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言えない一つ聞けない一つ 三*
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「これなに?」
「精力剤ですね」
「あー……効くのか? 何入ってるとか……」
「まあまあかなー。何かは知りませんけど、なんか黒い水薬ですよ。西区のほうにある薬師の作ったやつのほうが効きますね。なんか辛いけど」
「へえー」
ニビが受付に申し出て酒を貰ってきたところ、スイはまだ品書きを眺めていた。酒と煙草の並びの後に書かれた商品名を指差して問うとニビの簡潔な言葉が返って、こういうところで買えるんだな、と宿も初めてのスイは興味深げだ。
他にも張り形の貸し出しなども書かれている自分にとっては見慣れた貼り紙と、何かの触書のようにそれを眺める客の男とを眺めて、ニビはふと頬を緩めた。
「気になるなら飲んでみればいいじゃないですか。ビンビンになったらちゃんと扱いてあげますよ」
「いや結構」
上下する手の動きまでついた下世話な唆し。眉を寄せての即答はつい最近の苦い思い出からだ。
つれない返事にも笑ったまま、ニビは酒と共に貰ってきた水差しをテーブルに置いて先程のように寝台に座りなおした。
「はいかんぱーい」
小さな酒瓶を合わせて二人で煽る。安い果実酒は混ぜ物がされていて味が薄く、その代わりに酒精が強く軽く喉を焼くような飲み心地だ。スイには飲み慣れない味わいだが、彼はその点ただのお坊ちゃんではなく、不味い物も楽しめる好奇心を備えているのでぐびぐびと続けて二口ほど行った。
「今日こういうことしに来たきっかけみたいなのはなにかあるんですか?」
ニビもまた酒に強く当然この手の物も飲み慣れているので頓着なく瓶を傾け、酒も入ったところで、と改めてスイのほうを向いて話を切り出した。
既に祭も過ぎた時期とはいえ、上着も脱がずに座っているスイは不慣れそのものという印象だ。しかも身形がよくきちりと髪を結わえて着込んでいるので、初めての花街、初めての相手探しに来たいいとこのお坊ちゃん、という想像をニビはしていた。
当たらずとも遠からず、たまに見かけるお坊ちゃんよりは年嵩のスイは酒を飲むのを止め、少し考える素振りを見せて事の経緯をまとめた。
「……久しぶりに会った家族に、交際している相手とかはいないのかと訊ねられて。そのとき……友人の顔が浮かんだんだけど、今までは男とって考えたことなかったから自分でも意外で。それで確かめようと思った、かな」
「男が好きなのかを?」
「そう」
ニビはあれという顔をして一点確認して首を傾げた。
「でもそれ、そんなの確かめなくても……男はともかくその人のこと好きなんじゃないですか? 顔が浮かんだってことは」
「友人としては好きだけど、そのへんもよく分からないし……だから男が恋愛対象であるならばそうかなって」
口振りは悩ましい風だが、返答自体は淀みなく。スイが応じるとニビの首の傾げ方がさらに大きくなる。
「その人がどうかじゃなくて……えー、男が恋愛対象ならその人も入るんじゃってこと?」
「うんまあ、そうなるかな」
ニビはとうとう顰め面になって首を捻った。顔も大事な商売道具なので皺は気になると、寄った眉はすぐに戻され揉み解されたが、それでも十分訝しげだ。
「お兄さんなんか難儀な人だな……好きとか恋とかってもうちょっとぽーっとしたものじゃないの?」
口元を尖らせてそんなことを言うと熟した色香を振り撒いていた彼も幾分青い印象になる。難儀な人、と言われてしまったスイは苦笑して、ややあって手にした瓶の口へと視線を落とした。
「俺もそう思うけど。やっぱりそういうのじゃないのかな」
