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乱の行方
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豫洲潁川郡で、波才率いる黄巾軍が勝利を重ね、勢力を増している。
戦争に慣れ、もはや烏合の衆ではなくなっている。
左中郎将の皇甫嵩と右中郎将の朱儁が、それぞれ軍を従えて、別々に行動し、潁川郡へ向かった。
騎都尉となった曹操の出発は、ふたりよりやや遅れた。彼に問題があったわけではなく、単に任官が遅かっただけである。
気負っている。
「手柄を立てたい。急ごう……!」
曹操が率いた部隊は、純然たる官軍である。
彼自身の私兵は、この時期には一兵もない。
もっとも早く曹操の家臣となった曹洪、夏侯惇、夏侯淵も、まだ曹操と行動をともにしていない。
真っ先に潁川郡に到着したのは朱儁軍だった。
一気に黄巾賊を討伐しようとしたが、逆に波才軍に痛烈に叩かれてしまった。
朱儁は長社城に逃れた。
遅れて到着した皇甫嵩も、長社城に入った。
この頃、波才軍は約十万という軍勢に膨れあがっている。
「黄天まさに立つべしだよ。官軍なんて怖くねえ」
波才は、宗教的熱狂を軍事力に転化させた天才的な武将だった。
粗末な武器しか持っていなかったが、死を覚悟した兵を率いて、城を包囲した。
朱儁と皇甫嵩の軍は、合わせて四万程度。
ふたりはぼやき合った。
「官軍が包囲されるとは……」
「城を守る兵力としては不足はないが……」
「野戦で波才の軍を撃ち破るには、ちょっと心もとないな」
皇甫嵩は計を練った。
賊軍は草原に陣をかまえ、空気は乾燥している。
風の強い日、火矢を放って、黄巾軍を混乱させた。
「ゆくぞーっ、出撃だ。城門を開けよ!」
曹操隊が援軍として駆けつけたのは、その頃のことだった。
曹操が長社に到着したとき、波才軍は火攻めを受けて乱れながらも、皇甫嵩と朱儁の軍となんとか戦っていた。
「しめた! よい時期に来た。賊の背後を突けるぞ!」
遅滞なく、彼は兵を動かした。
「かかれ、黄巾の者たちを討ち取れ!」
初陣の曹操は、運がよかった。
皇甫嵩の作戦は当たり、すでに波才軍は劣勢であった。
曹操の援軍が決定打となり、黄巾の兵たちは逃げた。
「くそっ、くそお。蒼天すでに死す。天公将軍様、おらはまだ負けねえ」
波才は汝南郡へ落ち延びた。
官軍は黄巾軍を追った。
汝南で波才を討ち取ったのは、朱儁の配下にいた孫堅であった。剣を振るい、賊将を斬った。
貧農だった波才は、天下の一端を震撼させたが、ついに倒れた。
乱世で力を持つには、運と実力の両方が必要である。曹操と孫堅には、その両方があった。
彼らは運よく上昇気流の中にいて、実力もあり、目立った功をあげることができた。
ふたりとも勇気があった。曹操は果敢に指揮し、孫堅は自分の手で敵将を討った。
豫洲の黄巾賊討伐にあたって、彼らは功績を認められた。
荊州では、新任の南陽郡太守秦頡が、神上使と称した張曼成の軍を猛攻していた。
「うぐ……黄天は来ぬのか。わしは見誤っていたのか?」
張曼成も戦死した。
彼を継いで黄巾軍を統率した趙弘は、宛城に籠った。
豫州から朱儁軍がやってきて、秦頡軍と合流した。
宛城攻略戦において、孫堅はまたしても功績をあげた。
先頭に立って城壁を登り、突破の糸口をつくったのである。
彼は将校として部隊を率いていた。その背中を見て、兵が続々と登り、城壁の上に立った。
孫堅は猛然と戦った。率先して登り、敵兵を斬り、城内へ押し入った。配下の兵は、彼の勇猛果敢な突進を見て、勇気を得た。朱儁軍の中で、孫堅隊は群を抜いて強かった。
さすがは呉の礎をつくった男。
官軍は勝利し、趙弘は落命した。
荊州黄巾軍はしぶとかった。
趙弘の次に韓忠、その次に孫夏を指揮官に押し立てて抗戦した。
しかし、十月に孫夏が死に、ついに抵抗は止んだ。
黄巾賊との戦いに早くも、曹操と孫堅が、タイプの異なるリーダーであることが表れている。
