劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

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漢中攻略準備

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 私が統率する漢中攻略軍は三万。
 そのうち、張飛が率いる騎兵隊は三千。彼は連日、厳しい調練を行っていた。荊州内を駆け回っている。苛烈と表現しても言い過ぎではない訓練だ。疲れ果てて死ぬ兵士もいる。
「張飛殿、調練が厳し過ぎませんか」と私は言った。
 劉備の義弟は、私を鋭く見つめた。
「俺が過酷な訓練を兵士に科すのは、強い兵に育てるためです。そして、実戦で死ぬ者を減らすためです。調練で死ぬ兵は、どうせ戦争で死ぬ。そればかりでなく、前線で味方の足を引っ張る存在となるのです。俺は兵をできるだけ死なせたくない。死者を減らすために、いま厳しい訓練をしているのです。若君には、それを知っていてもらいたい」
 張飛の言葉には、信念が感じられた。さすが歴戦の将軍だと圧倒された。
 だが、彼は部下に恨まれて殺されるかもしれないのだ。
「張飛殿、あなたの考えは立派です。しかし、厳し過ぎる調練で、逆恨みされる可能性がある。それは反乱につながるかもしれない。兵士には愛情を注ぐべきではないでしょうか。飴と鞭の両方が必要なのです」
「肝に銘じておきましょう」
 その後、張飛は調練を終えて疲れ果てている兵士に、豚の丸焼きなどを振る舞うようになった。
 部下から畏れられ、同時に慕われる将軍になりつつあるようだ。

 趙雲には二万の歩兵を預けている。劉禅軍の中核的な部隊だ。
 彼も張飛に劣らないほどの厳しい調練を行っているが、訓練中に死ぬ者はほとんどいない。
「子龍の部下は、なぜ調練で倒れないのですか」と私は尋ねた。
「最初に長い距離を走らせました。そして、兵士を能力により、上兵、中兵、下兵に分けました。精鋭部隊である五千の上兵隊、普通の部隊である一万の中兵隊、弱兵である五千の下兵隊には、異なる訓練をやらせています。弱兵には基礎を叩き込みます。そして、中兵に育てる。これにより、調練で死なせずに強い歩兵を育てることができます」
「さすがです、子龍」
「私が正しく、張飛殿が正しくないというわけではありません。騎兵は全軍が等しく駆けられる精鋭揃いでなければならない。私が騎兵将軍なら、張飛殿と同じ調練をやるでしょう」
 張飛と趙雲は、中国全土でも指折りの優秀な将軍であろう、と私は感じ入った。

 魏延は五千の親衛隊を率いている。これは私の直属軍であり、同時に勝負を決するときに使う切り札的な遊軍でもある。最初から精鋭を集めている。魏延はそれをさらに精強な部隊に仕上げようとして、猛訓練を行っている。
「文長、がんばっていますね」と私は声をかけた。
「張飛殿、趙雲殿はものすごい将軍です。自分は懸命にやらなければ、あのふたりに追いつくことができません」
「張り合わなくてもいいのですよ。張飛殿や趙雲殿にはない才能が、文長にはあるのです」
「軍略の才ですか」
「そうです。あなたには、劉備軍全体を見据えた大戦略を期待しています。諸葛亮殿に劣らぬ軍師となってください」
「正直言って、自信はありません。しかし、命がけで努力します。そうだ、兄上に話があります」
「なんでしょうか」
「今夜、お部屋へ訪れてもよいですか」
「けっこうです。待っています」

 その夜、魏延は若く美しい女性を連れて、公安城の私の部屋へやってきた。
「こんばんは、文長。その方はどなたですか」
「忍凜という名です。この者に、間諜部隊の指揮をさせようと思っています」
「間諜……」
「敵を知り、味方を知れば百戦あやうからず、と孫氏は書き残しました。勝利には、敵を知るための間諜の働きが不可欠なのです。自分は諸葛亮殿の協力を得て、女だけの間諜部隊をつくり、女忍隊と名付けました」
 私は忍凜を見つめた。色香のある女性だ。
「忍凜殿、女だけで間諜ができますか」
「女だけだからよいのです。わたくしが指揮できますし、女にしかできない諜報作戦は多いのです」
「色仕掛けですか」
「劉禅様は幼いのに、よく知っておりますね」
「そのくらいわかります。間諜の大切さも。忍凜殿、あなたは誰かを愛していますか」
「わたくしは誰も愛しません。任務を愛しております」
「文長、私はあなたを信頼しています。忍凜殿はすぐれた間諜なのでしょう。存分に働いてもらってください」
「はい」
 魏延と忍凜は退出した。魏延にはやはり軍才がある、と私は思った。間諜部隊はつくらなければならないと考えていた。すでに魏延は編成していたのだ。それも女だけという特徴のある部隊を。女忍隊……。

 龐統の下には二千の兵がいる。
 兵糧、軍需物資の輸送や占領地の守備、慰撫を担当する部隊。文官と兵士の混成隊だ。
「士元、地味ですが、あなたの仕事は大変に重要なものです。あなたの働きが滞ると、全軍が立ち往生することになります」
「わかっています。軍事は兵站が命なのです。やりがいがあります」
「よろしくお願いします」
「法正殿と話し合い、兵糧を水路で江州へ運ぼうという計画を立てました。いま輸送船を集めています。食糧は公安の倉庫いっぱいにたくわえられています」
「よいですね。進路については、文長ともよく打ち合わせしておいてください」
「ぬかりはありません。文長とは何度も話し合っています」
「士元と文長が謀り、張飛と趙雲が指揮する。それで、作戦行動はうまくいくと思っています。あなたがたを信頼しています」
 龐統はにこりと笑った。
「劉禅様は将の将たる才をお持ちです。わたくしはよい主を得ました」

 建安十六年夏、劉禅軍三万は、荊州公安城から益州へ向かって出発した。
 劉備、諸葛亮、関羽らが見送ってくれた。
「禅、頼むぞ。なにか困ったことがあれば、連絡せよ。支援は惜しまぬ」と父が言ってくれた。
「必ず漢中郡を獲ります。その次は益州全体です、父上」
「おう。天下三分、成し遂げるぞ」と父は長い耳たぶを引っ張りながら言った。
 私たちは船に分乗し、江水を遡った。
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