緑を分けて

綿入しずる

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セピアの横顔

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 カイはセヴランを――庭を守る為に出来得る限り頑張ろうとはしていた。だがこれは想定外だった。
 注目されるのはあくまで庭のほうであり、その影響を考えて対応するのが園丁官としての務めだと思っていた。庭の安全と安心の為、陰日向に動き支えるつもりでいた。それがどうだろう。
 彼はど真ん中に立たされていた。
「いやーいいね、こうやって見るとその軍服ってやっぱかっこいいんだな。カイは顔もいいしな、うん、かっこいいよ」
 あれから一週間。最新のフクロウ新聞は、庭に鋏を入れる園丁官の写真を掲げていた。差し出された腕の柳の枝に視線を落とす横顔、色素の薄い髪を束ねた青年は間違いなくカイである。前回のセヴランの写真よりもっとはっきりと顔も分かる。
「でもさーちょっと表情硬くない? 緊張した? 普段こんなんじゃないだろ」
「うるさいな、動くな」
 新聞から振り返ろうとするセヴランに、紙面と同じく採取の手を動かしていた彼は一つ吠えた。背骨の続きのように生えた霊香柳セイレイデ―の枝をぱつりと切り離し床に広げる麻布に置いて、溜息吐きそうな呼吸を意識して整える。
「緑のマントが園丁官、芽生えの際はご連絡を――」
 セヴランの目と声が、次は活字を辿る。
 国の管理下で庭を保護する、園丁官という存在。植物の採取方法。その後すぐに消え去る神秘の痕跡。植物の利用について。以前報じられた翼竜リントヴルム討伐にも栽培した竜殺しシャルシュテルンの力が用いられた――等々。
 カイの意見のとおり、園丁官広報は庭や庭に纏わる任務についての情報公開に乗り出すことになった。下手な取材に暴かれるより、先に選別した情報を打ち出していこうという構えだった。サルテール新聞社が――採取中の写真を載せることを条件に――すんなりと応じたあたり、今回のことは目論見の内だったのではという疑念もあるが、何はともあれ、まずは急ぎで次号に間に合わせることが双方にとって肝要だった。
 読み上げた記事のほうはおよそ広報の提出した原稿が採用されており、カイにも不満は無い。これで無関係の大衆にも事実を伝えられると思ったし、少しは庭の不安が和らぐだろうと期待した。きちんと園丁官が立ち入っているので安心してください、と伝えて回れると思った。
 ただ、写真は問題だった。
 園丁官の存在を広く知らしめる為に、その姿を見せるのが効果的だというのはカイにも理解できる。だが――
「写真は庭の採取に臨むカイ・エッカルト園丁官。――俺のときは名前なかったのに」
「無いほうがいいだろ」
「えー……んー。まあ別にいらないけど」
「無いほうがいい」
「写真も無いほうがよさそうな言い方だな」
「……必要性は分かるが」
 ぱちん。と切り終えて、結局溜息が出た。カイはむっすりとした顔で手袋を脱ぎ捨て保護剤の缶を開ける。塗りつけられる軟膏の冷たさに丸まっていたセヴランの背筋が伸びた。
「俺じゃなければよかった」
「デニスさんとか?」
「多分ハーラーさんも嫌だと思うが」
 エッカルトさんのような方がよいですね、とご指名があったのだ。あの、記者マルガレータからである。彼女がカイを一番目立つところに押し上げた。
 急な日程の都合から、写真撮影には高頻度で採取を行うセヴランの協力を仰ぐことが決まっていた。本人はあれこれに頓着せず快諾した。そうなると元々担当であるカイが採取するのが自然ではある。一番若く、見目もよい、何より言い出したのはお前なのだからと班長には一方的に決められた。下っ端が拒否などできるはずもなかった。
 誰かがやることにはなる。それが自分だった。――カイも現場では納得した。しかし実際出来上がった物を見るとどうしようもなく、こう、込み上げてきたのだ。照れが。
 目印として分かりやすいように、いつも作業中は脱いでいるマントを纏ったままで写っている一枚は実に見栄えがした。
 セヴランの指摘のとおり表情が幾分硬く日頃よりも真剣、熱心にやっているように見えるのは写真機を意識した所為もあるが、周囲を班長や広報担当の先輩に囲まれていたことが大きい。慣れた作業とはいえカイは緊張した。そして場を主導し撮影したのはマルガレータである。眉間や口元にはより力が入った。
 しかしそうすると逆に、写真としてはばっちりと決まったのだ。カイは写りがよかった。
 あくまで作業の最中を映したものであるのに、場面を決めて作ったように出来が良すぎた。それが当人にはどうにも恥ずかしかった。
 今朝、刷り上がった物を届けられ皆で検分して、広告としてもいいんじゃないか、目立って少しは入ってくる人材も増えるのではと周りに囃されたのがまた居た堪れなく、カイはすっかり滅入っていた。此処に来て報告としてセヴランに見せるのも渋ったほどである。
 案の定褒められ――茶化されて居心地が悪い。
「貴方よく平気だよな。俺はこれが世間に出回るとか……これから他の庭にも見せて周らないといけないなんて…………文字だけ切り取るか」
「じゃあ残りのほうちょうだい」
「嫌だ」
 セヴランはまた笑った。頑なにされるとむしろ弄りたくなってしまうのが性分だった。仕方ない買うか、とは一応内心に隠して、切って捨てるには勿体ない整った横顔を見つめた。インク滲みの無い一枚を選んで買おうと思った。そうやって選ぶ為には早く売店に行く必要がある。今日の予定ができた。寒くて雪もちらついている外に彼が出掛けるなんて大層なことだった。
「変な顔してるよりよっぽどいいじゃん。なんていうの、これも――切りとる、のかな。上手いよね彼女。写真を専門にしたいんだってね」
「話さないって誓ったくせに」
「だってずっと居るのにだんまりは不自然だろうよー。まだ怒ってんの」
「怒ってる」
 カイはついでに、取材の合間セヴランがマルガレータと言葉を交わしていたのも不服だった。四日経っても腹が立つ程度には。言うとおり少々ならば我慢するところではあるが、調子に乗ったセヴランがあれこれ口を挟んだものだから最終的には睨んでいた。体裁をとるのにプレーツさんと呼んで敬語で接する声音が冷えたのを感じとって、後半はセヴランも大人しくしなったが。
「怒んなよぅ……」
 話していてもカイの手はてきぱきと動いた。塗布した薬を覆う包帯も巻き終えて、軽く叩く。ようやく暖炉が熾ってきた部屋の肌の粟立つ涼しさに、セヴランはさっさと服を身に着けた。
 手袋を嵌め直したカイが切り終えた枝のほうへと手を伸ばしたのを横目に、紅茶を淹れに行こうと立ち上がる。――何気なく、作業する様と、卓上に放り出した紙面を並べる。
「おい見比べるな。同じだ」
「っはっは、どっち見るか迷っちゃうな」
 碧眼が上がり、セヴランを映した。新聞の中よりずっと険しく顔が顰められる。対して笑いに肩を揺すり、茶化しながらもセヴランは新聞を裏返しておいた。貴族の男が六股をかけていて揉めた事件が面白おかしく綴られている。
「でも大丈夫、実物のほうがいいよ」
「なにが大丈夫なんだか……」
「お茶どっちがいい?」
「――赤いラベルのほう」
「りょーかい」
 呆れた吐息にもセヴランは上機嫌だった。格好良く撮れた一枚は素敵だが、移り変わる表情を眺めているほうがより楽しいに決まっている。自分だけに視線や言葉が返ってくるのがなんとも嬉しい。
 取材の日もカイがセヴランを疎かにすることはなかったが、こうして普段のように構ってもらう暇は無かったのでつまらなかったのだ。それで気を引く悪戯のようにマルガレータの話に応じた節もある。
 今日は二人きりだと思えば鼻歌が零れる。
 時間潰しの間は二人で新聞を読んだ。大きな事件の記事から、セヴランは途中の展開を知らない連載小説、今週は誰の祭日があるかを伝える欄外の小さな文字列など隅々まで目を通して、あれこれくだらないことも言い合う。そうしていると時間はすぐ過ぎた。カイはとりあえず、新聞を刻まずに鞄に戻した。

