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第8話 カタツムリのテレパシー
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◇水車8
深夜さんをデートに誘ってしまった。
まだどこへ行くかすら決めていない。彼女はどこへ行ったら喜んでくれるのだろう。デート中、何を話せばいいんだろう。
女慣れした男なら、さっさと電話していると思う。でも僕は迷うばかりで、デートのプランすらろくに立てることができなかった。
店は相変わらず多忙で、僕も風鈴も夢中になって働き続けた。そして結局、僕は深夜さんに連絡できずに時間を経過させてしまっていた。
すごく気になってはいるのだけど。
せっかく「いいわよ」と言ってくれたのに、これじゃあ台無しになってしまう。
今日こそは深夜さんに電話しよう、映画にでも誘うんだ、とかたく決意していた日、彼女がみずぐるまにやってきた。僕は焦った。どうしよう。店の中では誘いにくい。
注文は風鈴が取った。日替わりランチを頼んでくれた彼女は、陰鬱な面持ちをしていた。彼女の表情に陰があるのはいつものことなのだけど、今日は特に暗く見えた。
どうかしたのだろうか。僕が連絡しないのを怒っているのだろうか、と不安になる。
そういえば、とふと思った。
彼女の陰鬱とは関係ないだろうが、先日暗いニュースがあった。肉食禁止法違反者がカタツムリの宇宙船に収容された。人類はやっぱりカタツムリに支配されている。
せっかく深夜さんが来てくれているのに、店が忙しく、話しかけることもできない。今夜連絡します、くらい言っておきたいのだけど。
その日は先客万来で、カタツムリまでやってきた。
カタツムリが来た直後のことだった。深夜さんが席を立ち、帰ってしまった。彼女はカタツムリを嫌いなのだろうか。もしそうであってもふしぎはない。東京にはカタツムリに肉親を殺された人も多いのだから。
でもカタツムリに来るなとは言えない。僕のやっているのは客商売で、誰であれお客さんを拒むことはできないし、それが地球の支配者ともなればなおさらだ。
あーあ、深夜さんとひと言も話せなかった。
あとで必ず電話しよう。
◇深夜8
なんてことだ。
みずぐるまにカタツムリが出入りしていたなんて。
カタツムリはテレパシーで人類とコミュニケーションを取る。やつらには私たちの思考が読める。
今日、カタツムリは触手をマスターの頭に乗せて料理を注文していた。彼は笑顔を浮かべ、慣れたようすでカタツムリの接客をしていた。
もし私がマスターに肉料理を作ってと頼んだら、その記憶が彼の脳裡に残ってしまう。記憶は何かの折りにカタツムリに伝わってしまうかもしれない。肉食をしていることがばれ、私は逮捕されるだろう。そればかりでなく、マスターにも迷惑がかかってしまう。
だめだ。彼に肉料理を作ってもらうことはできない。
その夜、彼から電話がかかってきた。私は焦った。カタツムリとつながりのある彼とどのように接するべきなのか、判断がつかない。
「昼間はすいません。深夜さんと話したかったんだけど、お相手できなくて」
「いいのよ。マスターは忙しいんだから」
「それで、あの、前にちょっと話した、どこかでお会いしたいという件なんですが・・・」
「ああ、あれ・・・」
私はことばにつまった。マスターとはもう会うべきではないととっさに思った。
私は肉食をしている。犯罪者だ。その犯罪にマスターを巻き込もうと考えていた。彼に肉料理を作ってほしいと熱望していた。
そんなことを願ってはいけなかったのだ。
カタツムリと接触のある彼に、そんな犯罪をさせるわけにはいかない。
「深夜さん、どこか行きたいところとかありますか?」と彼が言う。
私の行きたいところ。それはカタツムリの手の届かないところだ。そこで思いっきり肉を食べたい。禁止されればされるほど、私は食べたくなってしまう。
「ごめんなさい。私、明日から少し長い旅に出ることになってるの。しばらくみずぐるまには行けないし、マスターにも当分の間会えない」と私は嘘をついた。
「そう、ですか・・・」
彼は明らかに落胆していた。私もデートできなくなって、思いがけないほどがっかりしていた。でも仕方ない。これでいいの。
