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Ⅱ‐回青の園
追加短編 絹*
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(前半三人称・主人視点)
「ああ来たなリーシャット、隣国からなめらかなよい絹を買いつけてな。后は喜んでおる。お前にも此度の働きの褒美としよう。部屋着にして贈ろうか、奥方と、あの奴隷の分も」
「有難うございます陛下、身に余る光栄です」
宮殿の奥深く、鳥を放した美しい庭を眺める王の居間での謁見。銀の酒盃を揺らしながら告げた王にアルフ・リーシャット――国土南方の多くの取り纏めを任ぜられる大臣の男は、帽子を胸に深く頭を垂れた。公的な報告はすべて済んだ後の呼び出しで、何か特に言うことがあるのだろうと考えて馳せた場、気が緩むところにやってくる悪い話ではなくほっとしていた。
今回、長年の政策が功を奏して他にもあれこれと話がついた。この暑期の最中に短期ながら出張をして、外交に会議に視察に宴にと動き回った。ここまで忙しくしたのは七、八年ぶり。また暫くは遠慮したいほどだった。
その報酬。隣国の名産品の絹、部屋着、妻――はともかく奴隷にも。アルフの中で思考が巡る。並の臣下ならばただただ平伏し有難がるばかりの場面であるが、一瞬、静かな間が生じた。王は幼馴染でもある男の顔を覗くように首を傾いで笑い、呼びかける。
「物言いたげだな。アルフ、お前と私の仲だろう。言ってみればよい」
此処まで呼び出してこの調子。自分の功績ばかりではなく、何か他に話したいことがあるなとも推測しながら、アルフも再び口を開いた。
「畏れながら。下賜は無論大変に嬉しいのですが、妻と奴隷に同じ品はやはり不適当でしょうしなにより…………王よりの賜りだとしてもあれが他の男から貰った物を身につけるというのが、思ったより我慢ならない」
よく響く大臣の美声がなめらかに悋気を紡ぐ。諧謔めかして言いきる。言ってから顔を上げ、金の目が上座に腰掛ける王の白銀の双眸を捉えた。片や鸞、神の鈴と謳われる霊鳥の加護。片や龍、神の冠と称される君臨者の加護。傍で扇を使う、王宮で長く調教され気構えしていた奴隷も恐れて小さく息を呑んだ。
銀のほうがにっと細められた。笑い声が上がる。
「はっはっは! 独占欲か。お前も案外に狭量よな!」
髭を撫で、盃を乾す。すぐに注がれるアザラン酒を受け止めながら彼は続けた。
「では布だけ渡すから仕立ては好きにしろ。宛てがって好みにしてやるがよいわ。別に見せに来んでよいから気に食わぬなら他に使え。――サーダの分は、花刺繍の別の生地が好みではないかと話しておったのだ。やっぱりそちらにしよう」
用意してあった雰囲気で言葉を並べ――昔からよく知る妻のほうにはもっと趣味に合う品をとまで言う主君に、アルフは笑むのではなく睨むのに目を細めた。先程のような発言を引き出すべく最初にああ言ったのだと思えば、それくらいは許される間柄だった。君臣ではなく親しい友にならばそれくらいの態度が相応である。
しかし確かに、提案された遊び方は彼の性に合っていた。そうしたことまでも知った仲だ。
「寛大なるお心遣い、まことに感謝いたします」
改めて受け、深々と一礼。直前のやりとりなど無かったかのように整った優美な所作に王は満足して頷いて見せた。
「頭ばかり下げぬで付き合え」
「ではお言葉に甘えて。相伴致します」
盃を掲げ、やはり何か話して聞かせたい様子でより近くへと招くのに、アルフは笑んでもう一度、殊更に恭しく礼の姿勢をとってから親友の隣へと歩み寄った。
――飼い猫が七匹も産んだ、から始まる自慢話に二刻ほど付き合った翌日。リーシャット邸に届けられた絹織物は、確かに幾らも最上級品を見慣れたアルフにも良い品と見えた。純白、それ自体が光を持つかの美しい艶、そして手触り。同じく上等で華やかな刺繍のほうを妻に渡しに行き、一方自身の私室には服の縫製が得意だという侍女を呼び寄せた。侍女長ナフラに連れられてやってきた彼女はまだ若く、屋敷の主人の前で緊張していたが布を見せると表情が華やいだ。
