釣りガールズ

みらいつりびと

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第37話 取材

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 釣り場で佐藤拓海と出会っても、彼は話しかけてこなくなった。
 カズミは佐藤と目を合わせないようにしている。
 美沙希は何かあったと勘づいた。

「告白されたって、言ってたよね」
「言ったっけ?」
「言った。相手は佐藤だね?」
「さあ。どうかしらね」

 カズミは美沙希とも目を合わせようとしない。
 図星なのだ、と美沙希は思った。
 やはりカズミはモテる。
 この巨乳少女は男子高校生を惹きつける。
 でもこの子が好きなのは……。

 美沙希はヨコトネ川がキタトネ川に流れ込むところで、バズベイトを投げた。
 バズベイトはスピナーベイトに似たワイヤー型のトップウォータールアーだ。
 6月下旬の雨の土曜日。
 魚の活性は高かった。
 バスが水面を割って、バズベイトに食いついた。
 30センチのきれいなバスを仕留めた。

「ちょっと写真を撮らせてくれませんか?」と声をかけられた。
「バスをこっちに向けて。バズベイトも見えるようにして。笑顔でお願いします」
 美沙希の了解がないまま、カメラのフラッシュが焚かれて、何枚も写真が撮影された。彼女は笑顔などつくることはできず、困惑し、硬直していた。
「失礼、私はこういう者です」
 目力が強く、口髭が特徴的な中年の男性が、美沙希に名刺を差し出した。堂々とした態度で、相手に有無を言わせない迫力があった。
 美沙希は緊張して、立ち尽くしている。
 代わりにカズミが名刺を受け取った。
「ブラックバスマガジン 編集 小鳥遊優たかなしゆう」と印刷されていた。

「釣り雑誌の編集の人ですか?」とカズミが聞く。
 美沙希は緊張して言葉が出ない。
「そう。キタトネ川を中心にオカッパリのプリンセスが出没していると聞いて、ようすを見に来た。バズベイトのきみがプリンセスだね。本名川村美沙希さん」
 カズミは美沙希がそんなふうに呼ばれていることに驚いた。

 オカッパリとは、陸からバスを狙う釣りのことだ。
 ボートやフローターの釣りと区別するときに使う言葉。
 オカッパリのプリンセス。
 カッコいい!

「あなたは琵琶カズミさんかな?」
「そうですけど、あたしには二つ名はないんですか?」
「特に聞いたことはないね。オカッパリの侍女とでも呼べばいいかい?」
 オカッパリの侍女?
 カッコ悪い!
「お断りします!」

「ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど。川村さんのことを記事にさせてほしい」
 小鳥遊が美沙希に向かって言うが、彼女は硬直して答えられない。
「話はマネージャーのあたしが聞きます」とカズミが言った。
「いいよね、美沙希?」
 美沙希はこくこくとうなずく。
「『オカッパリのプリンセス 水郷を釣る』という連載記事を書きたいんだよね。今シーズンの川村さんの釣りを取材させてほしい。たいした額じゃないけど、報酬は支払います」
「だってさ、どうする、美沙希?」
「お金もらえるんですか?」
「1日取材させてもらって、5千円でどうかな?」
「ひとり5千円支払ってもらえるなら、受けてもいいです」
 美沙希はお小遣いをたくさんもらっている。しかしカズミは余裕がなくて、ソフトルアーもちまちまとしか買えない。美沙希は相棒の収入源がほしいと考えた。そして、内気ではあるのだが、自分の釣りが評価されるのは、うれしい気がした。
「取材したいのは、ひとりだけなんだが」
「カズミの釣りも記事にしてください。合計1万円でその取材、引き受けます」
「ちょっと美沙希、あたしはいいわよ」
「だめ。私たちはふたりのチーム。これが取材を受ける条件」
「ちょっと待ってくれ。編集長の許可をもらうから」

 小鳥遊がスマホで電話をかけた。
 3分後、彼は電話を切り、ふたりに向かって告げた。
「5千円ずつ支払う。ただし、ノーフィッシュだった日は、報酬はなしだ。それでいいか?」
「いい。必ず釣るから」と美沙希が答える。
 カズミは無言だ。
 話の主導権は美沙希に移っていた。

「いまから張りついていいかい?」
「どうぞ。カズミも釣るから、彼女の写真も撮って。それから私たちのことは、釣りガールズと呼んで」
「釣りガールズ?」
「『釣りガールズ 水郷を行く』記事のタイトルはこれで。オカッパリのプリンセスはやめて」
「わかった」
「私は釣りガールM、カズミは釣りガールK。本名は出さないで」
「ふう。コミュ障と聞いていたけど、なかなかのやり手じゃないか、川村さん」
「釣りガールMよ」
「はいはい、了解しました」
 小鳥遊はふたりから距離を取り、カメラのレンズを美沙希に向けた。
 
 美沙希がまたバズベイトを投げ、カズミはノーシンカーの4インチヤマセンコーを水底に沈めた。
 取材が始まった。
「フィッシュ!」
 今度はカズミのロッドが大きく曲がった。
 小鳥遊のカメラが彼女に向けられた。
 カズミが40アップをキャッチする瞬間を、カメラはしっかりと捉えていた。
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