ピアスと傷と涙と、愛と。

夜鮫恋次

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第四話 出逢う

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 姉たちは優華の心の傷を癒してくれる優しい男を探していたのだが。

 シングルマザーで障害持ち、の自分たちの周りに条件の揃った『いい男』などいるはずもなく、姉たちの奮起は難航していた。


 そして、難航していたがために一か月、二か月と月日は経ち。

 季節はあんなに暑かった夏から、肌寒い初冬へと移り変わっていた。


 優華はというと、もう吹っ切れた! とか言いながら、いつの間にか煙草を吸い始め、食事後の休憩時間はそれを吸いながらぼぅ……としていることが多い。

 そして、ぽっちゃりしていた身体は、今は、ややほっそりとしている。


「すっかりやさぐれた女って感じになったね、ゆかちゃん」


「なんかもう私はなんも言えやんわ。ピアスの時みたいに」


「うーん、やっぱり新しい恋、かなぁ?」


「とは思うんやけど、安直過ぎたんかなぁ……」


 姉たちはそんなやさぐれてしまった末妹を心配するも、どうすることもできなくて、歯がゆくて仕方がない。


「……よし、気分転換しに行こう」


「何処へ?」


「手芸屋」


「それ、ゆえさんが行きたいだけちゃうん?」


「てへ」


 やいやい言いながら末妹のもとへお出かけのお誘いに行く姉たち。


「へい!! ゆかちぃ!!」


「ひょえ?! げほ、げほ……」


「ちょっと、ゆえさん!! ゆかちゃんがびっくりして噎せてるやん!!」


 夕映の声にびっくりして変に煙を吸ってしまいごほごほと噎せる優華の背中を由真が摩る。

 優華はそんな由真に涙目で「ありがと」と呟く。


「すまん、そんなびっくりするとは思わんかった」


「けほ……。いや、大丈夫。姉さんらどないしたん?」


「いや、今度の休みに、ゆえさんと手芸屋行こうって話してるんやけど、ゆかちゃんも行かん?」


「ちなみにゆまちぃのママンに娘ちゃんのお守りは頼めてます! うちの子はもう高校やし独りで大丈夫やし」


 由真の娘はまだ五歳で独りにはできないが、夕映の息子はもう高校二年なので独りにしても何とかなるだろうとのことだ。

 ちなみに、由真と夕映の両親は健在で二人は実家で暮らしている。


 気分転換に手芸屋を選んだのは、作業所でそういう仕事をしている三人の趣味も手芸だからである。


 優華は裁縫と、祝儀袋などに使う水引を使ったアクセサリーや小物作り。

 由真は刺繍やビーズ細工。

 夕映は裁縫と、編み物。


 隣町にある商業施設には大きな手芸屋があるので、二時間は時間を潰して楽しめるのである。

 そして、フードコートには美味しいものも多い。


 姉たちは、どうしてもこのやさぐれ末妹を癒してあげたい。


「……家にあるのもうそろそろ無くなってきたから、行きたいって思ってたんよなぁ」


 へへ、と弱弱しく笑う優華。

 姉たちの考えをくみ取ったのだろうか。

 そうして、三人は週末に手芸屋のある商業施設に行くことになった。


 当日。

 三人は開店に合わせた時間の電車に乗り、隣町にある大きな商業施設にやってきた。


「ふぉぉ!! 滾ってきた!!」


「やっぱりゆえさんが来たかっただけなんやん」


「私も来たかったから、ちょうどよかったで!」


 入口前でテンションを高める夕映に、苦笑の由真と、夕映と同じくテンションが高くなってきている優華。

 楽しそうな優華に、ああ、連れてきてよかった。と姉たちは思った。


 手芸屋の前に着いて、「じゃあ、二時間後、此処で!!」と別行動を始める三人。

 一緒に見てもいいのだが、この三人は基本三人共マイペースなので、別行動をして、店の中で会ったら話をしたり、相談したり、LINEや電話で相談したり、と、そういう行動の仕方が一番しっくり来たのである。


「(姉さんも由真ちんも気ぃつこうてくれたんかな……)」


 優華はまず水引売り場にやってきて、血の繋がらない姉たちに思いをはせる。

 なんだか申し訳なくなって、早く元気になろう、と誓った。


 優華は、元恋人との別れも、母との永遠の別れも、孤独も、全部、乗り越えなくてはならない。


 水引の売り場でいくつかの気に入った色の水引の束を買い物かごに入れ、今度は布のコーナーに行く。


 布は、筒状の束になっていて、好みの長さを裁断スタッフに言うと、その長さにその場で切ってくれる。


 優華はいくつかの布の束を手に持ち、金銭的に後一種類しか選べないな、と慎重に選んでいた。


 ふと、椿と白いうさぎの和柄の布が目に入る。

 優華は和柄が好きだった。


 手に取ろうと、その一回りか細くなった腕を伸ばす。


「……え」


「……あ……すみません……」


 そのか細い手に、骨ばった男の手が触れる。

 どうやら、彼もその布を取ろうとしたようだが、先に優華が布の束を手に取ってしまったので男は、す、っと手を引っ込めた。


 大人しそうな雰囲気だが、優華同様に耳や口、眉に多数のピアスが付いていた。

 身長は168センチある優華よりも高く、175センチくらいだろうか。

 筋肉がついている、とはいえず、ひょろり、と細長い印象だった。

 顔は、塩顔とでもいうのだろうか。あっさりと淡泊なイメージの顔だった。

 しかし、顔にも複数のピアスが開いているので、あっさりしつつ、厳つい印象を受けた。


 これが、優華と同様の『傷』を持ちながら、優華を癒すことになる、『祥馬』という男と、救いを求めながらも独りで生きるしかできなかった『優華』の出逢いだった。



 ピアスは、傷か、涙か。


 いずれ、愛の結晶となるのだろうか。


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