茶を飲みながら、アルフはその様子を見守った。
ハツカを下着だけにして立たせて、体を測らせ、布を羽織らせる。白い肌を白い布がとろりと覆う。見たときも体に触れたときもハツカは驚いた顔をした。奴隷にとっても見るからにの、それだけの代物だったのだ。
アルフには少し悔しいことに、似合う。奴隷の装束にはとんでもなく過分な一品だったが、その白色は氷精憑きが元々持っていたかのようだ。王がわざわざ奴隷にと言って与えたのも嫉妬を煽るだけでなく、まずそう思いついたが為だろうと思われた。大方、自身か后が侍らせた白奴隷に馴染むのを見たのだろうと。
首輪と虫食い痕は隠さぬように襟をあけて、という主人の希望を元に、侍女はナフラと二人がかり、小柄な体に布を当てては手や紐、留め針も使って服の形をとって見せた。そうやって試して会話をしながら、導いたものを薄紙へと描き表していく。
「……布はまだ十分あるな。袖と裾にもっと余裕を持たせてくれ」
暫くそうして――アルフが卓上のスケッチを覗いて呟いた。とても熱心に仕事をしていた娘は主の声に片時、手を止めた。
「はい……」
採寸のメモ書きの横に並んだ寝間着の画は、既に袖や裾がゆったりと広がっている。よくある前開きのガウンではなく頭から被って着る釣鐘形になっていた。もっと余裕、と曖昧な言葉を反芻して、侍女は迷う。仕立てた後実際に身に着ける奴隷を窺ってみても何か言ってくるわけでもない。むしろハツカも視線を感じて困った顔をする。仕事は順調だと安堵していた中に一点、焦りが滲む。
二人の間で手が動く。年季が入り皺やしみのある、爪の先まで油断なく整えられた、小綺麗な女の手だった。
「布が素敵だから、飾りは要らないでしょうが……もう少し贅沢な形がよいのかしら。ドレスのような……」
滅多に見られぬ見事な絹を少し摘まみ、肩の辺りへと運んで重ねてみながら、侍女長ナフラが呟く。と、アルフは肯いた。
「そうだな、着て動き回る物ではないから、豪奢なくらいでいい」
贅沢、ドレス、豪奢。美しい布が波打つと現れる光。若い侍女の思案にも光が差し込んだ。
「畏まりました。それでは、このようにするのはいかがでしょう――」
今度は心得た返事をして、再び、彼女も絹に触れた。これまではある程度体に沿う形で当てていたのを、今度はたっぷりと指先で襞をとりながら奴隷に添える。そうして主人の反応を窺った。
膨らみ広がって白布は揺れた。あれこれと食わせても妖精にとられるのかなかなか肉がつかぬ奴隷の痩躯。抱き心地は気にならないにしても、もう少しその体を増やしておきたいものだと未だ考えることのあるアルフの心を満たすように。
「ああ、いいな。それでやってくれ」
促し、侍女が改めて紙に描きつけていくのも確かめ、アルフはまた数度と頷いた。
デザインの方針も決まりようやっと女たちが離れていくと、ハツカも長く息を吐いた。たまに腕を伸ばしたり向きを変えたりしながら立っていただけだが気疲れしていた。服を着るのも許されてすぐ動く。以前は何を着るにももたついていた奴隷はもう慣れ、裾の広がる下衣と貫頭衣を身に着け、帯を締める常の格好に戻るのはすぐだ。今日は――これもけっして安価ではない、サフラン染めの黄の帯をしている。靴の刺繍も同じ色の糸が鮮やかだ。
しかし、そうした装いには慣れたとしても。
「……そんなに綺麗な布は、ご主人様が着る物にしたほうがいいのではないでしょうか」
至極丁寧に元通り巻き取られていく布をじっと見て、さすがに勿体ないとハツカがぼやく。今更、だがまだ間に合う、自分の物ではないにしてもちょっと、いや大分惜しいと、彼も思ったのだ。奴隷が主人に訴えるのは妙だが真っ当な意見ではあった。今日初めて主人の部屋に入り言葉を交わした侍女もつい、片づけを止めて反応を窺った。アルフは事も無げに、いつものように応じた。
