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第十九話

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「何探してたんだよ。」
淹れたてのコーヒーを手渡しながら成瀬がちょっと怒り気味に言った。
「ごめん…ちょっとな…。」
「エリーちゃんも走って追いかけていっちゃうし…。」
「ごめんなさい…。」
エリーも申し訳なさそうにしている。
「まぁ何事もなかったんなら良いけどさ。」

受け取ったコーヒーを飲みながら、やっとひと息つけたきがした。
結果的にはエリーに助けられたみたいなもんだけど、なんとなくエリーの仇をとってやった様な気分だった。

そして夜は更けてゆき、男女別々のテントへと入っていった。

こーゆーシチュエーションがそうさせるのか、女だけのテントでは、当然の様に恋バナだのなんだのとガールズトークが炸裂し、深夜遅くまで話し声を響かせ、男だのテントでも負けじと猥談で盛り上がり時間を忘れて話し込んでいた。


§


キャンプ場の朝は早い。
他の客達も起きてきて、朝食の準備をはじめている音が聞こえる。
テントの中を見回すと、保田の姿がない…もう起きたのか?
出て行ったの気付かなかったな。

まだ寝ている成瀬を起こさない様に、ゆっくりテントのファスナーを開けて外に出た。
8月の朝6時はもうすっかり明るくて、でもちょっと涼しいとても気持ちの良い風が吹いていた。

テントの前に並べていた椅子に誰かが座っている。
後ろから近づいてみると保田だった。
「おはよ。」
「ん?あぁおはよ。」
「早いな。」
「うん、なんか目が覚めちゃってさ。あ、コーヒー飲むか?」
保田は椅子から立ち上がると、テーブルの上に置いたポータブルガスバーナーコンロに火をつけた。
横に置いてあったパーコレーターに水を入れ、挽いたコーヒー豆をセットしてコンロに掛けた。
暫くするとフツフツと音を立て良い香りが漂ってきた。

「凄いな、どこでそんなの覚えるんだ?」
「昨日成瀬に教わったんだ。アイツ結構アウトドアやってるみたいでさ。」
「まぁそうだよな、こんだけ道具持ってんだもんな。」

出来上がったコーヒーをマグカップに注いだ。
良い香りだ。
「やっぱインスタントとは違うよな。ブラックでも全然いける。」
「さて、そろそろ朝飯の用意でもするか。」
「そうだな、何作る?とりあえず成瀬起こしてくるわ。」
淹れてもらったコーヒーをテーブルに置いて、成瀬を起こしに行こうとしたら、テントのファスナーが開いて成瀬が出てきた。
「あ、おはよ。」
「おはよ、お前ら早いな。」
「いやいやお前も充分早いよ。保田がコーヒー淹れてくれてるぞ。」
「お!サンキュ。」
成瀬も起きたのでテントからクーラーボックス出してテーブルの脇に持ってきた。
成瀬は寝起きのくせにテキパキと、さっきまでパーコレーターが乗っていたガスバーナーコンロに小さめのフライパンを置いて、ソーセージを焼きはじめた。
流石に慣れてるな。

そんな成瀬を保田と二人で手伝いながら朝食の用意をした。
朝食が出来あがった頃、女子テントから蒼ネエを先頭にゾロゾロと全員出てきた。
「おはよぉ~。」
ジャージ姿で出てきた蒼ネエの気の抜けた声が聞こえた。
「わぁすご~い、朝ごはんできてるぅ~。」
佐波井が言うと成瀬は『俺たちが作ったんだぞ。』と言わんばかりのドヤ顔で振り向いた。

女子は皆ジャージか…なんか残念だな…。

テーブルの上には、浅めのバスケットにキレイにカットされたバゲットと人数分の皿が置いてあり、その皿にはレタスが敷いてあり焼いたウインナーとハムエッグが添えられていた。
まるでどこかのオープンカフェみたいだ。
自慢したくなる気持ちも分かる気がする。

元気よくテーブルに向かってくる二人とは対照的に八尋とエリーは寝起きだからか、少し元気がない様に見える。
まぁ夜中まで話し込んでたんだろう。

「成瀬くんホント凄いよねぇ。キャンプ場で朝からこんなちゃんとした朝ごはんが食べれるなんて。」
確かに凄く手際良くやるもんな。
モテるだろうなぁ…ちきしょう…。


§


朝食を食べ終わって、テントもたたみ終わり、粗方片付けが済んだのは10時を回った頃だった。
「ねぇサトル、エリーちゃん…ちょっと体調悪いみたい。」
蒼ネエが心配そうにエリーに視線を送りながら言った。

確かに夜ふかししたからと言うよりも本当に調子が悪そうだな…どうしたんだろ?

