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第五章 引き裂くのは運命か、それとも定めか。
5-4
朝のジム終わりにスマホを確認した時だった。佐山から数件、斎藤さんからも数件の着信が入っていた。首を傾げつつ四階のIGバイオへと戻ると、社長室から倉科さんが出てくるところだった。
「おはようございます」
「おはようございます。・・・見ましたか?」
「何を、ですか?」
「・・・」
倉科さんの呆れた視線を感じて変顔を返してみれば、ポケットのスマホがブルブルと震え始めた。
「とんでもないことが起きています。きっとそれですよ」
倉科さんが指さしたのは私のスマホで、それを取り出して受話ボタンを押す頃にはスタッフルームへと消えてしまっていた。
「ごめん。ジムで確認出来なかったの。どうしたの?」
『お前ネットニュース見ていないのか?』
焦ったように早口で喋るのは佐山である。今日はちょっと寝坊してしまってスマホを見ずに出勤、ジムへと直行していた。
「何のニュース?」
『NIKIとのコラボ商品だよ。今日発売だろ? どこも売り切れだぞ』
「え? 本当? それがニュースになっているってこと?」
『違う。話題になっているのはCMの方だ。謎のイケメンが出ているってSNSでトレンド入りだぞ。そっちは大丈夫か?』
「大丈夫だけど・・・」
『分かった。とりあえず、また電話する』
通話の切れたスマホを手に受付ホールに立っていた。何をそんなに焦っているのだろう。商品が売り切れだなんて最高のニュースだ。これを五十嵐社長も知っているのだろうか。社長室のドアを見ても、そこに向かう勇気はない。
五十嵐社長が酔って帰ったのは金曜の深夜で、土日は一度も会わなかった。そして週明けの今日はまだ会えていない。あのときのことを覚えて居たらと思うと、恐ろしくて自分から話しかけられない。私は蚤の心臓なのだから。
ジムバッグとスマホを手に私の定位置である会議室へと向かう。席に座りながら思いを巡らせるのはコラボ商品のことだ。二木専務は売れ行きに応じて生産量も増やすと言っていたから、これで多分売り上げ目標達成になるはず。三か月で一千万なんて途方もない数字だと思っていたのに、二か月で達成出来るかもしれない。そうなれば五十嵐社長は私のことを少しは見直してくれるだろうか。・・・いいや、違うか。私ひとりの力ではない。コラボ商品はIGB-01という最高の商品があって、NIKIとIGバイオの研究者たちの努力の末の結果なのだ。私の力なんて一割にも満たないだろう。それでもみんなの顔を思い浮かべれば嬉しい。
「・・・」
静かだと思った。倉科さんはスタッフルーム、アランはCPFで私は会議室、五十嵐社長は社長室にいる。有村さんと斎藤さんがいなくなっただけで、随分と寂しくなった気がする。元に戻っただけなのに。
お昼休憩で近くのコンビニに買い物に出ようとビルを出たところだった。そこの違和感に気付かないほど疎くない。普段より多いコーヒー店の客数に、道端に立っている女性の数。通行人という感じではなく、何かの目的があってそこにいるように見えた。嫌な予感がする。
「あのぅ・・・」
若い女性三人組が近付いてきた。お互いに肘で小突き合いながら「言ってよ」「ほらぁ」とか呟いている。
「何でしょうか?」
「この人、知っていますか?」
一人の女性がスマホ画面を私に向けた。そこに映し出されていたのは五十嵐社長だった。服装を見てCMの一部をスクリーンショットしたものだと思う。ちらりと女性たちを見れば、キラキラと瞳を輝かせてこちらを見ている。
「すみません」
「あ、そうですか」
「ここだって書いてあったのにねぇ」
「えー」
思い思いの感想を述べる女性たちに嫌悪感を覚えつつ問いかけてみる。
「私最近の人に疎くて。この・・・イケメンは誰ですか?」
「かっこいいですよね! CMで話題の人なんですけど、芸能人じゃないらしくて。ここのコーヒーショップで見かけたって情報がネットにあって来てみたんです。会えるなら会ってみたいし、あわよくば知り合いになりたいじゃないですか」
「そ、そんなことがネットに載っているんですか?」
「そうですよ。今の世の中なんでも調べられないことなんてありませんから。多分卒アルとかいろんな個人情報も出てくると思いますよ」
「へぇ・・・」
女性の言葉を聞きながら佐山の「大丈夫?」の問いの意味を理解した。あのCMを見て私だと分かる人はいなかったのだろう。顔も出ているのはちらりと横顔と目元ばかりだったから。もし出て居たらと思うと、それはあらゆる女性の嫉妬の的になっていたかもしれない。それを見越しての角度だったのだと思えば合点がいく。それなら、何故五十嵐社長は顔を出したの? 予想出来ていたのなら・・・。
いつの間にか女性たちは去っていて、私はひとり道端に立ち尽くしていた。そこに黒塗りの高級車が停まった。出てきたのは二木専務と有村さんだ。ぼけっと見ていた私に有村さんが気付き駆け寄ってくる。
「伊藤さん! 大丈夫?」
「あ・・・えぇ。私は大丈夫です」
「兎に角、中に入ろう」
「はい」
二木専務と三人でエレベーターに乗り、四階に到着した。事前に知っていたのか、受付ホールにはIGバイオの三人が並んで待っていた。当の五十嵐社長はクールな表情を崩さず、二木専務に綺麗に笑いかけてから中へと案内していく。私は抜け殻のように有村さんに導かれるまま歩いた。
会議室の中で私はなぜかNIKI側に座って交わされる言葉を聞いている。
「まず謝罪します」
「いえ、二木専務。私も了承した上でのことなので」
「話題になるとは思っていたけれど、ここまでとは。私は・・・経営者としては願ったり叶ったりの状況でも、個人としては貴方たちの人生の転機を作ってしまったという不安があるの。良い方向に転ぶかどうか・・・」
「二木専務。私も経営者です。まずは今回のコラボ商品の成功を共に喜びませんか?」
そう言って立ち上がり手を差し出した五十嵐社長はなんと出来た人間なのだろうか。この人の隣に並びたいだなんて烏滸がましいにも程があるだろう。
「伊藤さんには何か問題は起こっていない?」
「はい。あれが私だとはバレてはいないみたいで。皆、私を素通りしていきます」
「そう。良かった。あそこは五十嵐くんの指示に従って良かったわ」
「え?」
二木専務に両手を握られつつ五十嵐社長を見れば、あからさまに視線を外されてしまう。一体なんのことだろうか。
「二木専務。少し相談があるのですが・・・伊藤は外に出ていてくれ」
「え?」
顎で邪魔だとされれば急速に全身の血の気が引いていく。やっぱり私は嫌われてしまったのか。時間が立つほどに五十嵐社長との距離が開いていく気がする。
「あ、僕も一緒に出ています」
有村さんが私の二の腕を掴み立たせてくれて、慌てたようにアランが駆け寄ってきた。両側から罪人のように抱えられながら五十嵐社長を見ても目が合うことはなかった。
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