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第7話 デートの誘い
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◇水車7
深夜というのか・・・。
僕はあの人の名前を知った。野村深夜。
どこか陰のあるあの美しい人のことを、僕はよく考える。
どこに住んでいるのだろう。山で危ない目にあったりしてはいないだろうか。恋人はいるのだろうか・・・。
恋をしているのかと思うこともある。だとすれば、ひどく淡い恋だ。小さな料理店の店主とお客さんというだけの関係。見ているだけで、一歩も踏み出せない。
デートに誘ってみようかと考えることもある。
しかし僕は人目のある自分の職場の中で、女の人を誘えるような性格ではなかった。無理だ。
店は今のところ成功している。
固定客がつき、それなりの売り上げがあった。毎月の店の賃借料を払い、父への借金を少しずつ返し、食材の費用を払い、風鈴にバイト料を渡し、さらにそこから税金を引いても、まだ利益が残っていた。
常連というほどではないが、カタツムリもたまに来店してくれる。いつも日替わりを注文し、2時間かけてゆっくり食事をする。種族を超えて僕の料理が受け入れられているのは、なかなか誇らしいことだった。
8月。夕立から避難するように、びしょぬれで深夜さんがやってきた。今日の彼女は登山家のスタイルだった。僕は彼女に乾いたタオルを渡した。
深夜さんは日替わりを食べ、食後にバナナのマフィンとコーヒーを注文した。コーヒーをおかわりし、彼女は粘った。閉店時刻の午後8時になった。どうしたんだろう、と僕は思った。
風鈴が不機嫌そうに深夜さんを見ていた。彼女がひとり残っていて閉店しにくいことを嫌がっているのかもしれない。
「すいません。うちは8時までなんです」と僕は告げた。
「知ってるわ。ごめんなさい。長居しすぎたわね」
彼女は何かに悩んでいるようだった。僕に向かって口を開き、何かを言おうとしたが、そのまま口を閉じた。
深夜さんは店を出た。雨はもうやんでいた。
僕は少し迷ったが、思い切って彼女を追いかけた。
深夜さんは店の外で僕の姿を見てびっくりしたようだった。
「どうしたの、マスター」
デートに誘うのなら今しかない。
「あ、あの、今度、どこかで会ってもらえませんか。つまり、みずぐるま以外のところで」
彼女は大きく目を見開いた。
「いいわよ」と答えてくれた。
僕は歓喜につつまれた。僕たちはその場で電話番号とメールの交換をした。
店に戻ると、風鈴が口をへの字に曲げていた。
◇深夜7
思いがけないことが起こった。マスターが私をデートに誘ったのだ。
今日はずっとマスターに肉料理を作る気はないかと聞いてみたくて、でも言い出せなかった。あたりまえだ。冷静に考えれば、そんなこと言えるわけがない。
少し落ち込んで店を出たら、彼があとを追ってきて、デートに誘われた。
いつどこへ行くとか具体的な話はなかったけれど、メールと電話番号を交換した。これでいつでも連絡を取り合える。
マスターは私を熱っぽい目で見ていた。私に気があるのだろうか。
私の方は確実に彼が気になってはいるが、彼の作る料理が好きで、彼の肉料理を食べてみたいと熱望しているだけだ。恋愛感情とかではないと思う。たぶん。
でもマスターが私に好意を持っているかもしれないと思うとうきうきした。いつか私のためにこっそり肉料理を作ってくださいと頼めるかもしれない。
彼と仲よくなっておくのは損ではない。
どこへ連れて行ってくれるのだろう。
それから数日、私は連絡がくるのを心待ちにしていた。
だけどそのしあわせな気分は長くは続かなかった。
それどころではない事態が発生したのだ。
テレビを見ていたら、とんでもないニュースが放送された。
「山梨県東部の山中で肉を食べていた男が逮捕されました」とアナウンサーが伝えた。
「肉食禁止法の違反者は加賀源太。四十六歳、無職です。イノシシなどを密猟し、食べていたところを現行犯逮捕されました。加賀源太の身柄は人類カタツムリ平和条約に基づき、カタツムリ側に引き渡されます」
加賀源太という男の顔がテレビにはっきりと映し出された。それはあの髭の男だった。私に罠猟と釣りを教えてくれた男だ。
肉を食べるとカタツムリに引き渡されるということを、私はそのとき初めて知った。
髭の男はどうなってしまうのだろう。カタツムリに殺されるのだろうか。
彼がもともとは猟師だったということもアナウンサーは告げた。カタツムリによって、彼のなりわいは犯罪となったのだ。ひどい、かわいそうだ、と思った。だがカタツムリは人類の上位にいる地球の支配者だ。何をされたとしても、人類には抗議できない。
くそっ、なんで肉を食べちゃいけないのよ。
地球の肉食動物にとって肉を食べるのは自然なことだ。
そりゃあ、人間は雑食だから、肉を食べなくても生きてはいける。動物を殺して食べるのはかわいそうだから菜食をするという人がいるのも理解できるし、それをやめろと言うつもりはない。でも人類全部に菜食主義を強制しなくたっていいじゃないか。
私は肉が食べたい!