曹操には個人的な武力はない。彼は組織を指揮し、それを活かして力を発揮する。智将型。
孫堅は豪勇で、自ら敵を切り裂く力を持っている。先頭に立って進み、組織は彼に引っ張られて勢いを得る。勇将型。
冀州には、北中郎将の盧植が軍を率いて進撃した。
盧植軍は張角軍に連戦連勝した。
追いつめられた張角は、広宗城に立て籠もった。
盧植は雲梯を使って城を攻めた。雲梯とは、長いはしごを持った車である。
そのまま攻めつづければ、広宗城は落ちただろうが、横槍が入った。
盧植は清廉な人で、軍監察官の左豊に賄賂を贈らなかったため、讒言され、解職されてしまったのである。そればかりでなく、霊帝が讒言を信じたため、牢に入れられた。
後漢朝廷は、自分で自分の首を締めるようなことをしている。
盧植の後任となったのが、董卓であった。
彼はこのときは失敗した。
董卓はそれまでに涼州や幷州で、異民族の討伐に功があったが、対黄巾軍戦では精彩がなく、負けた。
張角軍を撃ち破ったのは、豫洲から転戦してきた皇甫嵩軍。
彼の軍は、地公将軍張宝と人公将軍張梁を斬った。天公将軍張角は病死した。
184年、中国全土で猛威をふるった黄巾の乱は、こうして終結したのである。
最大の功績者は、皇甫嵩と朱儁であった。皇甫嵩は左車騎将軍に、朱儁は右車騎将軍に昇進した。
何進は、洛陽に潜伏していた張角腹心の馬元義を捕らえた功があり、大将軍のまま据え置かれた。
曹操は済南の相に任じられ、孫堅は別部司馬となった。
董卓は免職され、故郷の涼州隴西郡に帰った。
張角は中国に激震を起こしたが、漢王朝を倒すには至らなかった。
漢の皇室はなおも余力を保っていた。
だが、黄巾の乱によって、その弱体化が天下にさらされた。もはや地方にまで、その統制力はおよんでいない。
各地方で、自衛のために武装する勢力が数多出現し、群雄割拠の様相を呈していく。
また、黄巾の徒は全滅したわけではなく、まだくすぶっていた。風が吹けば、火を噴く状態が残っている。
黄巾の乱は、脆い崖に落ちた岩石のようなものだった。落石は落石を呼ぶ。
この後、世の中は崖崩れのように激しく崩壊していく。
戦争に慣れ、もはや烏合の衆ではなくなっている。
左中郎将の皇甫嵩と右中郎将の朱儁が、それぞれ軍を従えて、別々に行動し、潁川郡へ向かった。
騎都尉となった曹操の出発は、ふたりよりやや遅れた。彼に問題があったわけではなく、単に任官が遅かっただけである。
気負っている。
「手柄を立てたい。急ごう……!」
曹操が率いた部隊は、純然たる官軍である。
彼自身の私兵は、この時期には一兵もない。
もっとも早く曹操の家臣となった曹洪、夏侯惇、夏侯淵も、まだ曹操と行動をともにしていない。
真っ先に潁川郡に到着したのは朱儁軍だった。
一気に黄巾賊を討伐しようとしたが、逆に波才軍に痛烈に叩かれてしまった。
朱儁は長社城に逃れた。
遅れて到着した皇甫嵩も、長社城に入った。
この頃、波才軍は約十万という軍勢に膨れあがっている。
「黄天まさに立つべしだよ。官軍なんて怖くねえ」
波才は、宗教的熱狂を軍事力に転化させた天才的な武将だった。
粗末な武器しか持っていなかったが、死を覚悟した兵を率いて、城を包囲した。
朱儁と皇甫嵩の軍は、合わせて四万程度。
ふたりはぼやき合った。
「官軍が包囲されるとは……」
「城を守る兵力としては不足はないが……」
「野戦で波才の軍を撃ち破るには、ちょっと心もとないな」
皇甫嵩は計を練った。
賊軍は草原に陣をかまえ、空気は乾燥している。
風の強い日、火矢を放って、黄巾軍を混乱させた。
「ゆくぞーっ、出撃だ。城門を開けよ!」
曹操隊が援軍として駆けつけたのは、その頃のことだった。
曹操が長社に到着したとき、波才軍は火攻めを受けて乱れながらも、皇甫嵩と朱儁の軍となんとか戦っていた。
「しめた! よい時期に来た。賊の背後を突けるぞ!」
遅滞なく、彼は兵を動かした。
「かかれ、黄巾の者たちを討ち取れ!」
