緑を分けて

綿入しずる

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泥酔の寂しがり

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 数日の観察、数度の採取を経て、セヴランは他よりも植物の発現頻度が高く、またその質もよい庭であることが分かってきた。星葉蔦キッカ霊香柳セイレイデーはこれまでにも多く獲得した種ではあるが、彼から採取したものは一級品と呼べるほど状態がよかった。
 そして今日、三種目が採取された。魔法を結ぶ触媒として名高い葡萄の蔓はカイが到着したときには既に胸から腹を覆うように広がっていた。手早く採取と処置を済ませて、その後確認――雑談と遊びの時間になる。
 カーテンが開けられるようになった居間。また食料の買い置きをしていないと言うのでカイが与えた飴を舌で転がし、セヴランは指先を彷徨わせ、カードを捲った。
 役揃えは二人だとすぐに終わるしよくない、、、、ので、今日の時間潰しのゲームは組づくりになった。テーブルいっぱいにカードを伏せて広げ、同じ数字を探す。これはカイのほうがはっきりと強かった。彼は記憶力もある。
「そろそろ見せてくれ」
「終わってからでよくない?」
「それを待ってやってるだけだ。それに俺の勝ちだよ」
「勝ち逃げかよ」
 もう半分以上、カードは減っていた。残りを全部とったとしてもセヴランに勝ち目はない。見越して仕事に戻るカイに、セヴランは文句を言いながらもシャツの前を開く。
 解いた包帯の下は問題なく元通り薄っぺらな胸があるだけだった。セヴランは少し名残惜しそうにそこを撫でて、卓上のカードを纏め始めた。

 夕方退勤間際に、保管庭園の担当者が休みなのに木の調子が悪そうだとの報告を受けたカイはその対応に当たった。大方の仕事が明るいうちに片付く園丁官の久々の残業だった。思った以上に時間がかかったので、居合わせた同僚と一杯やってから帰路につく。と、その道すがら、灯りが並ぶ道端に堂々と寝転がる男の姿が見えた。浮浪者か――酔っ払いか。
 帽子を被って顔こそよく見えなかったが、その髪が灰色だった気がして、そしてなんとなくセヴランと似ている気がして。その不安が振り払えず、カイは歩み寄った。
 近づくと、本当にそうだ。
「――セヴラン!」
 一瞬は慌てたが――屈み込めば自分で飲んだ分以上に酒臭い。体調不良ではなく酔っ払いだ。顔が赤く幸せそうに、石畳を布団のように使って眠っている。
 立てるか、起きてるか、と声をかけても一応声が返るが要領は得ない。カイは盛大な溜息を吐いた。
 ――飲むなと言っているのに。データを取るとかどうとか、そういう問題じゃない。
 いかに国が拘束しての厳重な管理まではしないと決めたとはいえ、庭の恩恵と神秘が薄れたわけではない。その発現によっては当人や周囲に様々な影響を及ぼすことが考えられ――悪事に巻き込まれることも予想できた。もしも名高き不老の実をつける黄金果樹ゴルトルントなど生えてきた日には大騒ぎになるだろう。
 そうでなくともこの有様、財布でも盗ってくれと言っているようなものである。夏でなければ死んでいるかも知れない。カイとしてはもうあらゆる意味で考えられない醜態だった。
「おい」
「んーぅ……」
 揺すっても一向に起きないのに、カイは眉間に深く皺を刻んだ。
 勿論放ってはおけないが、あの家まで送るというのはちょっと遠すぎる。そこまで丁寧に世話を焼いてやるのは癪だった。仕方なく最低限の処置として、担ぎ上げ近くの安宿を探してそこに放り込んだ。
「いいか! 朝迎えに来るからな、生えてたら特に、勝手に帰るなよ。いいな?」
 買ってきた水の瓶をどんと横に置いて言うと、うーん、と返事らしきものがある。帰ろうとしたら止めるように宿の主人にもよく言っておく必要がありそうだった。
 文句を言うのも明日にするしかなさそうだと諦めながらもまだ憤り、盛大に溜息を吐き、カイは踵を返した。そうして、裾が引っ掛かる感触に足を止めた。
 引っ掛かったのではなかった。見ればセヴランの手が服を掴み引き留めているのだった。
「居ろよぉ。一人じゃやだよ……」
「は……」
 何かと問うてやるより先に、声が上がる。カイがどきりとするほど憐れな声だった。
 大の男がこんな声を出せるのかというほどの、か弱く切実な声。混乱して、誰か共に飲んでいた人物と間違えたのかと思う間にも声とは逆に強く、手は握り込まれる。軍服に皺が寄った。
「いてよ……」
 繰り返される言葉もまるで子供じみていた。
 そうだ酔っ払いの言葉だったと我に返り、裾を逃そうとしても、今度はその手が握られる。冷たい指先に掴まれて――祈りに手を結ぶのにどこか似た雰囲気に、カイはそれをすぐ払うことができなかった。
 暗くて表情などはよく分からなかったが、その瞬間眠っていないのは知れた。その間も手は握られていた。
 やがて――幾らか時間をかけて、セヴランの手は緩んだ。また寝息が聞こえてくる。力が抜けて腕が落ちたのを見て数歩よろめき後ずさるように、カイは逃げた。感触の残る手を擦りつけるように裾を払って、また何か声を聞かないうちにと急いで宿を出る。一度戻って店主に、あの男は帰すなと言っておく。
 ――なんなんだ、本当に……!
 元々手のかかる男だとは思ってはいた。厄介な庭の担当になってしまったと愚痴のようなことも同僚とは話していた。酔っぱらって外で寝ているなんて最悪だった。その上――なんだ、あれは。
 最後については本当に、評価ができないものだった。まだ握られている気さえする手でようやく辿り着いた家の扉を開けると、居間ではハンネスが茶を飲んで寛いでいた。顔を上げて少し驚いたように瞬く。
「ああカイ、遅かったな、……大丈夫か?」
 単に仕事が多かっただけとは見えぬくたびれた雰囲気の弟を気遣って椅子を引いてやる。カイはどうにか、笑みを作った。
「ごめん兄さん、ちょっと飲み過ぎたのかも。残業が入って」
「お疲れ様」
「食べてきたの? 今日はニシンだったのに。美味しかったわよ」
「あるならちょっと貰おうかな……」
 姉も出てきて言うのに、カイは座ると共に意識して肩の力を抜く。すぐには立てない感じがした。常なら喜んでつまむだろう旬の食材も少々遠い。
 あまりにいつもの、普通の家族の声がどこか滑るように感じられた。適当に受け答えしてニシンにありつき――しかしやっぱり、疲れているようだから早く寝たほうがいいと言われるまま部屋に入る。ともかくカーテンを閉じて着替え、日記だけ開いた。
 何を書いたらよいのかは少し迷った。セヴランのことを書き留めるべきか。暫らく躊躇して結局、保管庭園の赤薔薇の木を処置するのに残業、とだけ書いて終わらせる。閉じて、やはり単純に疲れも感じられたので、茶の一杯だけ飲んですぐに寝ることにする。
 眠るのに目を瞑るとまだ向こうで家族が団欒している声が聞こえた。同時に、あの声の響きが思い出された。
 さっきのあれはカイには無縁のものだった。あんな空気を、カイは知らない。
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