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33. 夏樹の本音
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泣く紗世と、それを抱きしめ必死に言葉をかける蓮を見て、夏樹は「こいつ慰めるの下手くそだなぁ」と思った。
後ろから見ていても、蓮の背中が焦り混乱しているのが手に取るようにわかる。
記憶を失う前の紗世は、相当に冷静な人物だったんだろう。あるいは肝が据わった子だったのか。
夏樹は部屋を見渡した。台所だ。床板が外され、穴が掘られている。
何故こんなところに埋めようとしたのだろう。普通は庭に埋めるものじゃないか?
袋から這い出した紗世が、床板に阻まれ身動きが取れないようにだろうか。生き埋めだから、床下なのか?
あるいは、と夏樹は考えた。人を殺したことを隠すためだろうか。あんな幽霊のような少女でも、何かしらのルールに従って行動しているのだろうか。
狡猾な大人のように。
夏樹はもう一度、泣いている紗世を眺めた。
綺麗な子だ。今は土に汚れて取り乱しているが、平時の彼女は、なかなか物静かで美しい。
けれど、どちらかと言うと、夏樹は蓮の方が興味深かった。姉に妄信するその姿は、自分の妹によく似ている。
妄信。そうだ、盲目的に崇拝するその姿。その思考回路。
さぞ鬱陶しかっただろうな。
山に入った直後の、蓮の言動を思い出し、夏樹は内心でため息をついた。
『姉さんを知らないなんて変だな。この辺じゃ一番の美人なのに』
『姉さんのこと好きなの?』
妄信だ。自分にとって姉は女神に等しい存在だから、他の人にとってもそうだと信じて疑わない。
確かにとても綺麗な少女だけれど、でも、人には好みと言うものがあるわけだから。
こんな風に、同じ家に住む人間に崇められて、居心地の悪い思いをしない人間はいない。
だって自分がそうだったから。
妹の甲高い声を思い出す。
可愛い妹。気弱で泣き虫で、俺に頼りきりの、そのくせ本気を出せば俺より何でも上手くやれる、可愛い子。
俺に懐いて、傍に居たがって、信じきって。
理想の兄になるために、俺は何もかもを人より上手くやらなきゃいけなかった。
妄信的なプレッシャー。出来て当然だと信じて疑わない、あの目。
大事だったけど嫌いだった。
ここに来て自分は、やっとあの目から離れられた。物理的に距離を取って、初めて自由に息ができた。
最初からこうしておけば良かったんだ。
と、俺はいま、思っているわけだけど。
この子はどう思ってんのかね。
俺がこの子なら、記憶がない方が、楽だと思いそうなもんだけど、と夏樹が人当たりのいい綺麗な表情を浮かべたまま考えていると、紗世がハッと顔を上げた。
「蒼太は?」
途端に蓮が固まった。パチパチと瞬きをした後、ものすごく嫌そうな顔をする。
拗ねたように紗世から視線を逸らした。
「姉さん、たぶんそれアイツじゃないよ。ここは、知ってる人と同じ顔をした奴が出てくるから……」
あっ。さりげなく「好きな人が出てくる」をすり替えて「知ってる人」にしてる。
夏樹は笑いそうになるのを堪えた。
「違う、本物なの。助けてもらったの」
「でも、アイツには僕達会ってないよ、ねえ?」
蓮が夏樹を見て同意を求めるので、夏樹は一応頷く。「蒼太」とやらの顔は知らないけれど。
「俺たち以外の、本物の人間には会ってないよ、確かに」
「そんな……」
紗世は考え込むように空を見る。
この顔は好きだ、と夏樹は思った。
自分でちゃんと考えている。指示は意外と的確だ。弟の方と違って。
やがて紗世は窓の外に目をやり、空を見て呟いた。
「井戸だ……」
◇◆◇
泣きすぎて、なんだか頭痛がする。
それでも紗世は、すっくと立ちあがった。慌てて蓮も立ち上がり、紗世の手を握って来る。
「裏の井戸にいるわ。急がないと引きずり込まれる」