「お前のほうが合う。それにお前に着せるのは私が触れる為なのだから、着るのとも然程変わらんだろう。好きに使えとのお達しだ」
「旦那様」
直截な主人の言葉にうら若い侍女の頬が赤らむ。ナフラから窘める視線と言葉が向けられて、アルフは肩を竦めた。訊いたハツカも恥ずかしくはなったが、それより侍女長に叱られた主人の態度に笑ってしまった。
さらさら、すべすべ――布っぽくない言い方だけど、とろとろ。なんかそんな布だ。新しい寝間着はいかにも高そうな、今まで触るどころか見たこともないような綺麗さの布をわざわざ俺の体に当てて測ったり色々話し合ったりして作った物だった。でもその割にぴったりという感じではなく、むしろ緩くてカーテンのようにひらついて、捲らないと手が出なくて、裾も床に擦って歩くほど長い。離れの床はいつも清潔にされているが――踏んですっころびそうなのでやっぱり摘まみあげて歩く。長さだけじゃなく体全体が余っている。高価な布を使っているのに無駄に布の量が多い。もっと他に使い道があっただろう。着心地は物凄くいいのだが、真っ白だし、これを着ているとベッドに落ち着くまで緊張する。でも抱えて撫でる主人は満足そうだった。俺は本当に枕になってしまったような、なんならシーツ代わりの気分だった。
服を作るからと言って脱がされたときは正直身構えたがそういう服ではない、立派過ぎるけど寝間着だ。触れる為にと言われてはいても、普通に寝るときに着せられて横に寄り添うばかりだったから、あれは言葉のあやというやつかと思ったのだが。
でも今日のこれは、そういう意図だ。たまたまこれを着ていたのではなく、わざわざ着せている、そういう。
だってまだ昼で、白い服が眩しいくらい明るい。
主人の手が全身を這うが、服は着たままだ。捲りもしない。一枚向こうで撫でる動きがもどかしく、まだ裸ではないことをよく意識させられた。布にも撫でられてるみたいだ。皮膚がざわつく。
「あ……っ」
たまに、開いた襟の中へと掠める指先が妙に熱い。袖も裾も長すぎて溺れるくらいの布の中で悶える。いつも以上に上手く動けない。もどかしさに足を擦り合わせるとそこも勝手に布に擽られる。
ベッドの上で組み敷かれてもう長いことこうして触れられている。この見事な服をくれぐれも汚さないようにと注意され射精も禁じられたが、そうでなければやらかしていたかも知れない、それくらいに体が昂っていた。
接吻で口を塞がれてその間も触られ、主人の舌を噛まないように、息をするのに精一杯だ。でも口も気持ちいい。口は直接主人の体温が伝わってくるのに頭の後ろが痺れた。顎を上げて逃げても追いかけてまた、繰り返される。
掌が、指が、絹が、硬くなった乳首を撫でる。身が跳ねた。
「っはぁ――ん、うぅ、んあっ……!」
もう、我慢できない。このまま続けられたら本当に狂いそうで、必死になって主人の体を探るとやっと動きが止んだ。息を整え――きっていないが懇願する。途切れ途切れの小さい声にしかならなかった。
「も、許して、いれてください、お願いします……どうか、ご慈悲を」
覆いかぶさる主人だってもう勃起してる。ずっと服の向こうで尻に当たっていて、今、手にも押しつけられた。
「裾を持っていろ」
命令に、ほっとして頷く。やっと楽になれる。多分、少しましだ。
覚束ない手を叱って服を引っ張り体を見せる。今日はもう躊躇も無いのに布が多すぎて時間がかかる。さらりと流れる、普段は心地よいものだった感触がつらいほどに体を刺激した。そうして美しい布の中から出てくると自分の体は覚えていたよりもっと貧相に見えた。
足を広げられると居た堪れない。精液を出すなと言われても先走りくらいは漏れ出て下着が湿っているのが、これだけ明るい時間ならはっきりと見えてしまう。