スイとしても、恋愛とはもっと甘やかで熱っぽいものなのではと書の知識や伝聞から思っていたのだが。だからこそこうして疑って、このようなこともしているのだが。
改めて他者からも言われるとやはり違うのかと、自分で結論を出すのではなく納得しかける。ぎょっとしたのはニビのほうだ。
「待って僕はうっかり誰かの恋を終わらせたくないからよく考えて! 別に……まず、もし僕とか他の男が駄目でも、その人が駄目ってことにはならないでしょ。だからまず男がどうかっていうのは関係ないですって」
先程は腿を撫でた手がスイの空いた手を掴む。ぎゅっと握るのは愛撫のそれではなく、よく聞けと体も意識もすべてを話に向けさせる為のものだ。
「僕は両刀だからかもしれませんけど、男だ女だって別に先に立つもんじゃないですよ。その人が男だっただけ。その人のことだけ単品で考えたほうがいいです絶対。顔が浮かんだり、一緒に居て楽しかったり嬉しかったりするなら……それは、きっと……そうじゃないかな」
今度はニビが慌てて言葉を探しつらつらと語る番だった。最後はさすがに自信が無くなって細り、曖昧に終わる。案外に必死なその様にスイは束の間ぽかんとして手を握られたままでいて――ふと首を傾いだ。
「ニビさんはそういう相手がいる?」
宿の一室は急にしんとした。別の部屋で事を始めた男女の声が微かに聞こえる、ニビは手を引っ込めて、視線を余所へと逸らして、ようやく頷いた。
「……まあ。います、が」
「その人は男? 好いていると気がついたのはどんなとき?」
言いよどむ調子に対しスイは空かさず聞き取りの姿勢だ。多少不躾かと言った後には思ったが、今までの話の流れからしてそこは恐らく問題がないはずだと、じと顔を見て相手の反応を窺う。
今日初対面の客と目を合わせて。丁度その双眸がやや似た色だったこともあり。どんな、とつい具体的に思い出してしまったところで、ニビは隣の肩を軽く叩いて押しやった。
「……いや恥ずかしいから無理ですそういうの。他を当たってください」
「皆全然教えてくれなくて困ってるんだよ」
折角の機会なのにとスイはやや消沈したが、惚気たいタイプでなければなかなか小恥ずかしいものなのだろうというのは理解はできた。次兄の他、文官仲間などにも見合いをと言われたと自然な流れのつもりで数人に訊ねてはみたが、こうして逃げられるか冗談で流されるのがほとんどだった。
語ってくれた一人二人も、料理で胃袋を掴まれた、といういわゆる家庭的な話で盛り上がったのでスイにはいまいち参考にできなかったのが現状だ。
さすがのスイも言いたがらぬ人の口を割らせるつもりもなく、今回も駄目かとすぐに諦めて酒を呷ったが。その薄味にふと、現在地がそういうことをする宿の一室で、他にも知りたいことがあったのを思い出した。
「……折角だから聞きたいこともう一つあるんだけど」
懸想の相手を思い出した微妙な空気を誤魔化すのに瓶を傾けていたニビがその所作を止めてまた会話の姿勢を作ってくれたので、スイは小さく意気込んで息を吸った。
「男でも胸って気持ちいい?」
「お兄さん初心なんだかなんなんだか分かんないですね……」
急に向きが変わった話題はむしろ、男娼としては親しんだ猥談ではあったが。難儀な恋愛相談から男の性感の話という温度差、初めての客のペースはまだ掴み切れず、彼は仕切り直す心地で残りの酒を喉へと流した。
「胸って乳首? 僕は気持ちいいですけど、まあ人によりますよね、あと開発具合」
これには恥じらわず、言葉はまた水のように流れ始める。
「かいはつ」
「そう。お尻も最初より感じるようになっていくでしょ? それと同じで、触って育てるとちゃんとイきやすくなりますよ」