「エリー大丈夫か?顔色悪いぞ。」
駆け寄って声を掛けてみた。
「…うん…なんか…ちょっと熱っぽい…。」
そっとデコを触ってみると…。
「うわっ!ちょっととかじゃないじゃないか!凄い熱だぞ!蒼ネエ!エリー熱がある!」
「えー!大変!」

こんな熱で放っとく訳にもいかないし、エリーを近くのベンチに座らせて、他の皆に説明して先に帰ろう。
「皆ごめん。エリーが体調崩しちゃってさ、悪いけど先に帰るわ。」
「大丈夫か?」
成瀬と保田は心配そうにしている。
佐波井と八尋はエリーの元に行って何やら話しをしている。

「病院つれてって、家で寝かせとくわ。」
ヤバイ…そう言えばエリーの保険証って無いよな…。
病院掛かると高いよな…やっぱり…。
って金の心配よりエリーの心配だろ!
早く連れて帰らないと!

蒼ネエがキャンプ場のゲート近くまで車を回してくれたので、足元のおぼつかないエリーに肩を貸して連れて行った。

「じゃお前らはゆっくり遊んで帰ってくれ。俺たちの事は気にしなくていいから!」
「まぁついて行くにも全員その車に乗れないしな。」
成瀬が残念そうに呟いた。

「じゃおさき!」
「おう、気をつけてな!」
「エリーちゃん早く元気になってね!」
励ましの声に、エリーは力なく手を振りかえす。

皆が見送ってくれるなか、蒼ネエはゆっくりと車を出した。


§


ベッドにエリーを運び込んで、蒼ネエが着替えさせて部屋から出てきた。
「…サトル…ちょっと…。」
手招きされてエリーの部屋に入るよう促された。
どうしたんだろう?
「…これ…。」
パジャマに着替えさせられたエリーのズボンの左裾を太もも近くまで捲り上げて見せてきた。
「…えっ…。」
そこに見えたのは紫色に腫れ上がったふくらはぎがあった。
膝の下あたりを布で縛ってあるって事は…毒か?自分で縛ったのか?
コレが熱の原因か?
でもなんで?
「エリー…どうしたんだコレ…。」
「………。」
思い当たるのは一つしかない。
「お前…まさか刺されたんじゃ無いだろうな…。」
「……うん……。」
「サトル…どうしよう…。エリーちゃんが…。」
蒼ネエはただアタフタしている。
どうすればいい?
キビナーの毒ってどうやったら抜けるんだ?そもそも血清なんて無いだろ?
そうだ!ミヨなら…。
スマホを取り出してミヨにビデオ通話の状態で電話を入れてみた。
『どうした?』
以外にも1コールで繋がった。
「お前、いつも監視してるんじゃ無かったのかよ?」
『だからどーした?』
「エリーが…エリーがキビナーに刺されて…。」
『なに?いつだ?』
「多分昨日の夜、もう12時間以上前だ。」
『………。』
「監視してたんだったら知ってるだろ?」
『いや…ずっと監視してる訳じゃないんだ…時々様子を見ている程度であって…。』
「んなこたぁどーでもいーんだよ!コレどうにかしてくれよ!助けてやってくれよ!」
インカメラでエリーの脚を映して見せた。
『コレは…酷いな…。12時間以上と言ったな…。』
「あぁ、なんか解毒薬とか無いのか?」
『………すまない………残念だが、そちらの世界には無いだろう。』
「じゃぁ、なんか他に方法はないのかよ?」
「ミヨちゃんお願いエリーちゃんを助けてあげて!」
蒼ネエが涙声で割り込んできた。
エリーは苦しそうに、次第に息が荒くなってきている。

『………すまない…12時間も過ぎていては例え解毒薬があったとしても助からない。』
「なっ………。」
蒼ネエは泣きじゃくりながらエリーにしがみついている。
『助けてやりたいのは山々だが…。』
「お前神様だろ?なんとかしてくれよ!頼むよ!」
『残念だが手遅れだ………、しかしエリーをそこで死なせるのも心苦しいな…こちらで引き取ろう。』
「引き取るって………。」
『だから警戒しとけって言ったじゃないか…。』
「警戒してたよ。だから俺が一人で倒したんだ……でもトドメが刺せてなくてエリーに助けられて……。」
『………。』
「……そうだよ…俺があの時…。あの時ちゃんとトドメが刺せてれば……。」
『結果論だ、今更タラレバの話をしても仕方ないだろ…。』
「………冷たいんだな……神様って…。」
『じゃぁ1分やるから、ちゃんと別れの言葉を掛けてやれ。』
「ホント冷たいな……。エリー、聞こえてるか?次はちゃんと良いところに生まれ変われよ…。」
それ以上言葉が出てこなかった…。
「エリーちゃん…死んじゃやだよぉ………。」
蒼ネエは既に半狂乱になっていた。

『では転送するぞ。』
そう言ってミヨは通話を切った。
直後、エリーの身体が少しずつ透明になっていく。
「……蒼葉ちゃん…。なんで泣いてるんだ……サトル……あとで宿題教えて……。」
そう言い残してエリーは完全に消えてしまった……。
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