深夜というのか・・・。
僕はあの人の名前を知った。野村深夜。
どこか陰のあるあの美しい人のことを、僕はよく考える。
どこに住んでいるのだろう。山で危ない目にあったりしてはいないだろうか。恋人はいるのだろうか・・・。
恋をしているのかと思うこともある。だとすれば、ひどく淡い恋だ。小さな料理店の店主とお客さんというだけの関係。見ているだけで、一歩も踏み出せない。
デートに誘ってみようかと考えることもある。
しかし僕は人目のある自分の職場の中で、女の人を誘えるような性格ではなかった。無理だ。
店は今のところ成功している。
固定客がつき、それなりの売り上げがあった。毎月の店の賃借料を払い、父への借金を少しずつ返し、食材の費用を払い、風鈴にバイト料を渡し、さらにそこから税金を引いても、まだ利益が残っていた。
常連というほどではないが、カタツムリもたまに来店してくれる。いつも日替わりを注文し、2時間かけてゆっくり食事をする。種族を超えて僕の料理が受け入れられているのは、なかなか誇らしいことだった。
8月。夕立から避難するように、びしょぬれで深夜さんがやってきた。今日の彼女は登山家のスタイルだった。僕は彼女に乾いたタオルを渡した。
深夜さんは日替わりを食べ、食後にバナナのマフィンとコーヒーを注文した。コーヒーをおかわりし、彼女は粘った。閉店時刻の午後8時になった。どうしたんだろう、と僕は思った。
風鈴が不機嫌そうに深夜さんを見ていた。彼女がひとり残っていて閉店しにくいことを嫌がっているのかもしれない。
「すいません。うちは8時までなんです」と僕は告げた。
「知ってるわ。ごめんなさい。長居しすぎたわね」
彼女は何かに悩んでいるようだった。僕に向かって口を開き、何かを言おうとしたが、そのまま口を閉じた。
深夜さんは店を出た。雨はもうやんでいた。
僕は少し迷ったが、思い切って彼女を追いかけた。
深夜さんは店の外で僕の姿を見てびっくりしたようだった。
「どうしたの、マスター」
デートに誘うのなら今しかない。
「あ、あの、今度、どこかで会ってもらえませんか。つまり、みずぐるま以外のところで」
彼女は大きく目を見開いた。
「いいわよ」と答えてくれた。
僕は歓喜につつまれた。僕たちはその場で電話番号とメールの交換をした。
店に戻ると、風鈴が口をへの字に曲げていた。
◇深夜7
思いがけないことが起こった。マスターが私をデートに誘ったのだ。
今日はずっとマスターに肉料理を作る気はないかと聞いてみたくて、でも言い出せなかった。あたりまえだ。冷静に考えれば、そんなこと言えるわけがない。
少し落ち込んで店を出たら、彼があとを追ってきて、デートに誘われた。
いつどこへ行くとか具体的な話はなかったけれど、メールと電話番号を交換した。これでいつでも連絡を取り合える。
マスターは私を熱っぽい目で見ていた。私に気があるのだろうか。
私の方は確実に彼が気になってはいるが、彼の作る料理が好きで、彼の肉料理を食べてみたいと熱望しているだけだ。恋愛感情とかではないと思う。たぶん。
でもマスターが私に好意を持っているかもしれないと思うとうきうきした。いつか私のためにこっそり肉料理を作ってくださいと頼めるかもしれない。
彼と仲よくなっておくのは損ではない。
どこへ連れて行ってくれるのだろう。
それから数日、私は連絡がくるのを心待ちにしていた。
だけどそのしあわせな気分は長くは続かなかった。
それどころではない事態が発生したのだ。
テレビを見ていたら、とんでもないニュースが放送された。
「山梨県東部の山中で肉を食べていた男が逮捕されました」とアナウンサーが伝えた。
「肉食禁止法の違反者は加賀源太。四十六歳、無職です。イノシシなどを密猟し、食べていたところを現行犯逮捕されました。加賀源太の身柄は人類カタツムリ平和条約に基づき、カタツムリ側に引き渡されます」
加賀源太という男の顔がテレビにはっきりと映し出された。それはあの髭の男だった。私に罠猟と釣りを教えてくれた男だ。
肉を食べるとカタツムリに引き渡されるということを、私はそのとき初めて知った。
髭の男はどうなってしまうのだろう。カタツムリに殺されるのだろうか。
彼がもともとは猟師だったということもアナウンサーは告げた。カタツムリによって、彼のなりわいは犯罪となったのだ。ひどい、かわいそうだ、と思った。だがカタツムリは人類の上位にいる地球の支配者だ。何をされたとしても、人類には抗議できない。
くそっ、なんで肉を食べちゃいけないのよ。
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そりゃあ、人間は雑食だから、肉を食べなくても生きてはいける。動物を殺して食べるのはかわいそうだから菜食をするという人がいるのも理解できるし、それをやめろと言うつもりはない。でも人類全部に菜食主義を強制しなくたっていいじゃないか。
私は肉が食べたい!
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