「え、そんなに?」
「精は出ないですけどね。感じるようになりたいんですか」
「気持ちいいって聞いたから本当かどうか興味があるなって……」
「今は全然気持ちよくない?」
「……くすぐったい感じというか」
「ああ、多分素質ありますよ。地道に触ってればもっとヨくなるんじゃないですかね」
「触り方とかって何かあるのかな。本を見てもいまいち書いてなくて」
スイの相槌も挟まり、本領とも言うべき会話はそこまで止まらずに続いたが。また思わぬ言葉が出てきて、ニビはいっとき呆けてきょとんとした。
庶民にとって本など一生のうちに何冊見るか持つかというところだ。ニビなど覚えもない。目の前のお坊ちゃんは余程の金持ちだなと、彼は認識を更新した。よもや城の書庫番とまでは思わなかったが、近くのどのお屋敷かと頭の隅で考えながら、空になった瓶をテーブルに置いて手を空ける。
「こう、服の上からとか……」
そしてその手は、己の胸元に向かった。淡灰色の安いシャツの上から薄く筋肉ののった己の胸を揉み、一点、感度の高い箇所をくるりと指先で撫でる。直接触るのではなく輪のあたり、縁を掻くようにすると乳首は徐々に硬く膨らんで布地を押し上げた。
存在を見せつけるように摘まんで先端を擦り、吐息を零して目を伏せ、ニビは色気を出して切なげな表情を作る。
突然のことに硬直したスイの目がちゃんと己を見ていることを確かめて、そのまま手を動かし続けた。
「んふ、……んっ」
聞かせる喘ぎ声も小さく交え、暫くは着衣の上から。そして客の興奮を見計らって一度愛撫を止め、服の前に手をかける。
見せつけるかの時間をかけて肩の辺りまで開くと、男娼のしなやかな体が露わになった。瑞々しい肌の上、今弄っていたところだけが赤く――スイや他の男のものとは違いぷっくりと膨れて大きく、見るからに感度が高そうだ。
もう一度、服の上からしていた動きを繰り返すと、細長い指に赤い突起が弄ばれている様がよく分かる。
胸を突き出す姿勢で両手で自慰を披露して、最後に少し強く押しつけるようにして身もだえし、ニビは唇に綺麗な弧を作り笑ってみせた。
「っは……どうです? お兄さんも触ってみれば」
「い、や、それはちょっと」
こっちでも自分のでも、と恥じらいなく摘まんで促すと途端動揺して酒瓶を握りしめたスイに、ニビは表情を崩してあははと愉快そうに笑い声を響かせた。
「まあこんなもんですよ。マラとか尻とかも弄りながらやるとそのうちよくなりますって。やっぱり好きな人も多いから、これからもネコやるなら気持ちよくなっておいて損はないと思いますよ」
などと語る言葉にはスイには分からぬ俗語も混ざっていたが。夜遅くまで続いた男娼の話はそのあたりも含めて、経験偏った書庫番にとって大変興味深い勉強会となったのだった。
その後も服を着なおして客には手を出さずに振る舞った男娼に、スイは別れ際名乗ってまた会えればと告げた。ニビもまた世辞でもなく、年はさして変わらぬはずが初心な後輩のようで気に入った話し相手にきっと次をと約束して普段出入りしている酒場と宿を教えた。そこに伝言でも預けてくれれば適当な日に会いに来れるとも。
酒代と、このまま一晩泊まりたいとねだるニビの分も惜しまず金銭を払い、スイは日付が変わる前にと慌てて宿を出て広場近くの停車場に待たせてある車へと乗り込んだ。馭者は仕官の夜遊びには慣れたもので、城では真面目で有名な書庫番の遅い帰りを少しだけからかったが帰り道を急いでくれた。
あとはスイは揺られるだけ。酒の入った体でうたた寝もしながらどうにか、とっぷり暗いが夜のうちに帰るにはぎりぎりの時間に門へと辿りついて、馬車が止まる感覚と聞こえた声に目を開ける。
「外出から戻りました、書庫番のスイ殿おひとりです」