紗世の言葉に、夏樹がふと反応した。
「井戸の中には何がいる?」
「本体」
「あぁ、あの子は井戸に落とされて死んだのか」
紗世は頷いた。あの少女はこの家の家族に散々いじめられて、最後には井戸に落とされる。
そう、覚えてるわ、なかなか壮絶なシーンムービーだったもの。
一家の子供たちが少女を袋に詰めて床下に埋めてしまう。衰弱して死にそうになった少女を発見した両親は、隠ぺいの為に井戸に落とす。
少女は井戸の中で、母親との逢瀬の夢を見て死ぬ。
それが洋館ラスボスの少女のストーリーだ。
だから、ラスボス戦は必然的に裏庭になる。
紗世は蓮の手を引っ張った。
「裏庭に行かなきゃ」
「待って、僕が行くから。姉さんはこの人と玄関から逃げて」
「駄目! この家は燃やさなくちゃいけないの、だから夏樹さんがいないと駄目! それにたぶん、蒼太はすごく弱ってる。蓮一人じゃ連れて逃げられるか分からない!」
紗世の剣幕に、蓮は迷うように夏樹を見た。夏樹が頷く。
「俺がいないと駄目なら、一緒に行くしかないだろ。紗世さんは君が守れよ」
「それは当然だけど、アンタは大丈夫?」
「俺は自分の身は自分で守るよ。コントロールが難しいってだけだ。発動しないわけじゃない」
「あっそ」
蓮は冷たく相槌を打つ。でも敵意は無かった。
良かった。少なくとも、蓮の突っかかった態度は軟化したわけだ。
紗世は内心ほっとする。ホラーゲーム特有の、ライバルキャラの途中離脱フラグは回避できそうだ。
「姉さん、お願いだから、僕の手を離さないでよ」
蓮が不安に満ち満ちた声で言う。紗世は頷いた。
紗世自身も、もう、一人で怖い目にあうのは嫌だった。
バットエンドへ向かうのは。
裏庭へ向かいながら、紗世は蓮の手を強く握り締めた。
そう、これから向かうのはバットエンドの場面だ。蒼太が井戸に落とされるムービーは第2ステージのバットエンド。
自分が袋に詰められていたのだから、おそらく蒼太もバットエンドシーンに直面しているはず。
それに立ち向かうのは、今の自分には――……ちょっと勇気がいる。
後ろから見ていても、蓮の背中が焦り混乱しているのが手に取るようにわかる。
記憶を失う前の紗世は、相当に冷静な人物だったんだろう。あるいは肝が据わった子だったのか。
夏樹は部屋を見渡した。台所だ。床板が外され、穴が掘られている。
何故こんなところに埋めようとしたのだろう。普通は庭に埋めるものじゃないか?
袋から這い出した紗世が、床板に阻まれ身動きが取れないようにだろうか。生き埋めだから、床下なのか?
あるいは、と夏樹は考えた。人を殺したことを隠すためだろうか。あんな幽霊のような少女でも、何かしらのルールに従って行動しているのだろうか。
狡猾な大人のように。
夏樹はもう一度、泣いている紗世を眺めた。
綺麗な子だ。今は土に汚れて取り乱しているが、平時の彼女は、なかなか物静かで美しい。
けれど、どちらかと言うと、夏樹は蓮の方が興味深かった。姉に妄信するその姿は、自分の妹によく似ている。
妄信。そうだ、盲目的に崇拝するその姿。その思考回路。
さぞ鬱陶しかっただろうな。
山に入った直後の、蓮の言動を思い出し、夏樹は内心でため息をついた。
『姉さんを知らないなんて変だな。この辺じゃ一番の美人なのに』
『姉さんのこと好きなの?』
妄信だ。自分にとって姉は女神に等しい存在だから、他の人にとってもそうだと信じて疑わない。
確かにとても綺麗な少女だけれど、でも、人には好みと言うものがあるわけだから。
こんな風に、同じ家に住む人間に崇められて、居心地の悪い思いをしない人間はいない。
だって自分がそうだったから。
妹の甲高い声を思い出す。
可愛い妹。気弱で泣き虫で、俺に頼りきりの、そのくせ本気を出せば俺より何でも上手くやれる、可愛い子。
俺に懐いて、傍に居たがって、信じきって。
