ひとりしか生きられない部屋に美少女ふたり

みらいつりびと

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 私は困った。
 私が希望を語ると、犯人は絶望を与えようとする。
 食料が3分の2になるのは本当に困るし、絶望しそうになる。しかしサバイバルブックには、どんなに追い詰められても希望を捨てなければ生き延びるチャンスはあると書いてあった。
 このくらいのことで希望を捨ててはいけない。
 でももうそんなことを口にするのはやめよう。さらに食料を減らされるだけだ。

「髪の長い方、おまえが万引きした理由も話せ」
 犯人の要求に応えて、私は両親への憎しみを話した。犯人の機嫌を損ねない方がいい。
 虹山さんは気の毒そうな顔をしたが、犯人はけへへへへと笑った。
「その程度のことで万引きの大罪を犯したのか。ありふれた話だ。同情なんてしねえ。俺の親はもっとひどいやつだった。おっと、こっちの話をするつもりはない」
 
 空腹が耐えがたいほどひどくなって、私はゼリー飲料を飲んだ。
 酸味と甘味を味わって飲み込む。
 一気に飲み干したい誘惑にかられるが、なくなってしまうと今日の食料がすべて消えたという絶望に襲われそうだ。少し残す。
 
 虹山さんは全部飲んでしまったようだ。もう中身はなさそうなのに、容器を握りつぶして執拗に吸っている。
 彼女は容器を引き裂こうとした。破れれば、内側に付着しているゼリーを舐めとることができるかもしれない。
「意外と硬いな、これ」
 そうつぶやいた直後、彼女の右手の人さし指の皮膚が裂けて血が流れた。アルミパウチで切ってしまったのだ。
「くそっ……」
 その失敗は犯人のゲハハハハという笑いを誘った。
 傷口に巻くバンドエイドもここにはない。

 笑い声の後、犯人の声はしなくなった。
 監視カメラの前から去ったのかもしれない。黙って見ていることにしたのかもしれない。
 時間が過ぎていった。
 室温が低下してきたが、耐えがたいほどではない。20度くらいはある。今が10月でよかった。
 だが、コンクリートの床に横たわるとヒヤリとした。
 毛布のひとつもないので、風邪をひいてしまうかもしれない。
 病気になれば、ごっそりと体力を奪われてしまう。薬もなく、ベッドもなく、なぐさめもないこの悪環境で風邪をひくのは命取りになりかねない。ひきたくない。
  コンクリの床は硬い。長く寝転んでいると背中が痛くなってくる。安眠はできそうにない。

「細川さん、親の言いなりになって、東大の法学部に進むの?」
 虹山さんが言った。犯人に聞かせるための会話ではなく、純粋に私と話したいようだ。
「行くしかない。学費を支払うのは親だし、逆らうと殴られる」
「でも進学先はあなたの一生を左右するでしょう? あなたは親のものじゃない」
「私の親は私を自分のものだと思っているわ」
「細川さんは希望を失うなと言った。ここから生きて出るのよね? 理学部に行くという希望も捨てないでよ」
「…………」
 長年に渡って母親から植え付けられた絶望はそう簡単には払拭できないし、逆らうのはむずかしい。
 希望を語りながら、私は絶望している。

「虹山さんは何回万引きしたの?」
「10回以上……」
「どうして一部の先輩の言いなりになっているの? バレーボール部がそんなに大切?」
「あたしにとってバレーボールはなによりも大事なのよ。将来は企業チームでプレイしたいの」
「万引きが学校に知れると、停学や退学になるかもしれない。バレーもできなくなる」
「部活の人間関係はむずかしいのよ。先輩と揉めるとレギュラーの座を失う」
「レギュラーになるのは先輩が卒業してからじゃだめなの?」
「……それでもよかったかもしれないね。万引きはよくなかった。あたしはこのところ、冷静じゃなかったかも……」

 虹山さんはここから出られたら、高校生活の修正が可能だ。
 人生に絶望している私よりも生きて出る価値がある。
 犯人は長く生き延びた方を釈放してやると言った。私が死んで、虹山さんが釈放されるべきだろうか。
 いや、犯人の言葉は信じられない。生き残りが外部に出ると、警察が多くの情報を得て、逮捕される可能性が高まる。生き残ったひとりはさらにいたぶられて、結局は死に追いやられるにちがいない。

「眠りましょう。なるべく長い睡眠を取った方が体力が温存できる」
「眠れればいいけれど……」
 コンクリの床は寝場所を探せる野宿よりも寝にくそうだ。それでもここで眠るしかない。

 ーー目覚めた。
 布団の上ほどではないが、それなりに眠れた。
 虹山さんはすでに起きていた。彼女はあまり眠れなかったようだ。目が充血している。
「おはよう」とあいさつを交わす。
 便器に座り、用を足す。レバーを押して、水を流す。

「女子高生のトイレシーンを見られるのは特権ですねえ。それも見られているんですよ。嫌でしょうね。だけど小便や大便をしないわけにはいかない。嫌でもするしかない。それとも我慢しますか? それも見ものだ。膀胱炎になっちゃうかもしれないね。苦しいだろうね。可哀想ですが、あんたたちはなにをしようが私たちを楽しませる道具でしかないんですよ」
 昨日の犯人とは別の声がした。
 この声、この話し方、中央2丁目のコンビニの店長だ! まちがいない。
 単独犯じゃなかった。犯人はふたりいたのだ。
 長く生きた方は釈放されるというのは嘘だ……。
 犯人のひとりの素性を知った以上、私たちはふたりとも絶対釈放されることはない。

「今日の分の援助物資だ。受け取れ」
 昨日と同じ声がして、天上の小扉からペットボトルが差し出された。私は受け取った。
 ゼリー飲料ふたつが落とされた。予告どおり1個減らされた。種類は昨日と同じレモン味のものだった。
 リップクリームはもう投げられなかった。
「俺が嘘を言った、釈放されることはないと思っているんだろうな」と第1の男が言った。
「だが嘘は言っていない。その居心地の悪い部屋からは出られる。ベッドがある部屋に移って、俺たちの愛人として生きることができる。もっとましなものが食えるぜ。がんばって生き永らえろ」
 それは釈放じゃない。地獄から別の地獄への移行だ。
 とにかく私たちはできるだけ長く生き延びて、救出されるのを待つしかない。
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