「御苦労」
馭者が声をかけた門の夜番の一人は、衛士クノギだった。
スイが出かけていたのは彼も引き継いだ名簿で知っていた。また供もつけずに一人らしいな、と小言も垂れてやろうかと思いながら一応の確認の為に窓にかけられた幕を払う――前に、当のスイが内から幕を捲り上げた。
「お疲れ様です――ああ、やっぱりクノギだ。丁度いいや」
確かに書庫番が一人。篝火の下であることを差し引いても幾分紅い、酒の入った緩んだ顔で笑うのでクノギはどきりとした。
「おう、おかえり……なんか用か?」
「ん。明日の夜はカナイと飲んでるから、もし暇なら顔を出すといい。多分いつもより豪華なつまみを作ってもらえる」
何やら機嫌よく誘ってくるのは、誘いの内容もスイの表情自体もクノギにとって魅力的であったが。
明日の夜は無理かも知れぬ、という以上に、目の前の光景にクノギの頭で不穏な推測が働く。最初の笑顔に感じたときめきが嫌な動悸へと変わっていく。
――こんな時間まで、一人で酔うほどどこで飲んでいたのか。そも、酒が飲みたいなら部屋で飲むのが常のスイが何故わざわざ外に?
聞けぬうちに、それじゃあと告げてスイは幕を下ろして引っ込んでしまった。そのとき 多少の酒臭さに紛れ、スイの自室でたまに感じられる程度の淡い匂いとはまるで違う、もっと存在感のある香りが散った。
一人で出ていって、酒を飲んで香水が移るような場所、状況。
もしや。まさか。導ける想像にクノギは愕然として、馭者に上手く挨拶できないままに馬車を見送った。
「……」
「……クノギどうした、腹痛か?」
ぱちんと弾けた篝火の下。同じく門番をしている同僚の問いかけに、クノギはなんでもないと答えるのがやっとだった。
クノギの心中を知らず、むしろニビに教えてもらった色々なことを今度会ったら試してみようなどと酔った頭でふわふわと考えながら。無事外出の目的を達した満足感と偶然友人に会った幸福感を抱えて、自室に戻ったスイは眠りについた。
「精力剤ですね」
「あー……効くのか? 何入ってるとか……」
「まあまあかなー。何かは知りませんけど、なんか黒い水薬ですよ。西区のほうにある薬師の作ったやつのほうが効きますね。なんか辛いけど」
「へえー」
ニビが受付に申し出て酒を貰ってきたところ、スイはまだ品書きを眺めていた。酒と煙草の並びの後に書かれた商品名を指差して問うとニビの簡潔な言葉が返って、こういうところで買えるんだな、と宿も初めてのスイは興味深げだ。
他にも張り形の貸し出しなども書かれている自分にとっては見慣れた貼り紙と、何かの触書のようにそれを眺める客の男とを眺めて、ニビはふと頬を緩めた。
「気になるなら飲んでみればいいじゃないですか。ビンビンになったらちゃんと扱いてあげますよ」
「いや結構」
上下する手の動きまでついた下世話な唆し。眉を寄せての即答はつい最近の苦い思い出からだ。
つれない返事にも笑ったまま、ニビは酒と共に貰ってきた水差しをテーブルに置いて先程のように寝台に座りなおした。
「はいかんぱーい」
小さな酒瓶を合わせて二人で煽る。安い果実酒は混ぜ物がされていて味が薄く、その代わりに酒精が強く軽く喉を焼くような飲み心地だ。スイには飲み慣れない味わいだが、彼はその点ただのお坊ちゃんではなく、不味い物も楽しめる好奇心を備えているのでぐびぐびと続けて二口ほど行った。
「今日こういうことしに来たきっかけみたいなのはなにかあるんですか?」
ニビもまた酒に強く当然この手の物も飲み慣れているので頓着なく瓶を傾け、酒も入ったところで、と改めてスイのほうを向いて話を切り出した。