――絹の寝間着を捲ってもまだもう一枚、下着があるのに、嫌な予感がする。
脱いでしまおうとしてまず邪魔な袖を引く。その間に、膨らんだ場所を引っ掻かれて突き上げるような快感が走る。腰が揺れた。
「いっ――」
さり、と振動が響く。布越しに揉みしだき、先端の穴をほじられる。
「あっ――や、っあ、あ――!」
出せないけど何度もイった。出せないと、短い間隔ですぐ追い詰められる。声が全然堪えられずに叫んだ。抑えないと外まで聞こえてしまう、でも無理だ。
許してと言ったのに、頼んだのに、くそ、酷い。
やっと、その下着もずり下ろされて性器が跳ねあがった。服を汚さないように胸まで掻き寄せる。
「ご主人様、もう、出したい――ご主人様、お願いします、ご主人様……!」
また握って、柔く扱かれる。早く入れてくれと思っても主人の手はなかなか尻のほうにはいかない。まだなのか。
一時、刺激が止んだ。陰茎を掴んだ手が腹に乗る。それだけの重みがじんと温かくて苦しい。敏感になった皮膚も震えたが、もっと奥、体の中が訴える。
主人が見下ろして笑う。本当にもう許して、早く、入れてほしい。多分そんな顔をしてしまっている。情けなく縋る顔でこの人を見てる。
「よく耐えたから褒美をやろう。先にイかせてやる」
言った主人の顔が、下がって、
「ぇ……」
先端を舐め上げられて声が引き攣った。突っ張る足が主人を蹴りかけて、主人の頭を掴むわけにはいかない、捲った服や袖が邪魔して、でも!
「ゃだ、あ、駄目、っ、だっ――っ!」
熱い口に包まれる。ずっと焦らされていた熱が与えられる。ぬるりと濡れた感触が、そこだけじゃなく全身を快感で包んだ。先を舐められながら根元や尻のほうを擦られて駄目だった。腰が溶ける。
擦れた息と共に主人の口の中に出す。気持ちいい。こんなのは駄目だ。とんでもないことにくらくらとした。酒に酔ったときみたいに。
「……ごめ、なさい……」
なんてことを。駄目だったのに、我慢なんてできなかった。
「出したがっていたのに堪えるものだな。刺激が強かったか」
体中どこでも接吻されるけど主人がこんなことすると思わなかった。顔が見られない。今更出てきた手で顔を覆う。
「……一回脱げ。尻にも欲しいんだろう」
「はい……」
でも命じられて、ずっとそうしてはいられない。凄いことをされたけどこれで済んだわけじゃない。入れてもらってないし、主人はまだ。
ようやく服を脱いだ。腕も、下着も全部抜ききったところでそれぞれ取り上げられ横へと押しやられる。今度は裸でいることを普段より格段に意識する。体中まだ絹が擦っているようにざわざわとした。
洗ったばかりの場所に指が突っ込まれ、いつもより手早く濡らして身を寄せられた。硬く立ち上がって熱い物が尻に触れる。――さっき俺の性器なんか咥えた唇が吐息を零す。
主人も少し我慢していたのかも知れない。
一回射精したからかそんなことを思う余裕があった。でも俺も、体の奥深くがまだ疼いていて――さっき、言っておいてよかったと思う。主人が欲しい、使ってほしい。そう簡単には言えない。それもまた性奴隷の務め、求められるほうが気分がいいとか言われても。
「っは……」
思いきり突き上げられて今度は悲鳴も出なかった。締めつけた主人の陰茎が体の中でよく分かる。
衝撃と快感をやり過ごそうと何か掴みかけ、でも指先に触れたのが絹の寝間着だったからすぐ手を引っ込め――それを見た主人が腕を掴んで、肩へと上げる。身も前へと倒された。
主人の体だし、今着ている物だって絶対安物ではないはずだから気は使う。でも言葉で求めるのと同じでこうするのも嬉しいみたいだから、こういうときはもう片方の手も持ち上げ、そっと首に回して抱きつく。何か言うのよりは慣れた。
押しつけられる苦しさに喘いだ口にも、舌が捩じ込まれる。青臭い精液の味がする。
