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14. 触れ合った場所から
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蓮は息を呑んで、目の前に出現した炎の壁に見惚れた。炎は生きているようにうねり、鎧武者の腕に絡みつく。
鎧武者の腕から、ジューと白い煙が上がった。蓮が動きを止めるために叩き込んだ氷が、急速に溶けて沸騰していく。刀がカランと床に落ちた。
「姉さん、すごい、どうやって……」
ケホ、と紗世が咳き込んだ。小さく呻く。蓮はハッと振り返った。
紗世は片手で胸を押さえ、肩で息をしていた。青白い顔で、鎧武者を睨み続ける。
「離れないで。射程範囲がよく分からないの」
そう言って、紗世は必死に蓮を抱き寄せた。炎の無い範囲は自分一人分ほどしかない。気を抜いたら蓮も巻き込んでしまいそうで怖かった。
それにしても消耗がひどい。霊力がガンガンに減っていくのが、紗世にも分かった。きっとゲーム画面上に表示されている霊力ゲージがみるみるうちに減っているんだろう。
ゼロになったら、もう技は発動できない。
頭が痛い。
やっぱり無茶だったかも、と紗世は思った。自分は玄武の人間なのだから、朱雀の技を使うのはルール違反なのかもしれない。序盤で使う技だからそこまで苦労しないと思ったのだが――。
ぐらり、と視界が揺れる。気絶するわけにはいかない。発動した技が消えてしまう。
紗世は歯を食いしばった。鎧武者が動き始める。兜が宙に浮いた。兜に浮かぶ赤い目が、紗世を見る。
怖い。
その瞬間、蓮が紗世の傍から離れた。そして鎧武者の落とした刀を掴む。紗世を庇うようにさらに前へ出た。蓮の体が炎に巻かれ、紗世は悲鳴を上げる。
蓮の周囲から白い煙が上がった。水の蒸発する音。自分の周りに氷をまとわせて、ギリギリのところで炎が触れるのを抑えている。
兜が助走をつけるかのように周囲を飛び、そして紗世目がけて突っ込んできた。鎧武者の体も、同じように蓮を掴もうとする。
紗世は思わず、目を閉じた。その時、
「蛇天斬!」
蓮の叫びと共に、大きな塊がぶつかる、おそろしく重い音がした。
続いて木の折れる音、竜巻のような猛吹雪の音。目を閉じていても感じる強い光。刺すような凍気。
吹雪の強さに、発動していた炎舞の壁が強制的に解除されるのを、紗世は感じた。
強い力。
音がやみ、光が収まってから、紗世は目を開いた。
鎧武者は、もういなかった。黒い霧が、かすかに漂うだけ。
室内はめちゃくちゃだった。家具は吹っ飛んで粉々になり、壁や柱は傷だらけになっている。
「で、きた……」
蓮は力なく呟き、刀を取り落としてその場に膝をついた。荒い息を吐き、畳に手をつく。
肩を大きく上下させて、蓮は耳障りな呼吸をした。そのまま床に倒れこみそうになるのを、紗世は急いで支える。
「蓮、大丈夫?」
「ごめん、ちょっと……待って、きつい」
「大丈夫だよ、少し休もう」
紗世はそう言って、蓮を抱きしめポンポンと背中を叩いた。
さっきの自分の比じゃない、たぶん蓮は本当に、比喩的な意味ではなく本当に、霊力ゲージが空になっているのだろう。
(どうしよう……)
蓮の背中を撫でながら、紗世は心細さに唇を噛んだ。
休んだところで、霊力ゲージは回復しないことを知っているからだ。
ゲージが回復するのは、セーフルームだけだ。でもこの部屋にセーブポイントである置時計は無い。つまりここはセーフルームではない。
最初の部屋へ戻って休むべきだ。あそこなら、霊力は徐々に回復していく。
でもその場合、せっかく倒した人形や逆さ女、鎧武者も復活してしまう。セーフルームは安全地帯ではあるが、ダンジョンをリセットする効力も持っている。
レベル上げには適したシステムだが、今は……。
「姉さん」
蓮が、ひどくか細い声で呼んだ。体をわずかに離し、紗世と目を合わす。
なあに?