既に祭も過ぎた時期とはいえ、上着も脱がずに座っているスイは不慣れそのものという印象だ。しかも身形がよくきちりと髪を結わえて着込んでいるので、初めての花街、初めての相手探しに来たいいとこのお坊ちゃん、という想像をニビはしていた。
当たらずとも遠からず、たまに見かけるお坊ちゃんよりは年嵩のスイは酒を飲むのを止め、少し考える素振りを見せて事の経緯をまとめた。
「……久しぶりに会った家族に、交際している相手とかはいないのかと訊ねられて。そのとき……友人の顔が浮かんだんだけど、今までは男とって考えたことなかったから自分でも意外で。それで確かめようと思った、かな」
「男が好きなのかを?」
「そう」
ニビはあれという顔をして一点確認して首を傾げた。
「でもそれ、そんなの確かめなくても……男はともかくその人のこと好きなんじゃないですか? 顔が浮かんだってことは」
「友人としては好きだけど、そのへんもよく分からないし……だから男が恋愛対象であるならばそうかなって」
口振りは悩ましい風だが、返答自体は淀みなく。スイが応じるとニビの首の傾げ方がさらに大きくなる。
「その人がどうかじゃなくて……えー、男が恋愛対象ならその人も入るんじゃってこと?」
「うんまあ、そうなるかな」
ニビはとうとう顰め面になって首を捻った。顔も大事な商売道具なので皺は気になると、寄った眉はすぐに戻され揉み解されたが、それでも十分訝しげだ。
「お兄さんなんか難儀な人だな……好きとか恋とかってもうちょっとぽーっとしたものじゃないの?」
口元を尖らせてそんなことを言うと熟した色香を振り撒いていた彼も幾分青い印象になる。難儀な人、と言われてしまったスイは苦笑して、ややあって手にした瓶の口へと視線を落とした。
「俺もそう思うけど。やっぱりそういうのじゃないのかな」
スイとしても、恋愛とはもっと甘やかで熱っぽいものなのではと書の知識や伝聞から思っていたのだが。だからこそこうして疑って、このようなこともしているのだが。
改めて他者からも言われるとやはり違うのかと、自分で結論を出すのではなく納得しかける。ぎょっとしたのはニビのほうだ。
「待って僕はうっかり誰かの恋を終わらせたくないからよく考えて! 別に……まず、もし僕とか他の男が駄目でも、その人が駄目ってことにはならないでしょ。だからまず男がどうかっていうのは関係ないですって」
先程は腿を撫でた手がスイの空いた手を掴む。ぎゅっと握るのは愛撫のそれではなく、よく聞けと体も意識もすべてを話に向けさせる為のものだ。
「僕は両刀だからかもしれませんけど、男だ女だって別に先に立つもんじゃないですよ。その人が男だっただけ。その人のことだけ単品で考えたほうがいいです絶対。顔が浮かんだり、一緒に居て楽しかったり嬉しかったりするなら……それは、きっと……そうじゃないかな」
今度はニビが慌てて言葉を探しつらつらと語る番だった。最後はさすがに自信が無くなって細り、曖昧に終わる。案外に必死なその様にスイは束の間ぽかんとして手を握られたままでいて――ふと首を傾いだ。
「ニビさんはそういう相手がいる?」
宿の一室は急にしんとした。別の部屋で事を始めた男女の声が微かに聞こえる、ニビは手を引っ込めて、視線を余所へと逸らして、ようやく頷いた。
「……まあ。います、が」
「その人は男? 好いていると気がついたのはどんなとき?」
言いよどむ調子に対しスイは空かさず聞き取りの姿勢だ。多少不躾かと言った後には思ったが、今までの話の流れからしてそこは恐らく問題がないはずだと、じと顔を見て相手の反応を窺う。
今日初対面の客と目を合わせて。丁度その双眸がやや似た色だったこともあり。どんな、とつい具体的に思い出してしまったところで、ニビは隣の肩を軽く叩いて押しやった。
「……いや恥ずかしいから無理ですそういうの。他を当たってください」