夜に寝るにもまた絹の服を着るよう言われて硬直したのはからかわれたけど、俺が考えすぎってわけじゃないだろう。ナフラ様はもう一度叱ってくれないだろうか。
「ああ来たなリーシャット、隣国からなめらかなよい絹を買いつけてな。后は喜んでおる。お前にも此度の働きの褒美としよう。部屋着にして贈ろうか、奥方と、あの奴隷の分も」
「有難うございます陛下、身に余る光栄です」
宮殿の奥深く、鳥を放した美しい庭を眺める王の居間での謁見。銀の酒盃を揺らしながら告げた王にアルフ・リーシャット――国土南方の多くの取り纏めを任ぜられる大臣の男は、帽子を胸に深く頭を垂れた。公的な報告はすべて済んだ後の呼び出しで、何か特に言うことがあるのだろうと考えて馳せた場、気が緩むところにやってくる悪い話ではなくほっとしていた。
今回、長年の政策が功を奏して他にもあれこれと話がついた。この暑期の最中に短期ながら出張をして、外交に会議に視察に宴にと動き回った。ここまで忙しくしたのは七、八年ぶり。また暫くは遠慮したいほどだった。
その報酬。隣国の名産品の絹、部屋着、妻――はともかく奴隷にも。アルフの中で思考が巡る。並の臣下ならばただただ平伏し有難がるばかりの場面であるが、一瞬、静かな間が生じた。王は幼馴染でもある男の顔を覗くように首を傾いで笑い、呼びかける。
「物言いたげだな。アルフ、お前と私の仲だろう。言ってみればよい」
此処まで呼び出してこの調子。自分の功績ばかりではなく、何か他に話したいことがあるなとも推測しながら、アルフも再び口を開いた。
「畏れながら。下賜は無論大変に嬉しいのですが、妻と奴隷に同じ品はやはり不適当でしょうしなにより…………王よりの賜りだとしてもあれが他の男から貰った物を身につけるというのが、思ったより我慢ならない」
よく響く大臣の美声がなめらかに悋気を紡ぐ。諧謔めかして言いきる。言ってから顔を上げ、金の目が上座に腰掛ける王の白銀の双眸を捉えた。片や鸞、神の鈴と謳われる霊鳥の加護。片や龍、神の冠と称される君臨者の加護。傍で扇を使う、王宮で長く調教され気構えしていた奴隷も恐れて小さく息を呑んだ。
銀のほうがにっと細められた。笑い声が上がる。
「はっはっは! 独占欲か。お前も案外に狭量よな!」
髭を撫で、盃を乾す。すぐに注がれるアザラン酒を受け止めながら彼は続けた。
「では布だけ渡すから仕立ては好きにしろ。宛てがって好みにしてやるがよいわ。別に見せに来んでよいから気に食わぬなら他に使え。――サーダの分は、花刺繍の別の生地が好みではないかと話しておったのだ。やっぱりそちらにしよう」
用意してあった雰囲気で言葉を並べ――昔からよく知る妻のほうにはもっと趣味に合う品をとまで言う主君に、アルフは笑むのではなく睨むのに目を細めた。先程のような発言を引き出すべく最初にああ言ったのだと思えば、それくらいは許される間柄だった。君臣ではなく親しい友にならばそれくらいの態度が相応である。
しかし確かに、提案された遊び方は彼の性に合っていた。そうしたことまでも知った仲だ。
「寛大なるお心遣い、まことに感謝いたします」
改めて受け、深々と一礼。直前のやりとりなど無かったかのように整った優美な所作に王は満足して頷いて見せた。
「頭ばかり下げぬで付き合え」
「ではお言葉に甘えて。相伴致します」
盃を掲げ、やはり何か話して聞かせたい様子でより近くへと招くのに、アルフは笑んでもう一度、殊更に恭しく礼の姿勢をとってから親友の隣へと歩み寄った。
――飼い猫が七匹も産んだ、から始まる自慢話に二刻ほど付き合った翌日。リーシャット邸に届けられた絹織物は、確かに幾らも最上級品を見慣れたアルフにも良い品と見えた。純白、それ自体が光を持つかの美しい艶、そして手触り。同じく上等で華やかな刺繍のほうを妻に渡しに行き、一方自身の私室には服の縫製が得意だという侍女を呼び寄せた。侍女長ナフラに連れられてやってきた彼女はまだ若く、屋敷の主人の前で緊張していたが布を見せると表情が華やいだ。
