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第一章 ハロー、旦那様。
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しおりを挟む初対面だなんて嘘みたいに、匠くんは心の中に入り込んでくる。
「で、その元カレはいつも呪文のように言うの。お前とはレベルが違うんだって。それなのに、別れてって言っても受け入れてくれなくて・・・」
「うん」
「お酒を飲んだら手が付けられなくて、首を絞められたり怒鳴り散らされたり」
五年も前の話だし今更引きずってもいなかったはずなのに、あの時聞いて欲しかった叫びが決壊したダムのように溢れ出してくる。きっとこんな話聞きたくもないだろうけど、アルコールの回った頭ではセーブが利かない。
「亜子ちゃんは、それで男性嫌いになってない?」
「___嫌いじゃないよ。でも、かなり慎重にはなってる」
「僕と過ごしている亜子ちゃんを見て、慎重な行動だとは思えないんだけどな。ほら」
カクテルグラスを握っていた右手に匠くんの手が重なり、グラスはそのまま彼の唇に押し当てられた。柔らかそうな唇が開かれ、グラスに入っていた残りの液体がそこに流れ込んでいく。こくりと喉仏が上下した後、「ごちそうさま」と言ってぺろりと唇を舐める。ほんの数秒の出来事なのに、大人向けビデオ顔負けの色気に私も無意識に下唇を舐めていた。
「そこも舐めて欲しいの?」
ふにふにと唇を突かれて、アルコールで火照った身体が更に熱くなる。そんなに物欲しそうな顔をしてしまっていたなんて、なんて正直な表情筋め! 未成年にキスしてくださいなんて、しかもファンクラブがあってもおかしくない匠くん相手に。全く更新していない私のインスタが炎上してしまうかもしれない。
「ちっ、違う! 未成年がお酒飲んだから、驚いて」
「お酒じゃないよ。数杯前から、亜子ちゃんが飲んでいたのは、ただの百パーセントフルーツジュース。だから僕が飲んだのも、ただのジュース」
「あ・・・あ、気付かなかった」
「でも、まだ思考も理性もしっかりだね。んー・・・、もうちょっと飲もうか」
にっこりと無邪気に微笑んだ匠くんに、NOとは言えなかった。幸い明日は休みだし、会計は怖いけれどそれももうどうだっていい。ホストクラブで大枚をはたく女性の心理とはこのようなものなのだろうか。これまで理解出来なかったけれど、今なら一晩中語り合えるくらい共感出来る気がする。
運ばれてくる色鮮やかなカクテルを胃に流し込む。ああ、もうどうにでもなれ。こんな美青年に触れて貰えるんだ。次に意識が戻った時、匠くんがいなくなっていたとしても構わない。素敵な夢に払う代償はまだわからないけれど、きっと後悔はしないだろう。
「大丈夫だよ、亜子ちゃん。僕がいるからね」
意識が薄れていく途中で、そう言われた気がした。
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