 通りを歩き、道行く人に新聞を売りさばく近くを横切ればその背を指して、新聞の、という囁きが気の所為ではなく確かにする。靡く緑のマントに視線が向く。目が合うのも何度か。
 ――本当に凄く、効果があったな……
 売り始めてほんの数時間でこれだ。意見してよかったと成果を確信する一方、やはり自分が表立つのには違和感がある。人目を避けて縮こまりたい気もするのに、仮にも軍人としては見っともない振る舞いなどできないといつもどおりの姿勢のよさで、カイはただ足早に往く。
 世辞も含めて、カイの写真は行く先々で担当の庭やその家族から話題にされた。執務室に戻れば同僚たちにも、評判だったと伝えられる。
 自宅に帰っても新聞がある。近所の人に褒められて噂になっていると母や姉に言われて悶える。物静かな男たち、父と義兄のほうは気持ちを慮って黙っていてくれる――と思いきや、彼の家は医院であるので、相談を受けたときに説明がしやすいだろうと新聞を取っておくことにしたらしい。止めてくれとも言えずカイは一人で呻いた。そのうち気にならなくなるさと慰められた。
 そうした、カイの周囲のざわめきが収まるには二三週間かかったが。新たな庭の問い合わせが二件あったことは、紛れもない収穫だった。
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