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プロローグ

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「あ…ヤバイ…コレ死んじゃうパターンだ…。」

学校帰りにコンビニで立ち読みしてたら、目の前のガラスを突き破って車が突っ込んできた。

とんでもない緊急事態なのに、頭は物凄く冷静で見えてるモノ全ての動きががスローモーションに見える。

今なら超加速で移動して、突っ込んでくる車を躱すことも出来そうな気がする…でも気のせいだった。

現実には足がすくんで、ピクリともその場所から動くことなんてできなかった。
ただこっちにむかって突っ込んでくる車を眺めながら飛び散るガラス片と押し寄せてくるブックスタンドに押し潰されながら意識が飛んで行った。

覚えているのは、そんな凄まじい轟音と店内に居た人達の悲鳴、そして薄れゆく意識の中で見た日本とは思えない幾つかの別の世界の風景を上空から見ていたような感覚…。
これって、もしかして…憧れの異世界転生ってヤツ?
遂に…遂に念願のファンタジーワールドへの旅立ちなのか!?

「って考えてたとこまでは覚えてんだけどなぁ…で?ココはどこ?やっぱ死後の世界ってヤツ?」

真っ暗な…いやホントに一筋の光もない漆黒の闇の中に俺は立って居た。

身体の感覚はある。
どうやら怪我も無く魂だけになった訳ではなさそうだ。
でもなんだろ?この違和感…。

もう一度辺りを見渡してみる…やっぱり何も見えない。
これじゃココが何処なのか判るはずもない。

ましてや、のこ暗闇の中、なんの頼りもなく歩き回るのも危険だ。
そんな時、いつもの癖でツイ胸ポケットに手を突っ込んでスマホを取りだそうとした。

…あった…スマホだ…指の感覚だけでスイッチを探り当て電源を入れてみた。

おっ…ちゃんと動くじゃん。
あ…でも圏外だ…。

服も着てるしスマホも持ってる。
実体があると言うことは、現実なのか?
でも変だ…『ここは現実世界じゃ無い。』ってコトは感覚でわかる。

それまで黒一色だった世界に、俺の手元にだけ明かりが灯った。
すかさず懐中電灯アプリを立ち上げて辺りを照らしてみた。
スマホから伸びる光は、ほんの数十センチ先の空間を照らす事もなく、闇に飲まれていく。
唯一見えるのは、いつもと変わらない学校の制服を着た自分の身体と床の模様だけ。

ただ、いつまでも同じ場所にジッとしているのも性分じゃない。
謎の真っ暗闇から脱出すべく、とりあえず床を照らしながら移動してみることにした。

しかし、どっちに進めば良いのかさっぱりわからない。
真っ直ぐ歩いてるつもりだけど、目隠しをされて歩いている様な感覚で、本当に真っ直ぐ歩けているのか自信を持てない。

どれくらい時間が経っただろう、そしてどのくらい歩いたんだろう…っと次の瞬間、真っ暗だった世界がゆっくりと光を取り戻す様に明るくなって来た。
光源が何処なのかさっぱり分からないが、自分を含めて周りにある物に色が着き始めた様に見えた。

「お前はいつになったら帰るんだ?そろそろ帰れよ!」
不意に声を掛けられ、心臓が飛び出すんじゃないかと思うほどビビりあがった。

人間、ホントに怖い時って声も出ないんだな…。

恐るおそる足元を照らしていたスマホを上に向けていくと、革で編み込んだサンダルの様なモノを履いた足が見え、更に上げていくと黒っぽいロープに身を包んだ、俺よりもだいぶ背の低い…だいたい150センチくらいかな?見た目の歳も俺とそんなに違わない感じの女の子が立って居た。
彼女は眩しそうに眼を細めながら、ムスッとした顔でこっちを睨んでいた。

「眩しいから照らすんじゃない!」

「あぁ悪い…」
思わずスマホを引っ込めた。

次第に明るくなってきた空間をよく見ると、なんだか神殿の様な場所だという事が分かった。

やっぱり異世界だ。
これからこのファンタジーワールドで冒険が始まる訳だな!
なんかワクワクしてきた。

「ニヤニヤして…気持ち悪いヤツだなぁ…早く帰れよ。出口はあっちだぞ。」

女の子は、右手に握った身の丈程ある細身の杖で俺の後ろを指し示している。

「…帰れって?」
「あぁさっさと帰れ!」
「どこに?」
「自分の身体にだ!」
「え?どゆこと?」
「お前は死んでなどないってことだ!」
「え?なに?どゆこと?だって身体の感覚あるし、服着てるし、スマホだってホラ…。」
「それは、ここに来る直前のお前をトレースして形作られてるだけだ。一応現実世界のお前ともリンクしてる。とにかくお前はまだ死んでないんだから、とっとと帰れよ!」

彼女は更に杖をグッと奥に突き出した。

「え?って事は憧れの異世界ライフは無しってこと?…マジかぁ…。」

せっかく憧れの異世界ライフを楽しめると思ってたのに…。

「帰んなきゃダメなの?」
ちょっと食い下がってみた。
「ダメだ。」
被せ気味に即答で断られた…。

釈然としないが仕方ない…言われた通り帰るとするか…。
いくら食い下がっても相手にしてくれそうに無い…。

彼女に背を向けて出口だと言われた方角を目指して歩き出す。

「おい!ちょっと待て」

ショボくれて歩いていると背後から呼び止められた。

「ひとつ頼み事があるんだが…元の世界に帰ったら………を………。」

なんか遠くで言ってるけど、何だろう?後半がよく聞き取れなかった…。

突き当たりに青黒い扉を見つけ開いた瞬間…あれ?急に身体が重たく感じてきた…。
どう言うことだ?
あ…あれ…周りも暗くなってきた…。
なんか…落ちて行く感覚が…。


§


「…さん!大丈夫ですか?!椎葉さん!」

大きな声で名前を呼ばれながら、軽く頬っぺたを叩かれてる。
薄っすらと見える石膏ボードの天井とその天井を這うカーテンレール。

だんだん意識がハッキリとしてくる。
ゆっくり周りを見渡して、少しずつ我に返っていく。

病院だ…間違いない。

やっぱ異世界ライフなんて夢だったんだ…。
しかしリアルな夢だったなぁ…残念…。
そう思うとなんか、気が抜けてきた…。

そしてまたゆっくりと眼を閉じ眠りについた。

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