茶を飲みながら、アルフはその様子を見守った。
ハツカを下着だけにして立たせて、体を測らせ、布を羽織らせる。白い肌を白い布がとろりと覆う。見たときも体に触れたときもハツカは驚いた顔をした。奴隷にとっても見るからにの、それだけの代物だったのだ。
アルフには少し悔しいことに、似合う。奴隷の装束にはとんでもなく過分な一品だったが、その白色は氷精憑きが元々持っていたかのようだ。王がわざわざ奴隷にと言って与えたのも嫉妬を煽るだけでなく、まずそう思いついたが為だろうと思われた。大方、自身か后が侍らせた白奴隷に馴染むのを見たのだろうと。
首輪と虫食い痕は隠さぬように襟をあけて、という主人の希望を元に、侍女はナフラと二人がかり、小柄な体に布を当てては手や紐、留め針も使って服の形をとって見せた。そうやって試して会話をしながら、導いたものを薄紙へと描き表していく。
「……布はまだ十分あるな。袖と裾にもっと余裕を持たせてくれ」
暫くそうして――アルフが卓上のスケッチを覗いて呟いた。とても熱心に仕事をしていた娘は主の声に片時、手を止めた。
「はい……」
採寸のメモ書きの横に並んだ寝間着の画は、既に袖や裾がゆったりと広がっている。よくある前開きのガウンではなく頭から被って着る釣鐘形になっていた。もっと余裕、と曖昧な言葉を反芻して、侍女は迷う。仕立てた後実際に身に着ける奴隷を窺ってみても何か言ってくるわけでもない。むしろハツカも視線を感じて困った顔をする。仕事は順調だと安堵していた中に一点、焦りが滲む。
二人の間で手が動く。年季が入り皺やしみのある、爪の先まで油断なく整えられた、小綺麗な女の手だった。
「布が素敵だから、飾りは要らないでしょうが……もう少し贅沢な形がよいのかしら。ドレスのような……」
滅多に見られぬ見事な絹を少し摘まみ、肩の辺りへと運んで重ねてみながら、侍女長ナフラが呟く。と、アルフは肯いた。
「そうだな、着て動き回る物ではないから、豪奢なくらいでいい」
贅沢、ドレス、豪奢。美しい布が波打つと現れる光。若い侍女の思案にも光が差し込んだ。
「畏まりました。それでは、このようにするのはいかがでしょう――」
今度は心得た返事をして、再び、彼女も絹に触れた。これまではある程度体に沿う形で当てていたのを、今度はたっぷりと指先で襞をとりながら奴隷に添える。そうして主人の反応を窺った。
膨らみ広がって白布は揺れた。あれこれと食わせても妖精にとられるのかなかなか肉がつかぬ奴隷の痩躯。抱き心地は気にならないにしても、もう少しその体を増やしておきたいものだと未だ考えることのあるアルフの心を満たすように。
「ああ、いいな。それでやってくれ」
促し、侍女が改めて紙に描きつけていくのも確かめ、アルフはまた数度と頷いた。
デザインの方針も決まりようやっと女たちが離れていくと、ハツカも長く息を吐いた。たまに腕を伸ばしたり向きを変えたりしながら立っていただけだが気疲れしていた。服を着るのも許されてすぐ動く。以前は何を着るにももたついていた奴隷はもう慣れ、裾の広がる下衣と貫頭衣を身に着け、帯を締める常の格好に戻るのはすぐだ。今日は――これもけっして安価ではない、サフラン染めの黄の帯をしている。靴の刺繍も同じ色の糸が鮮やかだ。
しかし、そうした装いには慣れたとしても。
「……そんなに綺麗な布は、ご主人様が着る物にしたほうがいいのではないでしょうか」
至極丁寧に元通り巻き取られていく布をじっと見て、さすがに勿体ないとハツカがぼやく。今更、だがまだ間に合う、自分の物ではないにしてもちょっと、いや大分惜しいと、彼も思ったのだ。奴隷が主人に訴えるのは妙だが真っ当な意見ではあった。今日初めて主人の部屋に入り言葉を交わした侍女もつい、片づけを止めて反応を窺った。アルフは事も無げに、いつものように応じた。
