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突き刺したはずだった・・・。



なのに俺の身体にナイフは刺さらず・・・



「チチ・・・っっ」



チチが俺のナイフの刃を思いっきり掴み、止めた。



チチの手から真っ赤な血が流れていくのを見下ろしながら泣くと、チチがナイフを握り締めたまま声を出した。



「生き抜け、ソソ。
この人生で強く強く強く、どこまでも強く生き抜け。
そしたらその時は、次の人生でルルに求婚することを許す。」



チチが重い声でそう言ってきて、俺は泣きながらチチを見上げる。



「俺の娘を死なせたことを許す。」



そう言われ・・・



そう言われて・・・



「はい。」



俺は泣きながら、でも力強く返事をした。



そしたら・・・



“死の森”の真っ白な霧の中、羽が羽ばたく音が聞こえた。
それに気付いた時・・・



頭上から大きすぎる風を感じた。



それを見上げたら、いた。



いた。



グースが、いた。



真っ黒な身体を持つ巨大な鳥のような姿、豹のような足が4本あり、翼は個体によって様々な色をしているグースが。



インソルドに来るグースよりもインラドルに来るグースよりもずっと巨大なグースが。



真っ白な翼を持つグースが、いた。



突然現れた初めて見るグースには驚いていると、俺が抱くルルのことをチチが抱き上げた。



「行ってこい、ソソ。」



ルルを抱いたまま立ち上がったチチがそのグースのことを見上げた。



「このグースはお前を選んだ。
お前は王国の為に戦う戦士だと、この巨大なグースはお前を選んだ。
グースとはそういう魔獣なんだ。」



チチのその言葉に、俺はゆっくりと立ち上がった。



「王宮に行ってこい、ソソ。
そこで強く強く強く、どこまでも強く生き抜いてこい。
そして次の人生でルルに求婚出来るよう最善を尽くしてこい。」



そう言われ、そう言って貰え・・・



俺は着ていた服を全て脱ぎ捨てた。



そして剣もナイフも持つことなく、肩をやられた血塗れのままの姿で巨大なグースに乗った。



少し驚いているチチに、チチがたまにする怪しい笑顔を真似て笑い掛ける。



「俺はまだ10歳のガキ。
それもケガまでして血塗れで、武器も何も持っていない。
黒髪持ちだけど悪いモノには見えないギリギリの判断をして貰う為に、この姿のまま行く。」



そう言ってから、半獣のエリーの後ろに隠れるように立っている裸の女を指差した。
折れた剣を持っているけれど悪いモノには見えないその女のことを。



「エリーがその女のことを育てたみたいなんだ。
エリーのことを“母さん”って呼んでた。
グースだって何も食べないはずなのにエリーはよく食べ物を催促してきてた。
たぶんその女をずっと育ててきたんだと思う。
その女、俺みたいにインソルドで育ててあげて欲しい。」



チチや村の人間達が深く頷いたのを確認し、俺は両足に力を少し入れグースを浮上させた。



そして、みんなのことを見下ろす。



黒髪持ちの俺を“普通”の男として接してくれていたみんなのことを。



自分が皇子だと気付くこともないくらい“普通”に接してくれていたみんなのことを。



「ルルの埋葬、よろしく。」



光り輝くことはないルルの姿を最後にもう1度見て、それから俺は両足にもう1度力を込めた。



そして、空へ・・・。



空へと翔た・・・。



強く強く強く、どこまでも強く光る太陽が昇っている空へと・・・。



ルルよりもずっと強く光り輝いている太陽に向かって、翔た。
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