カタツムリの支配下で

みらいつりびと

文字の大きさ
7 / 11

第7話 デートの誘い

しおりを挟む
 ◇水車7

 深夜というのか・・・。
 僕はあの人の名前を知った。野村深夜。
 どこか陰のあるあの美しい人のことを、僕はよく考える。
 どこに住んでいるのだろう。山で危ない目にあったりしてはいないだろうか。恋人はいるのだろうか・・・。
 恋をしているのかと思うこともある。だとすれば、ひどく淡い恋だ。小さな料理店の店主とお客さんというだけの関係。見ているだけで、一歩も踏み出せない。
 デートに誘ってみようかと考えることもある。
 しかし僕は人目のある自分の職場の中で、女の人を誘えるような性格ではなかった。無理だ。
 店は今のところ成功している。
 固定客がつき、それなりの売り上げがあった。毎月の店の賃借料を払い、父への借金を少しずつ返し、食材の費用を払い、風鈴にバイト料を渡し、さらにそこから税金を引いても、まだ利益が残っていた。
 常連というほどではないが、カタツムリもたまに来店してくれる。いつも日替わりを注文し、2時間かけてゆっくり食事をする。種族を超えて僕の料理が受け入れられているのは、なかなか誇らしいことだった。
 8月。夕立から避難するように、びしょぬれで深夜さんがやってきた。今日の彼女は登山家のスタイルだった。僕は彼女に乾いたタオルを渡した。
 深夜さんは日替わりを食べ、食後にバナナのマフィンとコーヒーを注文した。コーヒーをおかわりし、彼女は粘った。閉店時刻の午後8時になった。どうしたんだろう、と僕は思った。
 風鈴が不機嫌そうに深夜さんを見ていた。彼女がひとり残っていて閉店しにくいことを嫌がっているのかもしれない。
「すいません。うちは8時までなんです」と僕は告げた。
「知ってるわ。ごめんなさい。長居しすぎたわね」
 彼女は何かに悩んでいるようだった。僕に向かって口を開き、何かを言おうとしたが、そのまま口を閉じた。
 深夜さんは店を出た。雨はもうやんでいた。
 僕は少し迷ったが、思い切って彼女を追いかけた。
 深夜さんは店の外で僕の姿を見てびっくりしたようだった。
「どうしたの、マスター」
 デートに誘うのなら今しかない。
「あ、あの、今度、どこかで会ってもらえませんか。つまり、みずぐるま以外のところで」
 彼女は大きく目を見開いた。
「いいわよ」と答えてくれた。
 僕は歓喜につつまれた。僕たちはその場で電話番号とメールの交換をした。
 店に戻ると、風鈴が口をへの字に曲げていた。

 ◇深夜7

 思いがけないことが起こった。マスターが私をデートに誘ったのだ。
 今日はずっとマスターに肉料理を作る気はないかと聞いてみたくて、でも言い出せなかった。あたりまえだ。冷静に考えれば、そんなこと言えるわけがない。
 少し落ち込んで店を出たら、彼があとを追ってきて、デートに誘われた。
 いつどこへ行くとか具体的な話はなかったけれど、メールと電話番号を交換した。これでいつでも連絡を取り合える。
 マスターは私を熱っぽい目で見ていた。私に気があるのだろうか。
 私の方は確実に彼が気になってはいるが、彼の作る料理が好きで、彼の肉料理を食べてみたいと熱望しているだけだ。恋愛感情とかではないと思う。たぶん。
 でもマスターが私に好意を持っているかもしれないと思うとうきうきした。いつか私のためにこっそり肉料理を作ってくださいと頼めるかもしれない。
 彼と仲よくなっておくのは損ではない。
 どこへ連れて行ってくれるのだろう。
 それから数日、私は連絡がくるのを心待ちにしていた。
 だけどそのしあわせな気分は長くは続かなかった。
 それどころではない事態が発生したのだ。
 テレビを見ていたら、とんでもないニュースが放送された。
「山梨県東部の山中で肉を食べていた男が逮捕されました」とアナウンサーが伝えた。
「肉食禁止法の違反者は加賀源太。四十六歳、無職です。イノシシなどを密猟し、食べていたところを現行犯逮捕されました。加賀源太の身柄は人類カタツムリ平和条約に基づき、カタツムリ側に引き渡されます」
 加賀源太という男の顔がテレビにはっきりと映し出された。それはあの髭の男だった。私に罠猟と釣りを教えてくれた男だ。
 肉を食べるとカタツムリに引き渡されるということを、私はそのとき初めて知った。
 髭の男はどうなってしまうのだろう。カタツムリに殺されるのだろうか。
 彼がもともとは猟師だったということもアナウンサーは告げた。カタツムリによって、彼のなりわいは犯罪となったのだ。ひどい、かわいそうだ、と思った。だがカタツムリは人類の上位にいる地球の支配者だ。何をされたとしても、人類には抗議できない。
 くそっ、なんで肉を食べちゃいけないのよ。
 地球の肉食動物にとって肉を食べるのは自然なことだ。
 そりゃあ、人間は雑食だから、肉を食べなくても生きてはいける。動物を殺して食べるのはかわいそうだから菜食をするという人がいるのも理解できるし、それをやめろと言うつもりはない。でも人類全部に菜食主義を強制しなくたっていいじゃないか。
 私は肉が食べたい!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七
SF
拓也は、かつての恋人・純への後悔を抱えたまま生きてきた。ある日、過去へ戻れる不思議なアプリを手に入れるが戻った先で彼を待っていたのは、若き日の純ではなく――純そのものになってしまった自分自身だった。かつての恋人とやり直すはずが、過去の自分を相手に恋をするという奇妙で切ない関係が始まっていく。時間と心が交差する、不思議な男女入れ替わりストーリー。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...