神崎藍翔×瑞樹冬愛

こふ

文字の大きさ
1 / 1

神崎藍翔×瑞樹冬愛 藍翔さんの誕生日

しおりを挟む
「にゃあ」
 道端の草が揺れる。普段なら素通りしてしまうのだけれど唯一好きだと言える動物の声に惹かれ、足を止めた。
 草むらから顔を出したのは真っ黒な猫だった。体は痩せ細っていて毛もお世辞にも綺麗とは言えない。首元には何もついていないけれど、毛についた癖からは少し前まで首輪なるものがついていたと見受けられる。きっと、みすぼらしい首輪だったんだろうと僕は想像力を働かせた。
「僕のところにおいで」
 気がつけば僕は、後先考えずその猫を抱き上げていた。猫の爪が腕の皮膚をえぐる。傷がつくことなんて今更どうでもいいけれど、助けてくれる人を傷つけるなんて行為が酷く滑稽に思え、同時に懐かしく思った。
「もう大丈夫だよ」


「ただいま」
「おかえり、冬愛。あれ、なしたんその子」
 家に入ると当たり前ながら家主は目を丸めた。最初は自分の家に連れ帰ろうと思ったのだけれど、自分は最近こっちにいることの方が多いし、それに、こっちの方がたくさんの人から愛を注いで貰えるだろう。しかし。迷惑だっただろうか。そんなことが頭をよぎるが、それは無駄な心配だったようだ。
「めっちゃ可愛いやん」
 丸くなった目は、直ぐに優しく細められる。この人のこんな表情が僕は好きだ。誤解されがちな彼だけれど、優しさが伝わってくる気がする。そしてその優しさは猫にも伝わったのだろう。彼が伸ばした手は、引っかかれることなく猫に届いた。
「にゃあ」と嬉しそうに猫がなく。
 この猫、こんなに人懐っこかっただろうか。僕はなんとなく寂しさを覚えながら、ぼうっとそれを眺めた。
 藍翔さんは凄かった。すぐに仲良くなってしまうし猫じゃらしも上手いし、それに。何時どうやって指示を出したのかは知らないけれど数分後には組員の方がエサとミルクを持ってやってきた。拾ってきた本人が何もやらないなんて無責任かもしれないけれど、それ以前に手を出す隙がなかった。それなら、お僕は声をかける。
「僕、少し出かけてきますね」
 藍翔さんはお世話で忙しいだろうに、わざわざこっちを向いて「気をつけてね」と言った。けれどやっぱり、すぐに猫に向き直ってしまったのに寂しさを覚えるのは、もしかしたら僕は嫉妬をしているからかもしれない。本当に、バカみたいだ。
 外に出た理由は、別に拗ねた訳では無い。猫を拾って果たせなくなってしまった用事を果たすためだ。家へ忘れ物を取りに帰る、というシンプルなものだけれど。というのも、明日は藍翔さんの誕生日なのだ。だから、どうしても今日取りに行かなければならなかった。しかし、それは不思議と面倒くさくなく、寧ろ考えるだけで上機嫌になれる。早く、日付が変わらないかなぁ。



 しばらくして、プレゼントをもって藍翔さんの家へ帰る。そして、そのウキウキ気分は地に落ちた。
 僕の瞳に映ったのはお世話で疲れてしまったのかすややと寝息を立てる藍翔さんと、その隣で丸くなる見覚えのない白い猫だった。あの猫が寝ている場所は、いつも僕が寝ている場所だ。それが何より悔しかった。しかし、仮にもその相手は動物で。嫉妬なんて惨めな真似は認めたくなくて、僕は気にしない振りをしてソファーへ腰を下ろした。
 ポケットへ手が伸びる。いつも持ち歩いているカッターは変わらずそこにあった。これを使ったらまた、藍翔さんが悲しむんだろうなぁ、と思った。
 それからどれほど時間が経ったのだろうか。気がついたら僕は眠っていて、そして目の前には毛の塊が動いている。
「うわ!」
 と声を上げて飛び起きた。時計の針は0時を大幅に過ぎている。やってしまった。
「藍翔さん!」
 慌てて彼を起こそうと声を上げる。猫は嘲るように大きくあくびをした。
「起きたんだ。おはよう」
 藍翔さんは、大きな声に驚いてこちらへ目をやりつつも、やっぱり優しげに微笑んだ。僕は驚いた。その手には僕が抱えて眠っていたはずのプレゼントがあったから。
「用意してくれたん?」
 僕は小さく頷く。顔が真っ赤になるのがわかった。藍翔さんはそんな僕の顔をみてくすりと笑ったあと、プレゼントを開封する。そして、とても嬉しそうに目を細めた。サプライズは失敗してしまったけれど、こんな顔が見れたので僕は満足だ。
「おめでとう、藍翔さん」
「ありがとう、冬愛」
 藍翔さんが優しく抱きしめてくれる。さっきまで猫に嫉妬したいた自分が恥ずかしくなった。ちらりと猫へ目をやる。彼はやっぱり眠たそうにおおきく欠伸をしていた。
「あ、そういえば」と藍翔さんは言う。「猫、洗ったら白くなったよ」
「そうですね。わたあめみたい」と僕は笑う。
「俺は冬愛みたいで可愛いと思ったよ」
 彼はなんでもないように言ってのけた。頬が熱を持つ。心臓がうるさくなる。こんなに喜んでいるのがバレたら、何だか恥ずかしいと思った。
「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろん」
 そう答える彼の表情は、どんな紙ペラでの大層な契約よりも信頼出来る気がした。
 そっと、頬へキスをする。その肌は、思ったよりも熱を持っていて、ちょっぴり赤らんでいた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...