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第十話

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俺を呼ぶ声に気がついて、ゆっくり眼を開くと、薄ぼんやりした視界には、夕陽の深いオレンジと紺色の混じり合った複雑な色に包まれていた。
エリーとシエラ、保田と成瀬の姿も見える。
良かった、無事同じ場所に飛ばされたんだな…。

「サトル大丈夫か?」
どうやら倒れ込んだ時に後頭部を打って脳しんとうを起こしていたようだ。
 エリーが心配そうに覗き込んできた。

「あぁ、大丈夫だ。…で?ここは?」
「…見覚えないか?」
起き上がった俺に成瀬がそう言った。

辺りを見渡してみると、確かに見覚えがある。
「保田とこの辺を見て回ったんだけどさ、薄暗くてわかりにくいんだけど…あのキャンプ場なんじゃないかなって…。」
「キャンプ場?」
「うん、夏にキャンプしただろ?」
「え?」
改めて辺りを見渡してみると、そこは間違いなくキャンプ場だった。

「どうして…?」
「わからない…。」
エリーは困惑したいた。
そりゃそうだ、エリーにとっては二度目に死んだ場所だからな…ちょっとしたトラウマなんだろうしな…。
「エリー…大丈夫か?」
「え?…あぁ大丈夫。あの事なら気にしてないから。」
「無理してないか?」
「うん。」
本人が言うなら大丈夫なんだろう。
でも、なんでこんな所に飛ばされたんだ?

「なぁ保田、俺たちってどうやってココに出てきた?」
「ん? その辺の空間から突然出てきたぞ。」
地べたに座り込んで居る俺の後ろ辺りに円を描く様にして指で示した。

「って事は、戻る術は無しって事か…。」
「なんでだ?部室から戻れば良いじゃないか。」
どうやって向こうに帰るか悩んでいると、 エリーから鋭いツッコミが返ってきた。

「あ!そうか!部室に戻れば良いんだ!ん?でもどうやって?」 
「…サトル…ホントに大丈夫か?」
成瀬が自分の頭に人差し指を突き立てて、半笑いで言ってきた。
「エリーちゃんのアレ使えば一発だろ?」
そう言いながら空中に四角形を描いて指でチョンチョンとジェスチャーをして見せた。
それを見たエリーはカバンからタブレットを取り出した。
「部室に転送すれば良い訳だな。」
エリーのヤツなかなか飲み込みが早くて助かるな。
予定とはだいぶ変わっちゃったけど、このままココに居ても仕方ない。
部室に戻ればゲートで向こうに戻れるしな。
「じゃ皆集まってね。転送するよ。」


§


学校の中庭に5人は転送されていた。
「あれ?部室じゃない…?」
「この人数だしな、転送先が部室じゃ狭すぎるから。」
確かに…あの狭い部室にこの人数を転送するのって、考えてみると怖いな。

「なぁ、サトル…ココは何処なんだ?」
後ろにいたシエラが声を掛けてきた。
あぁそうか、シエラにとっては異世界か…。
 「まずココはシエラの住んでた世界じゃないってのは理解してるよな?で、ココは俺たちの通っている学校だ。」
「学校?」
「あぁ魔法とかの授業は無いけどな、色んな事を勉強してる場所だ。」
「ふーん、サトルもちゃんと勉強してるんだな。」
シエラは話を振って来たわりに、目に付くものを片っ端から手に取ったり観察しまくって、俺の回答を聞くつもりは無いようだ。
「まぁまぁ、俺の勉強とかはツッコまなくていいだろ?それに今はまず部室に行くのが先だ。」

好奇心満々のシエラをなだめながら、中庭を出て、校舎の脇を抜けて部室棟に向かった。
とにかく急いで向こうに戻らないと、既に何日も過ぎてる筈だ。
向こうじゃ大騒ぎになってるんじゃないのか?


§


「…どう言う事だ?」
「わからない…。」
「…なんだコレ?」
「…。」
シエラ以外の四人は部室内の開け放たれたロッカーの前に立ち尽くしていた。

「どうしたんだ?」
そんな俺たちを見てシエラが問いかけてきた。

「無いんだ…。」
「何が?」
「ゲートが…。」
「それはつまり?」
「向こうに戻れないって事だ。」
シエラはか『成る程』って顔で小刻みに何度か頷いた。

「間違いなく、俺たちの世界だよな?ココ…?」
 「間違いなく、俺たちの世界だよ。だってほら。」
現状を疑っている俺に成瀬がスマホの画面を見せてきた。
そこにはニュースアプリで、今日の出来事が表示されていた。
それに、俺たちの鞄もそこにはあった。
「とりあえず、ミヨに連絡とってみる。」
見せられた画面と残された鞄を疑う訳じゃないけど、今の事態がどうしても飲み込めない。
ミヨなら何か的確な答えを出してくれるかもしれない…一応神さまだし…。

