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第三話 天涯孤独の女と血の繋がらない姉たち
しおりを挟む優華の母の命の灯火は、余命を告げられたあの月曜日の約一か月後に消えた。
最初は子宮だけだった癌は見つかるのが遅かったことから、身体の至る所に転移していた。
普段、「苦しい」とか、「しんどい」とかそういう類の言葉を出さない頑張り屋な母は、最期まで気丈に振る舞い、息絶える前、もうダメだと医者に告げられ、泣きじゃくりながら寄り添う一人娘に「ありがとう、ごめんね……」と涙ながらに微笑み、息を引き取った。
優華には、祖父母がもういない。
親戚も親しい者がいないため、母の葬式はしなかった。
母の遺体を供養し、近所の人や知り合いに最後のお別れを病院でしてもらってから、火葬場に直行した。
火葬の炉に入っていく棺に引き寄せられるように優華がついていき、優華からの電話で駆けつけていた夕映と由真が焦って止めに入った。
錯乱。
それはもう可哀想なくらい泣き叫ぶ優華につられ、火葬場にいた全員が号泣したほどだった。
骨は、癌のせいでボロボロだった。
骨壺に入れられた『母だったもの』を抱え、夕映の運転する車で、優華、夕映、由真の三人で、残していた実家に戻る。
実家に戻ってから、心ここに非ずな優華に代わり、由真が優華の支援員に電話で相談すると、母が残した遺産で先祖と父、母の永代供養をしてはどうだ、とアドバイスを受けた。
近くの寺に夕映が相談の電話をすると快諾してくれたので三人で翌日行くことになった。
「ゆえさん、ゆかちゃん、私、何か夕飯買ってくるね」
「ありがと、ゆまちぃ! 私はパスタがいいな!」
「了解、ゆかちゃんはなにがいい?」
「え……? あ、え、えっと、私は軽いもので……」
「わかった!!」
優華たちが暮らす街は、大阪の田舎町だが、そこまで辺鄙な場所でもないので歩いて五分ほどでコンビニに着く。
由真がコンビニへと出かけ、優華と夕映が二人きりになる。
「……夕映さん」
「うん?」
「こんな時でも次は何処にピアス開けようか考えてる私が嫌」
「それだけつらいんやろ? しゃーないよ、実の母親を亡くして、あんたは独りぼっちになってもたんやから」
優華はまた涙をぼろぼろと零す。
すると、不意に温かい何かに包まれた。
夕映が優華を抱きしめたのだ。
「ゆえ、さん……」
「大丈夫。あんたには私とゆまちぃがいる。私らをホンマの姉ちゃんやと思い。なんでも頼り。大丈夫。あんたは独りやないよ」
両親はいない。祖父母もいない。親戚も遠い。
実質天涯孤独の優華だが、血の繋がらない、頼りがいのある、優しい姉が二人もいた。
一通り、優華の母の件が納まり、夕映と由真は優華が落ち着くまで優華のアパートに泊まっていたが、生活保護の性質上、あまり長期間人を泊まらせられないので、一週間ほどで二人は優華のアパートを後にすることにした。
「ゆかちゃん大丈夫かな……」
夕映の車に乗り込んでシートベルトをしながら由真は呟く。
「まぁ、こればっかりは日にち薬よな。それより、私はゆかちぃの元カレが許せん」
「え? 元カレ? 急に何?」
自分がいないときに何かあったのか? と思った由真だが。
「ゆかちぃのなにが気に食わんか知らんけど、あんな仲良うしといて、同棲の話も出しといて、上げて落とすみたいやん」
「あー、確かになんか勝手な別れ方よな。相手にも理由はあったんかもしれんけど」
「理由って何よ」
「え、わからん」
「くそっ!!」
夕映はあえてまだエンジンをかけていない。
こういうイライラしてるときは事故に遭いやすい(経験済)。
「ゆかちぃが病気なんが悪いん? 性格の不一致? ママさんの介護が嫌? なんやそれ!! そんなんやったら最初から声かけんな!! 思わせぶりなことすんな!! ママさんがおらんかったらゆかちぃ独りになることくらい分かるやろ!!」
独り。
それは、最も虚しいこと。
なにもかもつまらなくなること。
最初から独りならつらくないかもしれない。でも、『彼』は確かに優華に接触して、「愛してる」と嘯いて、優華を後戻り出来なくした。
なのに、一方的な別れ。
そして、優華の母の死による、優華の孤独。
夕映も由真も、納得していない。
夕映と由真は、自分に血の繋がった兄妹はいるけど、それよりも優華を可愛い妹の様に思っていたので、彼女のことは本当に大切なのだ。
『本当の姉と思っていい』というのは、あながち嘘ではない。
「ゆかちぃって私みたいに恋愛を諦められると思う?」
夕映は高校生の息子の父親である元夫と諸事情で離婚、その後も恋はしたものの、いい相手が見つからず、恋というものに見切りをつけていた。
そんな長女の問いに「う~ん」と次女は考え、慎重に言葉にする。
「ゆかちゃんは、いい意味でも悪い意味でも恋に夢見がちやから無理ちゃうかな」
「よな」
長女も「う~ん」と唸り、そして、「よし!」と何かを決意したようだった。
「ゆかちぃの新しいダーリンを私たちで探そう!」
「え~、う~ん。まぁそれがゆかちゃんのためになるなら、協力するけど」
こうして、優華本人の知らないところで、姉たちの奮起が始まる。
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