初陣の曹操は、運がよかった。
皇甫嵩の作戦は当たり、すでに波才軍は劣勢であった。
曹操の援軍が決定打となり、黄巾の兵たちは逃げた。
「くそっ、くそお。蒼天すでに死す。天公将軍様、おらはまだ負けねえ」
波才は汝南郡へ落ち延びた。
官軍は黄巾軍を追った。
汝南で波才を討ち取ったのは、朱儁の配下にいた孫堅であった。剣を振るい、賊将を斬った。
貧農だった波才は、天下の一端を震撼させたが、ついに倒れた。
乱世で力を持つには、運と実力の両方が必要である。曹操と孫堅には、その両方があった。
彼らは運よく上昇気流の中にいて、実力もあり、目立った功をあげることができた。
ふたりとも勇気があった。曹操は果敢に指揮し、孫堅は自分の手で敵将を討った。
豫洲の黄巾賊討伐にあたって、彼らは功績を認められた。
荊州では、新任の南陽郡太守秦頡が、神上使と称した張曼成の軍を猛攻していた。
「うぐ……黄天は来ぬのか。わしは見誤っていたのか?」
張曼成も戦死した。
彼を継いで黄巾軍を統率した趙弘は、宛城に籠った。
豫州から朱儁軍がやってきて、秦頡軍と合流した。
宛城攻略戦において、孫堅はまたしても功績をあげた。
先頭に立って城壁を登り、突破の糸口をつくったのである。
彼は将校として部隊を率いていた。その背中を見て、兵が続々と登り、城壁の上に立った。
孫堅は猛然と戦った。率先して登り、敵兵を斬り、城内へ押し入った。配下の兵は、彼の勇猛果敢な突進を見て、勇気を得た。朱儁軍の中で、孫堅隊は群を抜いて強かった。
さすがは呉の礎をつくった男。
官軍は勝利し、趙弘は落命した。
荊州黄巾軍はしぶとかった。
趙弘の次に韓忠、その次に孫夏を指揮官に押し立てて抗戦した。
しかし、十月に孫夏が死に、ついに抵抗は止んだ。
黄巾賊との戦いに早くも、曹操と孫堅が、タイプの異なるリーダーであることが表れている。
曹操には個人的な武力はない。彼は組織を指揮し、それを活かして力を発揮する。智将型。
孫堅は豪勇で、自ら敵を切り裂く力を持っている。先頭に立って進み、組織は彼に引っ張られて勢いを得る。勇将型。
冀州には、北中郎将の盧植が軍を率いて進撃した。
盧植軍は張角軍に連戦連勝した。
追いつめられた張角は、広宗城に立て籠もった。
盧植は雲梯を使って城を攻めた。雲梯とは、長いはしごを持った車である。
そのまま攻めつづければ、広宗城は落ちただろうが、横槍が入った。
盧植は清廉な人で、軍監察官の左豊に賄賂を贈らなかったため、讒言され、解職されてしまったのである。そればかりでなく、霊帝が讒言を信じたため、牢に入れられた。
後漢朝廷は、自分で自分の首を締めるようなことをしている。
盧植の後任となったのが、董卓であった。
彼はこのときは失敗した。
董卓はそれまでに涼州や幷州で、異民族の討伐に功があったが、対黄巾軍戦では精彩がなく、負けた。
張角軍を撃ち破ったのは、豫洲から転戦してきた皇甫嵩軍。
彼の軍は、地公将軍張宝と人公将軍張梁を斬った。天公将軍張角は病死した。
184年、中国全土で猛威をふるった黄巾の乱は、こうして終結したのである。
最大の功績者は、皇甫嵩と朱儁であった。皇甫嵩は左車騎将軍に、朱儁は右車騎将軍に昇進した。
何進は、洛陽に潜伏していた張角腹心の馬元義を捕らえた功があり、大将軍のまま据え置かれた。
曹操は済南の相に任じられ、孫堅は別部司馬となった。
董卓は免職され、故郷の涼州隴西郡に帰った。
張角は中国に激震を起こしたが、漢王朝を倒すには至らなかった。
漢の皇室はなおも余力を保っていた。
だが、黄巾の乱によって、その弱体化が天下にさらされた。もはや地方にまで、その統制力はおよんでいない。
各地方で、自衛のために武装する勢力が数多出現し、群雄割拠の様相を呈していく。
また、黄巾の徒は全滅したわけではなく、まだくすぶっていた。風が吹けば、火を噴く状態が残っている。
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