 
§


『…で、ロッカーを開けて確認したらゲートが無くなってたってことだな?』
「あぁ、ロッカーにもちゃんと鍵は掛かってたから…。」
『恐らく、向こう側のゲートが何らかの理由で壊れたか、消滅したんだろうな。』
「消滅って…。」
『まぁ、お前たちがキャンプ場に出てきたのは、ポータルを作ったエリーの深層心理の問題だな。』
「と言うと?」
『口では大丈夫とは言ってもあの場所に対してやっぱり想いがあるってことだ。だから無意識レベルで繋がってしまってたんだろう。』
やっぱりアイツ気にしてたんだ…。

「それはそうと、どうにかして向こうに戻ることって出来ないか?シエラがこっちに来ちゃってて、ユウキが向こうに残ってるんだ。」
『うーん…出来なくは無いが…。』
「ほら前にエリーを助けてくれただろ?あの時みたいに。」
『馬鹿者。それが問題なんだよ。あれはココ経由で移動させる特例中の特例だぞ。そんなにホイホイやっていいもんじゃない…と言いたいところだけどなぁ…責任の一端は私にも有るし…。』
「な、頼むよミヨ!」
『仕方ないな…。』
「ちょっと待ってくれ。」
ミヨと俺との話し合いがまとまり掛けた処にシエラが割って入った。

「ひとつ頼みが有るんだが…。」
『シエラか?どうした?』
「しばらくの間、私をこちらの世界に置いては頂けないだろうか?」
『何だと?』
「無理を承知で頼む!ココには失われた文明の痕跡が有りそうなんだ。どうかそれを…。」
『そんな物を調べてどうする?異世界の物を持ち帰ったところで、何の役にも立たんぞ。』
「いや、私の好奇心だ。 せっかく異世界に来た訳だし、それにムートリアの遺跡で見つけた古文書に書いてあったモノにもお目にかかれそうで…。」
『しかしなぁ、そこの1日は向こうの30日に相当するんだぞ?その事は理解してるのか?』
「…勿論。」
『いや…勿論って…本当にわかってるのか?』
「あぁ、こちらで数十日も過ごせば、向こうに帰った時に数年経っているという事だろ?」
『あぁ…。』
「その分私は若いままって事だ!違うか?」
シエラは振り向きざまに、俺に向かって言ってきた。

「いや、そーだけどさ。」
『うーん…しかしなぁ…。向こうの事は気にならないのか?』
「気にはなるが、好奇心には勝てん。」
『ユウキはどうする?』
ミヨが話をすり替えてきた。
そうだ、ユウキを連れて帰らないと、アイツまた一人だけ歳食っちまうよな。

「ユウキと連絡取れないか?もし取れるなら事情を話して、一度戻ってきてもらおう。」
『お前はまた無茶なことを言う…。 』
ミヨはしばらく考え込んでいた。

『とにかく、そこのゲートは無くなったんだ。その原因も調べなきゃならんし、そこが消えたって事はまた別の場所に時空の歪みが発生してもおかしくないんだ。そうなるとまた、モンスターが来てしまう事もあるんだぞ。』
確かに…。
「でもそれって、俺とエリーに関係があるんじゃなかったか?」
『あくまで推測だがな。』
「だったら、警戒しとけば大丈夫なんじゃないか?前もそうだったけど、直ぐに開く事も無いだろうし…。」
『そうとは限らんだろ?なんでお前はそんなに楽観的なんだ…。まぁとりあえずシエラの滞在は許そう。ユウキについてもなるべく早く、そっちに戻す。私はとにかく消えたゲートをついて調べておく。シエラの滞在はそれまでだ。いいか?』
「構わない。感謝する。」
シエラはその言葉に目を輝かせて歓喜していた。


§


通話を切る間際ミヨが『どうもゲート消失には何かありそうだ、警戒を怠るなよ。』って言い残してたけど、何か引っかかる事でもあったのかな?
とりあえず、エリーには魔力感知の範囲を広げられるだけ広げさせてマメにチェックしてもらうしか無いな。
ってか問題はシエラだ、結局ウチに連れて帰る以外選択肢は無いよな…やっぱり…。




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