「お前のほうが合う。それにお前に着せるのは私が触れる為なのだから、着るのとも然程変わらんだろう。好きに使えとのお達しだ」
「旦那様」
直截な主人の言葉にうら若い侍女の頬が赤らむ。ナフラから窘める視線と言葉が向けられて、アルフは肩を竦めた。訊いたハツカも恥ずかしくはなったが、それより侍女長に叱られた主人の態度に笑ってしまった。
さらさら、すべすべ――布っぽくない言い方だけど、とろとろ。なんかそんな布だ。新しい寝間着はいかにも高そうな、今まで触るどころか見たこともないような綺麗さの布をわざわざ俺の体に当てて測ったり色々話し合ったりして作った物だった。でもその割にぴったりという感じではなく、むしろ緩くてカーテンのようにひらついて、捲らないと手が出なくて、裾も床に擦って歩くほど長い。離れの床はいつも清潔にされているが――踏んですっころびそうなのでやっぱり摘まみあげて歩く。長さだけじゃなく体全体が余っている。高価な布を使っているのに無駄に布の量が多い。もっと他に使い道があっただろう。着心地は物凄くいいのだが、真っ白だし、これを着ているとベッドに落ち着くまで緊張する。でも抱えて撫でる主人は満足そうだった。俺は本当に枕になってしまったような、なんならシーツ代わりの気分だった。
服を作るからと言って脱がされたときは正直身構えたがそういう服ではない、立派過ぎるけど寝間着だ。触れる為にと言われてはいても、普通に寝るときに着せられて横に寄り添うばかりだったから、あれは言葉のあやというやつかと思ったのだが。
でも今日のこれは、そういう意図だ。たまたまこれを着ていたのではなく、わざわざ着せている、そういう。
だってまだ昼で、白い服が眩しいくらい明るい。
主人の手が全身を這うが、服は着たままだ。捲りもしない。一枚向こうで撫でる動きがもどかしく、まだ裸ではないことをよく意識させられた。布にも撫でられてるみたいだ。皮膚がざわつく。
「あ……っ」
たまに、開いた襟の中へと掠める指先が妙に熱い。袖も裾も長すぎて溺れるくらいの布の中で悶える。いつも以上に上手く動けない。もどかしさに足を擦り合わせるとそこも勝手に布に擽られる。
ベッドの上で組み敷かれてもう長いことこうして触れられている。この見事な服をくれぐれも汚さないようにと注意され射精も禁じられたが、そうでなければやらかしていたかも知れない、それくらいに体が昂っていた。
接吻で口を塞がれてその間も触られ、主人の舌を噛まないように、息をするのに精一杯だ。でも口も気持ちいい。口は直接主人の体温が伝わってくるのに頭の後ろが痺れた。顎を上げて逃げても追いかけてまた、繰り返される。
掌が、指が、絹が、硬くなった乳首を撫でる。身が跳ねた。
「っはぁ――ん、うぅ、んあっ……!」
もう、我慢できない。このまま続けられたら本当に狂いそうで、必死になって主人の体を探るとやっと動きが止んだ。息を整え――きっていないが懇願する。途切れ途切れの小さい声にしかならなかった。
「も、許して、いれてください、お願いします……どうか、ご慈悲を」
覆いかぶさる主人だってもう勃起してる。ずっと服の向こうで尻に当たっていて、今、手にも押しつけられた。
「裾を持っていろ」
命令に、ほっとして頷く。やっと楽になれる。多分、少しましだ。
覚束ない手を叱って服を引っ張り体を見せる。今日はもう躊躇も無いのに布が多すぎて時間がかかる。さらりと流れる、普段は心地よいものだった感触がつらいほどに体を刺激した。そうして美しい布の中から出てくると自分の体は覚えていたよりもっと貧相に見えた。
足を広げられると居た堪れない。精液を出すなと言われても先走りくらいは漏れ出て下着が湿っているのが、これだけ明るい時間ならはっきりと見えてしまう。
――絹の寝間着を捲ってもまだもう一枚、下着があるのに、嫌な予感がする。
脱いでしまおうとしてまず邪魔な袖を引く。その間に、膨らんだ場所を引っ掻かれて突き上げるような快感が走る。腰が揺れた。