理想の兄になるために、俺は何もかもを人より上手くやらなきゃいけなかった。
妄信的なプレッシャー。出来て当然だと信じて疑わない、あの目。
大事だったけど嫌いだった。
ここに来て自分は、やっとあの目から離れられた。物理的に距離を取って、初めて自由に息ができた。
最初からこうしておけば良かったんだ。
と、俺はいま、思っているわけだけど。
この子はどう思ってんのかね。
俺がこの子なら、記憶がない方が、楽だと思いそうなもんだけど、と夏樹が人当たりのいい綺麗な表情を浮かべたまま考えていると、紗世がハッと顔を上げた。
「蒼太は?」
途端に蓮が固まった。パチパチと瞬きをした後、ものすごく嫌そうな顔をする。
拗ねたように紗世から視線を逸らした。
「姉さん、たぶんそれアイツじゃないよ。ここは、知ってる人と同じ顔をした奴が出てくるから……」
あっ。さりげなく「好きな人が出てくる」をすり替えて「知ってる人」にしてる。
夏樹は笑いそうになるのを堪えた。
「違う、本物なの。助けてもらったの」
「でも、アイツには僕達会ってないよ、ねえ?」
蓮が夏樹を見て同意を求めるので、夏樹は一応頷く。「蒼太」とやらの顔は知らないけれど。
「俺たち以外の、本物の人間には会ってないよ、確かに」
「そんな……」
紗世は考え込むように空を見る。
この顔は好きだ、と夏樹は思った。
自分でちゃんと考えている。指示は意外と的確だ。弟の方と違って。
やがて紗世は窓の外に目をやり、空を見て呟いた。
「井戸だ……」
◇◆◇
泣きすぎて、なんだか頭痛がする。
それでも紗世は、すっくと立ちあがった。慌てて蓮も立ち上がり、紗世の手を握って来る。
「裏の井戸にいるわ。急がないと引きずり込まれる」
紗世の言葉に、夏樹がふと反応した。
「井戸の中には何がいる?」
「本体」
「あぁ、あの子は井戸に落とされて死んだのか」
紗世は頷いた。あの少女はこの家の家族に散々いじめられて、最後には井戸に落とされる。
そう、覚えてるわ、なかなか壮絶なシーンムービーだったもの。
一家の子供たちが少女を袋に詰めて床下に埋めてしまう。衰弱して死にそうになった少女を発見した両親は、隠ぺいの為に井戸に落とす。
少女は井戸の中で、母親との逢瀬の夢を見て死ぬ。
それが洋館ラスボスの少女のストーリーだ。
だから、ラスボス戦は必然的に裏庭になる。
紗世は蓮の手を引っ張った。
「裏庭に行かなきゃ」
「待って、僕が行くから。姉さんはこの人と玄関から逃げて」
「駄目! この家は燃やさなくちゃいけないの、だから夏樹さんがいないと駄目! それにたぶん、蒼太はすごく弱ってる。蓮一人じゃ連れて逃げられるか分からない!」
紗世の剣幕に、蓮は迷うように夏樹を見た。夏樹が頷く。
「俺がいないと駄目なら、一緒に行くしかないだろ。紗世さんは君が守れよ」
「それは当然だけど、アンタは大丈夫?」
「俺は自分の身は自分で守るよ。コントロールが難しいってだけだ。発動しないわけじゃない」
「あっそ」
蓮は冷たく相槌を打つ。でも敵意は無かった。
良かった。少なくとも、蓮の突っかかった態度は軟化したわけだ。
紗世は内心ほっとする。ホラーゲーム特有の、ライバルキャラの途中離脱フラグは回避できそうだ。
「姉さん、お願いだから、僕の手を離さないでよ」
蓮が不安に満ち満ちた声で言う。紗世は頷いた。
紗世自身も、もう、一人で怖い目にあうのは嫌だった。
バットエンドへ向かうのは。
裏庭へ向かいながら、紗世は蓮の手を強く握り締めた。
そう、これから向かうのはバットエンドの場面だ。蒼太が井戸に落とされるムービーは第2ステージのバットエンド。
自分が袋に詰められていたのだから、おそらく蒼太もバットエンドシーンに直面しているはず。
それに立ち向かうのは、今の自分には――……ちょっと勇気がいる。
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