【完】タバコの煙を吸い込んで

Bu-cha

文字の大きさ
上 下
130 / 165
7

7-22

しおりを挟む
「うるさいね!!!さっさと座りな!!!」 



スナックの中、今日も毒が吐かれる。
それはばあちゃんの毒ではなく、お母さんの毒。



ばあちゃんが死んでしまってから、お母さんはタバコを吸うようになった。
ばあちゃんより本数は多いから心配になる。



でも、必要な毒だった。
俺のお母さんは弱い人だから。
弱い弱い人だから・・・。



「拓実のお母さんも、演歌も料理も上手いな~!!!」



お客さん達がお母さんの演歌を嬉しそうな顔で聞き、たまに泣きながら料理を食べている。



「拓実!!!コタさんの仕事についていく前に一曲歌ってやりな!!!!
この演歌は私よりも拓実の方が響くからね!!!」



“ママ”に言われ俺はマイクを持つ。



そして、歌った・・・。



演歌を歌った・・・。



お母さんも俺も演歌を歌える・・・。



ばあちゃんが歌う演歌を知っているから・・・。



そして、この演歌も・・・。



恋の演歌だった・・・。



失恋の演歌だった・・・。



俺の演歌を聞き、お客さん達が号泣していく。



この失恋の演歌だけは、お母さんよりもばあちゃんよりも人を泣かせられた・・・。



今日もじいちゃんは夜にアポを入れた。
高校生になった俺がバイトをするのも止め、じいちゃんは俺に可能な限り同席させる。



最近、じいちゃんは前よりもタバコの煙を広げた・・・。
じいちゃんのタバコであるばあちゃんはいないのに、じいちゃんはまだタバコの煙を広げ続ける・・・。



こんなに優しいのに、じいちゃんは強い男だった。
タバコであるばあちゃんがいなくなってしまったのに、1人で歩いていける強い男だった。



そんなじいちゃんが老眼鏡をかけ、資料を読みながらスナックに降りてきた。
その眉間にはシワが寄っている・・・。



老眼鏡を外し、じいちゃんがいつもの優しい笑顔で俺を見た。



「今日も良い歌だったね。
拓実、行こうか。」



俺は今日もじいちゃんの仕事についていく。
じいちゃんの背中に、ついていく・・・。



俺も歩く・・・。



じいちゃんに抱えられることなく、俺も歩く・・・。



どんな道でも・・・



大雪でも・・・



ボロボロの靴で、穴があいていても・・・。



歩ける。俺は、歩ける。



その穴はばあちゃんが塞いでくれたから。



俺には吹き掛けることがなかったタバコの煙を、俺のボロボロで穴だらけの靴には吹き掛けてくれたから。



覚えている。



俺は覚えている。



大好きなばあちゃんのタバコの煙だから。



大好きな大好きな・・・



大好きな大好きな女の人の・・・



タバコの煙だから・・・。























“立ちな!!!!歩くんだよ!!!!!”









俺の頭の中には、今日もこの言葉が響く。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

無口なはずの婚約者

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:25

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,540pt お気に入り:1,554

カフェへの依頼

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:660pt お気に入り:11

変人奇人喜んで!!貴族転生〜面倒な貴族にはなりたくない!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:2,525

私が王女です

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,284pt お気に入り:522

遺体続出(多分) ss集

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:2

処理中です...