答える前に、蓮の唇が、紗世の唇と重なった。驚いて、紗世の肩が思わず跳ねる。
(??? キスしてるの?)
なんで? と思う前に、紗世は、唇がじわりと熱くなるのを感じた。
何かが流れている。自分から蓮へ。
ああ、と紗世は理解した。
(霊力を分けてるんだわ)
なるほど、と紗世は体の力を抜いた。霊力は譲渡が可能なんだなぁと思いながら、大人しく目をつむる。
やがて蓮がそうっと唇を離した。気まずそうに視線を逸らして、言う。
「……ごめんなさい」
「いいよ、もっと取って大丈夫だよ」
紗世の言葉に、蓮は複雑そうな顔をした。
「それはもっとキスしてもいいってこと?」
「いいよ。蓮が戦えないと困るもん」
「……そう、そうだね」
蓮は自嘲するように微笑んで、紗世を抱きしめた。
「ねえ、さっきの見た? 僕、できたよ、蛇天斬」
「見たよ。すごかったね」
「初めて出せたんだ。褒めてくれる?」
「うん、偉いね蓮。おかげで助かったよ」
紗世の言葉に、蓮は満足げにため息をついた。
じんわりと、蓮と触れ合う部分が暖かくなる。紗世は手を伸ばして、蓮をしっかりと抱き返した。
何かが流れて、交じり合う感覚がする。
「もしかして、キスしなくても、触っただけで霊力は分けられるの?」
「そうみたいだね」
「えー」
「ごめん。でも、僕も知らなかった。前は姉さん、触らせてくれなかったから」
「そうなの?」
「うん……」
じわじわ。力が流れる感覚をはっきりと感じる。与えることに意識を向けると、より多く流れるような気がする。
「アンタは、僕のことなんて眼中になかったからさ……」
役目のことばかりで。
小さな声で囁いて、蓮はぎゅうと紗世を抱きしめる力を強くした。
「姉さん、僕はずっと……」
蓮が何か言いかけた、その時。
縁側の向こう、庭の方からカサリと葉を踏む音がした。
「!!」
蓮が弾かれたように動き、紗世を背に庇う。
庭に、一人の青年が立っていた。
鎧武者の腕から、ジューと白い煙が上がった。蓮が動きを止めるために叩き込んだ氷が、急速に溶けて沸騰していく。刀がカランと床に落ちた。
「姉さん、すごい、どうやって……」
ケホ、と紗世が咳き込んだ。小さく呻く。蓮はハッと振り返った。
紗世は片手で胸を押さえ、肩で息をしていた。青白い顔で、鎧武者を睨み続ける。
「離れないで。射程範囲がよく分からないの」
そう言って、紗世は必死に蓮を抱き寄せた。炎の無い範囲は自分一人分ほどしかない。気を抜いたら蓮も巻き込んでしまいそうで怖かった。
それにしても消耗がひどい。霊力がガンガンに減っていくのが、紗世にも分かった。きっとゲーム画面上に表示されている霊力ゲージがみるみるうちに減っているんだろう。
ゼロになったら、もう技は発動できない。
頭が痛い。
やっぱり無茶だったかも、と紗世は思った。自分は玄武の人間なのだから、朱雀の技を使うのはルール違反なのかもしれない。序盤で使う技だからそこまで苦労しないと思ったのだが――。
ぐらり、と視界が揺れる。気絶するわけにはいかない。発動した技が消えてしまう。
紗世は歯を食いしばった。鎧武者が動き始める。兜が宙に浮いた。兜に浮かぶ赤い目が、紗世を見る。
怖い。
その瞬間、蓮が紗世の傍から離れた。そして鎧武者の落とした刀を掴む。紗世を庇うようにさらに前へ出た。蓮の体が炎に巻かれ、紗世は悲鳴を上げる。
蓮の周囲から白い煙が上がった。水の蒸発する音。自分の周りに氷をまとわせて、ギリギリのところで炎が触れるのを抑えている。
兜が助走をつけるかのように周囲を飛び、そして紗世目がけて突っ込んできた。鎧武者の体も、同じように蓮を掴もうとする。
紗世は思わず、目を閉じた。その時、
「蛇天斬!」
蓮の叫びと共に、大きな塊がぶつかる、おそろしく重い音がした。
