ピアスと傷と涙と、愛と。

夜鮫恋次

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第二話 優華と愉快な仲間たちと母の余命

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 そんな背景のある優華だが、今は生活保護を受けて一人暮らしをしている。

 母はどうしたのかというと、母もまた少し前に末期の子宮頸がんと診断され、入院治療を余儀なくされていて、優華は作業所に週三で通うのがやっとな状況で唯一の肉親もそんな状態なので母の入院を期にそういう手続きをした。


 アラームより、五分早く目が覚める。

 目が覚めたら布団にくるまってアラームがなるのを待つ。

 アラームを五秒もせずに消す。

 そして、すのこベッドから起き上がる。


 今日は月曜日。

 作業所の日だ。

 そして、夕方に母の見舞いに行く。


「はぁ~、ピアスどうすんねん、私」


 昨日、開けたのは唇の右の口角よりやや内側の位置。

 如何せん、どうしても目立つ位置で開けたのは後悔しているが、ピアスを閉じる予定もない。


 優華は、相変わらず自傷の意味でのピアッシングは辞めていないが、病状は作業所に通えるまでには回復していた。


 ふと、スマホを手に取る。

 恋人『だった』人とのLINEの記録を見る。


「……はぁ」


 あんなに好きだったのに。

 ……あんなに好きだと貴方は言ったのに。


 涙を堪えて、スマホをベッドに放り投げた。

 元恋人とのLINEの履歴は消せなかった。

 きっと、向こうはもうブロックでもしてるだろう。


 わかってる。

 終わったんだ。


 でも、いつかまた、あのチャーミングな笑顔を向けてくれると、信じてしまった。


 とりあえず、今日は最低二人には怒られるな、もう一人は呆れるかな、と開けてしまった唇のピアスについて想いを馳せながら、作業所に行く支度をした。




「ああああああああああああああああああああああ!?」


「(わっちゃ~……)」


 作業所はアパートから十分もしない所にしたので、他の利用者が送迎などでやってくる中、優華は基本徒歩で来ていた。


 そして、いつも通りの時間に到着すると、いつも少し早く送迎でやってきている友人の夕映に出合い頭に叫ばれた。


「姉さん……おは、」


「貴様!! とうとうやりおったな!?」


「あわわわわわわわ~!!」


 夕映はズンズンと距離を縮めてきて、優華の肩を掴んだと思ったらそのままガクガクと揺さぶってくる。

 どうやら、『怒ってくれる』内の一人だったらしい。


「あれだけもうピアスは開けるなっつったのに開けおって!! お母ちゃんはあんたをそんな子に育てた覚えはありまへんえ!!」


 いや、あんた母ちゃんちゃうがな。と突っ込みたくても頭を揺さぶられすぎてもうそれどころではない。


「しかも、口!! 唇とかあほか!!」


「ご、御尤もです……」


 不意に正面から、夕映に見つめられる。


「……つらかったんやな」


「……ごめん、姉さん」


 優華と夕映に血縁関係はない。

 ただの友人なのだが、優華より夕映のほうが一回り上なので、自然とそう呼ぶようになっていて、優華は仲のいい三人の中で一番年下なのでもう一人の友人にもたまにそう呼ぶときがある。


 そして、友人二人には、元恋人との一件をLINEで話していた。


「……姉さん」


「ん?」


「……ぎゅーってしてもらっていい?」


「うん、ええよ!!」


 夕映は先ほどまでの鬼の形相とは打って変わって、明るい笑顔で優華を抱きしめ、少し夕映より高い位置にある優華の頭を優しくなでた。


 血の繋がらない姉は温かく、優しかった。


 優華は、他の利用者やスタッフの目も憚らず泣いてしまった。


「あらら~、号泣じゃないかい」


「ぶえぇ~、ゆまちん~~~~~~~!!」


「きゃあー」


 優華が夕映に抱き着いて号泣していると、少し遅れてもう一人の友人、一歳年上の由真がやってきた。

 優華はぐしゃぐしゃの顔面でもう一人の血の繋がらない姉に抱き着きに行った。

 由真は、それを予想していたのか、突然の半ばタックルのようなハグに対応する。

 多分、由真に幼い子供がいるから、そういうのに慣れているのだろう。


 あまりにぶしぶしと号泣するので施設長が話を聞くからと、優華は姉たちから引き離された。




「……って、ことがあってん」


 あれから。

 号泣しながら施設長と話をして午前は終わったが、午後はなんとか作業ができた。


 優華は作業所では小物を作って販売する部署にいる。

 夕映や由真も同じ部署だ。

 作業所を探している時、特技で趣味の小物作りができると聞いて、近さより内容で選んだ。


 作業所を何とか頑張って終わらせ、母の見舞いに来て、この一週間の話をした。

 母は、悲しい目で、微笑んだ。


「あんなに仲良かったんにね……」


「人生、何あるか分からんね、母さん」


「そうやな。……あーあ、じゃあ、あんたのウエディングドレス姿は見れやんか」


 その言葉に、優華は眼鏡のレンズにポトリ、と一粒涙を落とした。


 母は、窓の外の、遠いところを眺め、やはり、何かを堪えているようだった。



 もう、母は、長くない。


 そう母の担当医に告げられたのも、その日だった。


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