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その日の夜




入念すぎるほど入念に洗われた身体の上に白いナイトドレスを着せられた。
こんなに上等な生地で作られた服で寝ることも、こんなにフカフカ過ぎるベッドで寝ることも、月夜の明かりだけでも煌めくような部屋の中で寝ることも、王宮に来て約4ヶ月になるけれどまだ慣れる様子はない。



フカフカ過ぎるベッドに腰を掛けて“その時”を待つ。



入念に洗う為に入れられた浴槽で温められた身体はすっかりと冷えてしまった。
こんなにも冷えてしまうくらいにステル殿下から待たされていた。



「こんなになるまで女を待たせるなんて酷い男・・・。」



胸の真ん中がよく空いたデザインのナイトドレス。
そこに私の胸の谷間はほぼなく、あるのは小さな小さな赤く光るヒヒンソウの刻印だけ。



その刻印に指先で少しだけ触れる。



「こんなの、現れなければよかった・・・。」



小さく小さく呟いた時・・・



冷たい風がこの身体を吹き抜けた。
その風の元を目で確かめると、立派な扉が開いていることに気付いた。



そこには結婚式で会ってから1度も見ることはなかったステル殿下がいた。
結婚式が終わると同時に私の前からいなくなり、豪華な夕飯も私1人で食べていた。



ステル殿下の姿を確認し慌てて立ち上がり、練習した通りに晩酌の準備をしていく。



薄くて軽すぎるグラスを持ち、そこに温められていたお酒を注いでいく。
ゆっくりと注いでいるはずなのにドバドバと小さなグラスに入っていき、この両手が上手くコントロール出来なくなっているのに気付いた。



あっという間にグラスにお酒が満たさる。
それでもこの右手は動かなくて・・・。
全然言うことを聞いてくれなくて・・・。
グラスからお酒が溢れてしまっているのを数秒眺めてしまった後に、やっとこの右手が動いた。



グラスに並々注がれてしまったお酒。
こんな時にどうしたら良いのかまで教わっていないので、どうしたら良いのかが分からない。



小さなグラスに注がれたお酒には小さな小さな赤い光りが揺らめいている。



まるで血痕のようなその赤。
それは血痕ではなく私の胸の真ん中に刻印されたヒヒンソウの赤なのだと気付き、これが花ではなく血痕に見えた自分に小さく笑った。



そしてお酒が並々と注がれたグラスを仕方がないので右手でソーッと持ち上げた時・・・



「・・・あっ」



その右手を急にステル殿下から掴まれ・・・



思わず思いっきりグラスを握ってしまった。



薄くて軽すぎるグラスは一瞬で割れ、右手に小さな痛みが走った。



月明かりで自分の右手から血が浮かび上がってきたのを目で確認しながら、その背景が勢いよく変わっていくのにも気付く。



次に視界に入ったのは月明かりの中で浮かび上がるステル殿下の整った美しい顔。



その美しい顔に怒りの感情は見えない。



喜びや嬉しさの感情も勿論なくて、何の感情も見えない。



この美しい顔でそんな顔をされるとあまりにも冷たい表情になる。



そんな冷た過ぎる表情を浮かべているステル殿下に聞く。
背中にフワフワ過ぎるベッドの感触を感じながら、聞く。



「私が聖女になってしまいごめんなさい。
その・・・私との子どもだったとしても、ステル殿下は大丈夫なのでしょうか?」
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