【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha

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「どうしたの・・・?」



驚きながら武蔵に話し掛けると、武蔵が心底嬉しそうな顔で笑った。
二度と会うことは出来ないと思っていた武蔵が目の前でそんな顔をしていて・・・



「退職願出してきた。」



と・・・。



そんな、そんな、ことを・・・。



左手で握り締めていたスマホが震えている。
あの人からの折り返しではなく、私の手が震えているからスマホが震えている。



「誰に退職願出したの・・・?」



「部長に。」



「受理されたの・・・?」



「明日また話し合いになったけど、一旦は受け取ってくれた。」



「どうするの・・・?
退職して、どうするの・・・?」



震えてきた口を動かして聞くと・・・



聞くと・・・



「相川薬品の新社長、難波社長が受け入れてくれるそうだから。」



小池さんの旦那さん、難波社長と話をしたらしい。
そんなことを心底嬉しそうな顔で、心底幸せそうな顔で話してくる。



私が婚約をしてから約10年間会っていなかった武蔵が・・・。



退職願を出したと・・・。



それを私にわざわざ言いに来て・・・。



心底嬉しそうな顔で、心底幸せそうな顔で、話してきて・・・。



そして・・・



私に背中を向けて歩き出してしまった・・・。



左手を伸ばそうとしたけど・・・



左手が動くことはなかった・・・。



なくなってしまった・・・。



左手もなくなってしまった・・・。



何も動けないまま、何も声が出ないまま、武蔵の後ろ姿を眺める・・・。



遠くなっていく武蔵の後ろ姿を眺める・・・。



「小町先輩、あの人誰ですか?
初めて見掛けたんですけど!」



天野さんが元気良くそんなことを聞いてきたので笑ってしまった。
久しぶりに大声で笑ってしまった。



気を付けていたから。
二十歳の時から私は気を付けていたから。
本当は感情豊かなタイプなのに、“加賀社長の一人娘”として戦うために私も心を一定に静かに保ってきたから。



大声で笑いながら、少しだけ出てきた涙を拭いながら天野さんを見た。



そして、言った。



「あの人、矢田さんだよ。
研究職の矢田さん、矢田武蔵。
眼鏡取ると無駄にイケメンだよね。
研究以外の決闘をする時は眼鏡を外すんだよね、目に宿る力も1つの武器になるから。」



驚いている天野さんに笑いながら続けた。



「あの人、私の婚約者だったんだよね。
でも、もう辞めるみたい。
会社を辞めてまで、辞めるみたい。
それほど嫌だったんだろうね、昔から。」



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