「いっ――」
さり、と振動が響く。布越しに揉みしだき、先端の穴をほじられる。
「あっ――や、っあ、あ――!」
出せないけど何度もイった。出せないと、短い間隔ですぐ追い詰められる。声が全然堪えられずに叫んだ。抑えないと外まで聞こえてしまう、でも無理だ。
許してと言ったのに、頼んだのに、くそ、酷い。
やっと、その下着もずり下ろされて性器が跳ねあがった。服を汚さないように胸まで掻き寄せる。
「ご主人様、もう、出したい――ご主人様、お願いします、ご主人様……!」
また握って、柔く扱かれる。早く入れてくれと思っても主人の手はなかなか尻のほうにはいかない。まだなのか。
一時、刺激が止んだ。陰茎を掴んだ手が腹に乗る。それだけの重みがじんと温かくて苦しい。敏感になった皮膚も震えたが、もっと奥、体の中が訴える。
主人が見下ろして笑う。本当にもう許して、早く、入れてほしい。多分そんな顔をしてしまっている。情けなく縋る顔でこの人を見てる。
「よく耐えたから褒美をやろう。先にイかせてやる」
言った主人の顔が、下がって、
「ぇ……」
先端を舐め上げられて声が引き攣った。突っ張る足が主人を蹴りかけて、主人の頭を掴むわけにはいかない、捲った服や袖が邪魔して、でも!
「ゃだ、あ、駄目、っ、だっ――っ!」
熱い口に包まれる。ずっと焦らされていた熱が与えられる。ぬるりと濡れた感触が、そこだけじゃなく全身を快感で包んだ。先を舐められながら根元や尻のほうを擦られて駄目だった。腰が溶ける。
擦れた息と共に主人の口の中に出す。気持ちいい。こんなのは駄目だ。とんでもないことにくらくらとした。酒に酔ったときみたいに。
「……ごめ、なさい……」
なんてことを。駄目だったのに、我慢なんてできなかった。
「出したがっていたのに堪えるものだな。刺激が強かったか」
体中どこでも接吻されるけど主人がこんなことすると思わなかった。顔が見られない。今更出てきた手で顔を覆う。
「……一回脱げ。尻にも欲しいんだろう」
「はい……」
でも命じられて、ずっとそうしてはいられない。凄いことをされたけどこれで済んだわけじゃない。入れてもらってないし、主人はまだ。
ようやく服を脱いだ。腕も、下着も全部抜ききったところでそれぞれ取り上げられ横へと押しやられる。今度は裸でいることを普段より格段に意識する。体中まだ絹が擦っているようにざわざわとした。
洗ったばかりの場所に指が突っ込まれ、いつもより手早く濡らして身を寄せられた。硬く立ち上がって熱い物が尻に触れる。――さっき俺の性器なんか咥えた唇が吐息を零す。
主人も少し我慢していたのかも知れない。
一回射精したからかそんなことを思う余裕があった。でも俺も、体の奥深くがまだ疼いていて――さっき、言っておいてよかったと思う。主人が欲しい、使ってほしい。そう簡単には言えない。それもまた性奴隷の務め、求められるほうが気分がいいとか言われても。
「っは……」
思いきり突き上げられて今度は悲鳴も出なかった。締めつけた主人の陰茎が体の中でよく分かる。
衝撃と快感をやり過ごそうと何か掴みかけ、でも指先に触れたのが絹の寝間着だったからすぐ手を引っ込め――それを見た主人が腕を掴んで、肩へと上げる。身も前へと倒された。
主人の体だし、今着ている物だって絶対安物ではないはずだから気は使う。でも言葉で求めるのと同じでこうするのも嬉しいみたいだから、こういうときはもう片方の手も持ち上げ、そっと首に回して抱きつく。何か言うのよりは慣れた。
押しつけられる苦しさに喘いだ口にも、舌が捩じ込まれる。青臭い精液の味がする。
夜に寝るにもまた絹の服を着るよう言われて硬直したのはからかわれたけど、俺が考えすぎってわけじゃないだろう。ナフラ様はもう一度叱ってくれないだろうか。
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