「皆全然教えてくれなくて困ってるんだよ」
折角の機会なのにとスイはやや消沈したが、惚気たいタイプでなければなかなか小恥ずかしいものなのだろうというのは理解はできた。次兄の他、文官仲間などにも見合いをと言われたと自然な流れのつもりで数人に訊ねてはみたが、こうして逃げられるか冗談で流されるのがほとんどだった。
語ってくれた一人二人も、料理で胃袋を掴まれた、といういわゆる家庭的な話で盛り上がったのでスイにはいまいち参考にできなかったのが現状だ。
さすがのスイも言いたがらぬ人の口を割らせるつもりもなく、今回も駄目かとすぐに諦めて酒を呷ったが。その薄味にふと、現在地がそういうことをする宿の一室で、他にも知りたいことがあったのを思い出した。
「……折角だから聞きたいこともう一つあるんだけど」
懸想の相手を思い出した微妙な空気を誤魔化すのに瓶を傾けていたニビがその所作を止めてまた会話の姿勢を作ってくれたので、スイは小さく意気込んで息を吸った。
「男でも胸って気持ちいい?」
「お兄さん初心なんだかなんなんだか分かんないですね……」
急に向きが変わった話題はむしろ、男娼としては親しんだ猥談ではあったが。難儀な恋愛相談から男の性感の話という温度差、初めての客のペースはまだ掴み切れず、彼は仕切り直す心地で残りの酒を喉へと流した。
「胸って乳首? 僕は気持ちいいですけど、まあ人によりますよね、あと開発具合」
これには恥じらわず、言葉はまた水のように流れ始める。
「かいはつ」
「そう。お尻も最初より感じるようになっていくでしょ? それと同じで、触って育てるとちゃんとイきやすくなりますよ」
「え、そんなに?」
「精は出ないですけどね。感じるようになりたいんですか」
「気持ちいいって聞いたから本当かどうか興味があるなって……」
「今は全然気持ちよくない?」
「……くすぐったい感じというか」
「ああ、多分素質ありますよ。地道に触ってればもっとヨくなるんじゃないですかね」
「触り方とかって何かあるのかな。本を見てもいまいち書いてなくて」
スイの相槌も挟まり、本領とも言うべき会話はそこまで止まらずに続いたが。また思わぬ言葉が出てきて、ニビはいっとき呆けてきょとんとした。
庶民にとって本など一生のうちに何冊見るか持つかというところだ。ニビなど覚えもない。目の前のお坊ちゃんは余程の金持ちだなと、彼は認識を更新した。よもや城の書庫番とまでは思わなかったが、近くのどのお屋敷かと頭の隅で考えながら、空になった瓶をテーブルに置いて手を空ける。
「こう、服の上からとか……」
そしてその手は、己の胸元に向かった。淡灰色の安いシャツの上から薄く筋肉ののった己の胸を揉み、一点、感度の高い箇所をくるりと指先で撫でる。直接触るのではなく輪のあたり、縁を掻くようにすると乳首は徐々に硬く膨らんで布地を押し上げた。
存在を見せつけるように摘まんで先端を擦り、吐息を零して目を伏せ、ニビは色気を出して切なげな表情を作る。
突然のことに硬直したスイの目がちゃんと己を見ていることを確かめて、そのまま手を動かし続けた。
「んふ、……んっ」
聞かせる喘ぎ声も小さく交え、暫くは着衣の上から。そして客の興奮を見計らって一度愛撫を止め、服の前に手をかける。
見せつけるかの時間をかけて肩の辺りまで開くと、男娼のしなやかな体が露わになった。瑞々しい肌の上、今弄っていたところだけが赤く――スイや他の男のものとは違いぷっくりと膨れて大きく、見るからに感度が高そうだ。
もう一度、服の上からしていた動きを繰り返すと、細長い指に赤い突起が弄ばれている様がよく分かる。
胸を突き出す姿勢で両手で自慰を披露して、最後に少し強く押しつけるようにして身もだえし、ニビは唇に綺麗な弧を作り笑ってみせた。