「気をつけて行ってきてくださいね。帰ってきたら、また店に来てください」
「ええ。きっと行くから」
それで電話を切った。みずぐるまに行ける日がまた来るのか、私にはわからなかった。
深夜さんをデートに誘ってしまった。
まだどこへ行くかすら決めていない。彼女はどこへ行ったら喜んでくれるのだろう。デート中、何を話せばいいんだろう。
女慣れした男なら、さっさと電話していると思う。でも僕は迷うばかりで、デートのプランすらろくに立てることができなかった。
店は相変わらず多忙で、僕も風鈴も夢中になって働き続けた。そして結局、僕は深夜さんに連絡できずに時間を経過させてしまっていた。
すごく気になってはいるのだけど。
せっかく「いいわよ」と言ってくれたのに、これじゃあ台無しになってしまう。
今日こそは深夜さんに電話しよう、映画にでも誘うんだ、とかたく決意していた日、彼女がみずぐるまにやってきた。僕は焦った。どうしよう。店の中では誘いにくい。
注文は風鈴が取った。日替わりランチを頼んでくれた彼女は、陰鬱な面持ちをしていた。彼女の表情に陰があるのはいつものことなのだけど、今日は特に暗く見えた。
どうかしたのだろうか。僕が連絡しないのを怒っているのだろうか、と不安になる。
そういえば、とふと思った。
彼女の陰鬱とは関係ないだろうが、先日暗いニュースがあった。肉食禁止法違反者がカタツムリの宇宙船に収容された。人類はやっぱりカタツムリに支配されている。
せっかく深夜さんが来てくれているのに、店が忙しく、話しかけることもできない。今夜連絡します、くらい言っておきたいのだけど。
その日は先客万来で、カタツムリまでやってきた。
カタツムリが来た直後のことだった。深夜さんが席を立ち、帰ってしまった。彼女はカタツムリを嫌いなのだろうか。もしそうであってもふしぎはない。東京にはカタツムリに肉親を殺された人も多いのだから。
でもカタツムリに来るなとは言えない。僕のやっているのは客商売で、誰であれお客さんを拒むことはできないし、それが地球の支配者ともなればなおさらだ。
あーあ、深夜さんとひと言も話せなかった。
あとで必ず電話しよう。
◇深夜8
なんてことだ。
みずぐるまにカタツムリが出入りしていたなんて。
カタツムリはテレパシーで人類とコミュニケーションを取る。やつらには私たちの思考が読める。
今日、カタツムリは触手をマスターの頭に乗せて料理を注文していた。彼は笑顔を浮かべ、慣れたようすでカタツムリの接客をしていた。
もし私がマスターに肉料理を作ってと頼んだら、その記憶が彼の脳裡に残ってしまう。記憶は何かの折りにカタツムリに伝わってしまうかもしれない。肉食をしていることがばれ、私は逮捕されるだろう。そればかりでなく、マスターにも迷惑がかかってしまう。
だめだ。彼に肉料理を作ってもらうことはできない。
その夜、彼から電話がかかってきた。私は焦った。カタツムリとつながりのある彼とどのように接するべきなのか、判断がつかない。
「昼間はすいません。深夜さんと話したかったんだけど、お相手できなくて」
「いいのよ。マスターは忙しいんだから」
「それで、あの、前にちょっと話した、どこかでお会いしたいという件なんですが・・・」
「ああ、あれ・・・」
私はことばにつまった。マスターとはもう会うべきではないととっさに思った。
私は肉食をしている。犯罪者だ。その犯罪にマスターを巻き込もうと考えていた。彼に肉料理を作ってほしいと熱望していた。
そんなことを願ってはいけなかったのだ。
カタツムリと接触のある彼に、そんな犯罪をさせるわけにはいかない。
「深夜さん、どこか行きたいところとかありますか?」と彼が言う。
私の行きたいところ。それはカタツムリの手の届かないところだ。そこで思いっきり肉を食べたい。禁止されればされるほど、私は食べたくなってしまう。
「ごめんなさい。私、明日から少し長い旅に出ることになってるの。しばらくみずぐるまには行けないし、マスターにも当分の間会えない」と私は嘘をついた。
「そう、ですか・・・」
彼は明らかに落胆していた。私もデートできなくなって、思いがけないほどがっかりしていた。でも仕方ない。これでいいの。
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