐社長も同じこと。

「辛気臭い顔だな」

 何もかもお見通しのようで、五十嵐社長は見もせずにそう言った。乾いた唇を噛むように舐めて潤す。

「元々です」

「___元々ではない」

「え?」

 肯定が返ってくると思っていたのに、予想外の答えに顔ごと五十嵐社長を見た。背もたれに肘をついて口元に指を当てた五十嵐社長は、流し目をしてから私をしっかりと見た。

「眩しい太陽のようだった」

「・・・」

 真剣な目に思わず視線を逸らしていた。それは過去の私のことを言っているのだろうか。五十嵐社長にそう思われていた頃があったのだろうか。嬉しく思う気持ちと、また過去の栄光だと思う心が葛藤している。今の私は・・・。

「今日はもう寝ろ」

 そう言って立ち上がった五十嵐社長に、小さく肯定を返してから立ち上がる。


 無言で廊下を進み、ドアの前で立ち止まった五十嵐社長の横を通り過ぎようとした時。腕を引かれて流れるように振り向かされた。まるで社交ダンスだ。驚いた私の顔は、五十嵐社長の左手で両頬をぶにゅりと潰されている。唇がピヨピヨとなったまま見上げれば、長い睫毛がぱたりと揺れた。

「ちゃんと手入れをしてから寝るように」

「ふぁ、い」

「何かあったら、また不法侵入してくればいい」

 そう言って小さく笑った顔は優しい。

「失礼しました」

 解放された顔をドアに向けてドアノブを引いた。掴まれたままの腕が、また私に都合よく勘違いさせてくる。名残惜しそうだなんて、おこがましいだろう。こくりと唾液を飲み込んでから、半ば強引に腕を振り払って自室に戻った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

取引先のエリート社員は憧れの小説家だった

七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。 その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。 恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

卒業まであと七日。静かな図書室で,触れてはいけない彼の秘密を知ってしまった。

雨宮 あい
恋愛
卒業まであと七日。図書委員の「私」は、廃棄予定の古い資料の中から一冊の薄いノートを見つける。 「勝手に見つけたのは、君の方だろ?」 琥珀色の図書室で、優等生な彼の仮面が剥がれ落ちる。放課後の密室、手のひらに刻まれた秘密の座標、そして制服のプリーツをなぞる熱い指先。日曜日、必死にアイロンを押し当てても消えなかったスカートの皺は、彼に暴かれ、繋がれてしまった心と肉体の綻びそのものだった。 白日の下の教室で牙を隠す彼と、誰にも言えない汚れを身に纏う私。卒業証書を受け取る瞬間さえ、腰元に潜む「昨日の熱」が私を突き動かす。 清潔な制服の下で深まっていく、二人にしか分からない背徳の刻印。カウントダウンの果てに待つのは、残酷な別れか、それとも一生解けない甘い呪縛か――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...