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ミランダside........




夫と娘がグースに乗り黒い世界の中消えていった。
この“王国の未来”を連れて。
次いつ会えるか分からない夫と娘の姿は真っ黒だった。



でも、夫の温もりと娘の温もりを忘れることはない。



次に会えるその日まで、私は忘れない。



「エリナエル・・・エリー・・・おいで。」



また“発作”が出たのを侍女から聞き、侍女を部屋から退出させクラスト陛下の部屋で2人きりになる。



私が現れるとクラスト陛下は虚ろな目を嬉しそうに細め、ベッドで上半身を起こしたまま私に両手を伸ばす。



そんなクラスト陛下の姿に私は泣きそうになるのを我慢し、両手を伸ばして2人で抱き合った。



「エリー・・・赤ちゃんの名前を決めないと。
キミは何がいい・・・?
未来の国王になる男の子だからな、格好良い名前を付けてやらないと・・・。」



“この子は棄てる。
だから名前は“ステル”だ。”



数日前にそう明言したクラスト陛下が“私”にそう言ってくる。



「産後だからマルチネス妃も理解してくれるだろう・・・。
これまで可哀想なことをさせていた分、今だけは傍にいる・・・。」



小刻みに震えている両手で力無く“私”のことを抱き締めるクラスト陛下。



「許してくれ・・・。
隣国は昔から我が国に戦を仕掛けてくる国で、欲深いことが王族の美徳とされている国・・・。
若くして病に侵されていたお父様の最後の仕事、隣国との和平を結んだ証がマルチネス妃・・・。」



「はい、分かっています。」



“私”の返事にクラスト陛下が安堵の溜め息を吐いた。



そして・・・



力無い両手でゆっくりと“私”のことをベッドに寝かせてきて・・・



“私”の身体の上に覆い被さってきた。



嬉しそうな顔をして。



幸せそうな顔をして。



幸せな夢の中で。



「エリー・・・愛している・・・。」



虚ろな目で“私”にそう言って、“私”にゆっくりと顔を下ろしてきた。



それを見て・・・



そんなクラスト陛下を見て・・・



私は口を開いた。



“エリナエル”ではなく“私”が口を開いた。



「そんなに愛していたのなら何故エリナエルを隠し続けていたの?
侍女だから?何の身分も持たない平民だから?
国王が平民の女性と結婚した前列はない、そんなことで悩んでいる内に、そんなことでエリナエルを隠している内に、マルチネス妃の相手として貴方が選ばれた。
貴方があの小屋でエリナエルとの愛を隠し続けている間に。」



虚ろな目で驚き、私の顔をマジマジと見てくるクラスト陛下。



「早く夢から覚めなさい、ケリー。」



クラスト陛下のもう1つの名、ケリーと呼んだ。



「エリナエルは貴方に“赤ちゃんを返さないで”と叫び続けたまま死に、黒髪持ちの“ステル”は私の夫と娘が“死の森”へと匿いに行った。
ケリーには何も残されていない。
ケリー、貴方は今クラスト国王でもない。」



「・・・ミランダ。
そうだな、ここまで強い光りはミランダだな・・・。
エリーはもっと微かな光りで・・・俺だけが認識出来るような微かな光り・・・。」



ケリーが情けない顔で笑い私の上から退き、自分の胸を右手で確認した。
いつも太陽の刻印を下げていた胸の真ん中を。



「太陽の刻印を渡したのか・・・?」



「はい、先程。」



「覚えていない・・・。
俺は・・・俺はどうにかなっている・・・。
エリーが死んでしまってから、俺の気はどうにかなってしまっている・・・。」



「その中でも皇子を私の夫に託したり、近衛騎士団をマドニス宰相に預ける明言をされたり、インソルドとインラドルにいる最前線の第1騎士団には夫の捜索の命令を出さなかったりと、懸命な判断をされる時もあります。」