続いて木の折れる音、竜巻のような猛吹雪の音。目を閉じていても感じる強い光。刺すような凍気。
吹雪の強さに、発動していた炎舞の壁が強制的に解除されるのを、紗世は感じた。
強い力。
音がやみ、光が収まってから、紗世は目を開いた。
鎧武者は、もういなかった。黒い霧が、かすかに漂うだけ。
室内はめちゃくちゃだった。家具は吹っ飛んで粉々になり、壁や柱は傷だらけになっている。
「で、きた……」
蓮は力なく呟き、刀を取り落としてその場に膝をついた。荒い息を吐き、畳に手をつく。
肩を大きく上下させて、蓮は耳障りな呼吸をした。そのまま床に倒れこみそうになるのを、紗世は急いで支える。
「蓮、大丈夫?」
「ごめん、ちょっと……待って、きつい」
「大丈夫だよ、少し休もう」
紗世はそう言って、蓮を抱きしめポンポンと背中を叩いた。
さっきの自分の比じゃない、たぶん蓮は本当に、比喩的な意味ではなく本当に、霊力ゲージが空になっているのだろう。
(どうしよう……)
蓮の背中を撫でながら、紗世は心細さに唇を噛んだ。
休んだところで、霊力ゲージは回復しないことを知っているからだ。
ゲージが回復するのは、セーフルームだけだ。でもこの部屋にセーブポイントである置時計は無い。つまりここはセーフルームではない。
最初の部屋へ戻って休むべきだ。あそこなら、霊力は徐々に回復していく。
でもその場合、せっかく倒した人形や逆さ女、鎧武者も復活してしまう。セーフルームは安全地帯ではあるが、ダンジョンをリセットする効力も持っている。
レベル上げには適したシステムだが、今は……。
「姉さん」
蓮が、ひどくか細い声で呼んだ。体をわずかに離し、紗世と目を合わす。
なあに?
答える前に、蓮の唇が、紗世の唇と重なった。驚いて、紗世の肩が思わず跳ねる。
(??? キスしてるの?)
なんで? と思う前に、紗世は、唇がじわりと熱くなるのを感じた。
何かが流れている。自分から蓮へ。
ああ、と紗世は理解した。
(霊力を分けてるんだわ)
なるほど、と紗世は体の力を抜いた。霊力は譲渡が可能なんだなぁと思いながら、大人しく目をつむる。
やがて蓮がそうっと唇を離した。気まずそうに視線を逸らして、言う。
「……ごめんなさい」
「いいよ、もっと取って大丈夫だよ」
紗世の言葉に、蓮は複雑そうな顔をした。
「それはもっとキスしてもいいってこと?」
「いいよ。蓮が戦えないと困るもん」
「……そう、そうだね」
蓮は自嘲するように微笑んで、紗世を抱きしめた。
「ねえ、さっきの見た? 僕、できたよ、蛇天斬」
「見たよ。すごかったね」
「初めて出せたんだ。褒めてくれる?」
「うん、偉いね蓮。おかげで助かったよ」
紗世の言葉に、蓮は満足げにため息をついた。
じんわりと、蓮と触れ合う部分が暖かくなる。紗世は手を伸ばして、蓮をしっかりと抱き返した。
何かが流れて、交じり合う感覚がする。
「もしかして、キスしなくても、触っただけで霊力は分けられるの?」
「そうみたいだね」
「えー」
「ごめん。でも、僕も知らなかった。前は姉さん、触らせてくれなかったから」
「そうなの?」
「うん……」
じわじわ。力が流れる感覚をはっきりと感じる。与えることに意識を向けると、より多く流れるような気がする。
「アンタは、僕のことなんて眼中になかったからさ……」
役目のことばかりで。
小さな声で囁いて、蓮はぎゅうと紗世を抱きしめる力を強くした。
「姉さん、僕はずっと……」
蓮が何か言いかけた、その時。
縁側の向こう、庭の方からカサリと葉を踏む音がした。
「!!」
蓮が弾かれたように動き、紗世を背に庇う。
庭に、一人の青年が立っていた。
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