「っは……どうです? お兄さんも触ってみれば」
「い、や、それはちょっと」
こっちでも自分のでも、と恥じらいなく摘まんで促すと途端動揺して酒瓶を握りしめたスイに、ニビは表情を崩してあははと愉快そうに笑い声を響かせた。
「まあこんなもんですよ。マラとか尻とかも弄りながらやるとそのうちよくなりますって。やっぱり好きな人も多いから、これからもネコやるなら気持ちよくなっておいて損はないと思いますよ」
などと語る言葉にはスイには分からぬ俗語も混ざっていたが。夜遅くまで続いた男娼の話はそのあたりも含めて、経験偏った書庫番にとって大変興味深い勉強会となったのだった。
その後も服を着なおして客には手を出さずに振る舞った男娼に、スイは別れ際名乗ってまた会えればと告げた。ニビもまた世辞でもなく、年はさして変わらぬはずが初心な後輩のようで気に入った話し相手にきっと次をと約束して普段出入りしている酒場と宿を教えた。そこに伝言でも預けてくれれば適当な日に会いに来れるとも。
酒代と、このまま一晩泊まりたいとねだるニビの分も惜しまず金銭を払い、スイは日付が変わる前にと慌てて宿を出て広場近くの停車場に待たせてある車へと乗り込んだ。馭者は仕官の夜遊びには慣れたもので、城では真面目で有名な書庫番の遅い帰りを少しだけからかったが帰り道を急いでくれた。
あとはスイは揺られるだけ。酒の入った体でうたた寝もしながらどうにか、とっぷり暗いが夜のうちに帰るにはぎりぎりの時間に門へと辿りついて、馬車が止まる感覚と聞こえた声に目を開ける。
「外出から戻りました、書庫番のスイ殿おひとりです」
「御苦労」
馭者が声をかけた門の夜番の一人は、衛士クノギだった。
スイが出かけていたのは彼も引き継いだ名簿で知っていた。また供もつけずに一人らしいな、と小言も垂れてやろうかと思いながら一応の確認の為に窓にかけられた幕を払う――前に、当のスイが内から幕を捲り上げた。
「お疲れ様です――ああ、やっぱりクノギだ。丁度いいや」
確かに書庫番が一人。篝火の下であることを差し引いても幾分紅い、酒の入った緩んだ顔で笑うのでクノギはどきりとした。
「おう、おかえり……なんか用か?」
「ん。明日の夜はカナイと飲んでるから、もし暇なら顔を出すといい。多分いつもより豪華なつまみを作ってもらえる」
何やら機嫌よく誘ってくるのは、誘いの内容もスイの表情自体もクノギにとって魅力的であったが。
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――こんな時間まで、一人で酔うほどどこで飲んでいたのか。そも、酒が飲みたいなら部屋で飲むのが常のスイが何故わざわざ外に?
聞けぬうちに、それじゃあと告げてスイは幕を下ろして引っ込んでしまった。そのとき 多少の酒臭さに紛れ、スイの自室でたまに感じられる程度の淡い匂いとはまるで違う、もっと存在感のある香りが散った。
一人で出ていって、酒を飲んで香水が移るような場所、状況。
もしや。まさか。導ける想像にクノギは愕然として、馭者に上手く挨拶できないままに馬車を見送った。
「……」
「……クノギどうした、腹痛か?」
ぱちんと弾けた篝火の下。同じく門番をしている同僚の問いかけに、クノギはなんでもないと答えるのがやっとだった。
クノギの心中を知らず、むしろニビに教えてもらった色々なことを今度会ったら試してみようなどと酔った頭でふわふわと考えながら。無事外出の目的を達した満足感と偶然友人に会った幸福感を抱えて、自室に戻ったスイは眠りについた。
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