「・・・でも、それらも覚えていない。
まるで夢の中にいるようで・・・。
頭の中に白い霧があるようで・・・いや、俺の見えるこの世界が白い霧の中のようで・・・。」



虚ろな目で、小刻みに震え続けている両手で、自分の頭を抱えたケリー。



こんなケリーを見たのは初めてだった。



私の母がケリーの乳母だったこともあり、母の幼馴染みの子どもであったダンドリーと私、そしてケリーは生まれた時から3人で成長していった。



国王になる皇太子だったケリー、そして国王になったケリー、どんな姿のケリーも見てきていたけれど、こんなケリーの姿を見るのは初めてだった。



それほどエリナエルが死んでしまったことのショックが大きいのか。



愛していた女を失ったことにより国王としての責務を果たせないような男ではないはずだけど・・・。



でも・・・



マルチネス王妃と子作りをするよう弟に頼んでからのケリーを見ていたら・・・



「しっかりしなさい、ケリー。」



もっと早く言うべきだった言葉を今やっと言えた。
ケリーが国王になってからは私だって夫だって国王陛下としてケリーと接していたから。



虚ろな目で、でもその奥にはちゃんと力が残っていそうな目で、ケリーが私のことを見詰めている。



そんなケリーに伝える。



「国王ではなくなったケリーが今出来る最善を尽くそう。」



「最善を・・・。」



「そう、昔からケリーが何度も言っているでしょ?
強く強く強く、どこまでも強く生き抜ける国にするって。
その為に最善を尽くせる国王になるって。」



「そうだな・・・言っている気がする・・・。」



「こうなってしまったのは私のせいでもあるのかも・・・。
私はケリーに女として好きになって貰うことは出来なかったから。」



「小さな頃から皇太子である俺を叱り飛ばしている女を女として好きになれないだろ。
ダンドリーがお前を女として好きになったことが未だに信じられない。」



虚ろな目ではあるけれど、いつもの目に戻りつつあるケリーに笑い掛ける。



「あの人も私のことを女として好きなわけじゃないから。
私達は愛し合う為に夫婦になったわけじゃない。」



「昔からダンドリーのことが好きだったのにまだそんなことを言っているのか。
ダンドリーは?」



「ケリーとエリナエルの赤ちゃんを連れて“死の森”に。」



「そうだった・・・そうだった・・・。
すまない・・・カルティーまで。」



「私1人でカルティーをここで守ることは最善ではなかった。
大きくなるにつれ女になっていくカルティーを私1人では守り切れない。
それにカルティーも夫と一緒に“この王国の未来”を守ることを選んだ。」



「“この王国の未来”・・・。」



「そう、あの赤ちゃんは・・・ケリーとエリナエルの皇子は国王の器を持っているんでしょ?」



私のその言葉にケリーの目が鋭く光った。



「そうだ・・・そうだった。
あの子は王の器を持っていた・・・。
国を滅ぼそうとする黒髪持ちのはずなのに・・・。
あの子を見た瞬間に分かった・・・。」



「エリナエルを見た瞬間にも分かってたでしょ?
エリナエルが自分の相手だって。」



「そうだな・・・そうだったな・・・。」



鋭く光り続ける目で悲しそうに笑い、私のことを見詰めるケリー。



「クレドを呼んでくれ。」



「もう部屋の外で待機してる。
太陽の刻印の主を変える為にはカンザル教会の教皇の刻印が必要だって。
これからカンザル教会に貴方と一緒に向かうって。」



扉に視線を移したケリー。
そのケリーが何やら考えた様子になっている。



「カンザル教会・・・クレバトル教皇・・・。」



ケリーがクレバトル教皇の名前まで口に出し、それから小さく笑った。



「分かっていたのか、あの人は・・・。
俺がエリナエルと結婚をした時から、あの人は全てを分かっていた。」



「ケリー?」



よろめきながら立ち上がったケリー。
ここ数日はずっと寝たきりだったケリーが久しぶりに立った。



そして自分で服のボタンを外していき・・・



「クレド。」



静かな声のはずなのに重い声でクレドのことを呼んだ。



ケリーの声で・・・いや、クラスト陛下の声でクレドが部屋の扉を開けて入ってきた。



膝をつき頭を下げたクレドを見下ろしクラスト陛下が口をゆっくりと開く。



「俺は残念ながらもう国王ではない。
太陽の刻印も持たないただのクラストだ。
だが付き合ってくれないか?
俺の身体は何故か思うように動かない。」



そう言いながらもボタンを外そうとしているクラスト陛下。
でもその両手はボタンすら外すことが出来ない。



代わりに私がボタンを外し始めると、クラスト陛下は苦しそうに顔を歪めた。
でもその目には鋭い光りが宿り続けている。



そして、顔を上げて立ち上がったクレドと私に向かって言った。



「黒髪持ちの皇子が国王となる術を探してくる。
民を納得させる術を。
国王でもない俺と来てくれるか、クレド。
世界を回る長旅になる。」



「世界の可愛い子ちゃんと会える機会なんてこれを逃したらないだろうからね。
喜んでお供するよ、クラスト。」



クレドの返事にはクラスト陛下と目を合わせて笑い合う。



そんな私の顔をクラスト陛下はジッと見た。
エリナエルに見せる顔とは違うけれど、その顔は私のことを“愛している”と言っている。



「必ず戻る。
それまで俺の王国で待っていてくれるか?」



「夫が戻るのを待つついでに待っています。」



笑いながら答えた後、クラスト陛下を真っ直ぐと見詰めた。



「私の身体も夫の身体もケリーにあげたから。
私とダンドリーのきょうだいであるケリーに。
だからこの身体はケリーのモノ。
この身体はケリーの王国のモノ。」



そう言ってからクラスト陛下の身体をゆっくりと抱き締めた。
小さな頃はこんなことをした記憶もあるけれど、大人になってからは初めて。



「例え私1人になったとしても、私が残っている限りクラスト陛下の王国は終わらない。
最善を尽くして待っています。」



私のことを抱き締め返してくれたクラスト陛下の両手は小刻みに震え続けていた。
あんなに大きな剣をダンドリーと振り続けていたはずの身体は、1ヶ月もしない間にこんなにも細くなってしまっていた。

















ミランダside.........
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