【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha

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いつも通り、あの大きな大きな屋敷から少し離れた所でタクシーを降りる。
そこから夜の桜を見上げながら、小町とゆっくりと歩く。



この時間は、この時間だけは2人きりの空間で、2人きりの時間に感じていた。



「桜、あと少しで全部散っちゃうね。」



桜の花びらがヒラヒラと揺れながら落ちていくのを見ていると、すぐ隣にいる小町が小さな声でそう言った。



「来年もまた咲くからね。」



「それはそうだけど!!
今年の桜は終わっちゃう!!」



「でも、来年もまた咲くから。
来年も再来年も、その後も毎年咲くからね。」



「そうだね・・・。」



来年も再来年も、その後もずっと・・・。
俺は小町と並んでこの道を歩いていられる人間になりたい・・・。



そう思っていたら・・・



「早く、花の色が色褪せたいな。」



小町がそんなことを言う。



「花の色?」



「小野小町の有名な歌があるでしょ?
花の色が色褪せちゃうやつ。
それで自分の美しさも衰えたなって。」



「あるね。色褪せたいの?」



「うん、そしたらやっと幕を下ろせるんだと思う。
早く色褪せてくれないと、私は幕を自分からは下ろせない。」



そんなことを小さな声で、やけに悲しそうな声で言うから立ち止まった。
それに気付いたのか小町も立ち止まる。



不思議そうな顔で俺を見上げる小町の周りに、夜の桜並木が広がっている・・・。



こんなに美しい桜並木・・・。
なのに、こんなに美しい桜並木よりも、小町1人が立つその姿はあまりにも美しくて・・・



「色褪せるどころか色が濃くなってるけど大丈夫?
女子高生は最強だから翻弄されていると思ってたけど、女子大生になってもっと巧みに剣を振るうから翻弄されっぱなしなんだけど。」



翻弄されていた・・・。
“武蔵”のはずの俺は毎日毎日、この子に翻弄されていた。



てっきり、女子高生という存在だから振るえる刀なのかと思っていたら・・・
女子大生になった今はもっと巧みに刀を振るうようになっていて。



“武蔵”は最強を極めていく女子大生の小町に翻弄されっぱなしだった。



そんな小町の周りを、桜の花びらがユラユラと揺れながら落ちていく・・・。



小町が心の底から苦しそうな顔で、でも・・・心の底から嬉しそうな、幸せそうな顔で、胸を両手で抑えながら俺を見上げる・・・。



「美しいよね・・・。
綺麗とか可愛いとか絶世の美女とか、そんな言葉でもなくて、小町は“美しい”がよく似合うね。」



見た目だけではなく、中身も“美しい”なのだと思った。



あの社長が丹精込めて作ったであろう器に、美しい水が溜まっているのだと思った。



どんな戦場でも、どんな苦しい戦況でも、その水は決して濁らないような美しい水が。



「戦ってくるよ、俺が出来る戦い方で。」



俺には、それしかない。
俺が出来ることは一刀を極めることだけ。



薬を創ろう・・・。



小町の婚約者として俺が選んでもらえるように・・・。



それだけしか出来ない・・・。



でも、それだけなら出来るから・・・。



そう今日も覚悟を決め、歩きだす。
あの大きな大きな屋敷へ・・・。
小町と俺が一緒に暮らす屋敷へ・・・。



右手から出した鍵からは、いつものように桜の鈴の音が響いた・・・。



チリン──...と・・・。



今まで聞いたこともないような幸福な音が、今日も俺の器の中に響いた・・・。
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