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第九話 事件の謎

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 嫁入り準備に際する引っ越しのため神谷家本邸にたどり着いた憂葉。
 手荷物を持って伊織の車から降りると、見知った大小三人が玄関から飛び出してきて、憂葉に抱き着いた。

「憂ちゃ~ん!!」

「「おねえちゃ~ん!!」」

 和葉親子である。
 流石に伊織の目もあるし、理人は和葉溺愛一筋なので、玄関にはいたが和葉のお出迎えみたいに彼は飛び出してこなかった。
 しかし、和葉とちびっ子二人は、憂葉の首に和葉の細い腕が巻き付き、脚に双子が纏わりつきといった感じで憂葉は今とても混乱している。

「これこれ。憂葉さんが混乱しているではないか」

「だってぇ、これから同じ屋根の下でまた暮らせるの嬉しいのよ~!!」

「「ぼくたちもおねえちゃんといっしょうれしい!!」」

 ぐりぐりと和葉に頬擦りをされ、「あわわわわ」と声をこぼす憂葉を見て、少し可愛いなと思いつつ、しかし彼女は自分のだぞ!と伊織は叫びそうになった。

 そうしているうちに桃月兄弟が憂葉の荷物の搬入を始める。

「憂葉さん、ようこそ、神谷家へ」

「わしらも嬉しいぞ」

 玄関にはわざわざ現当主、源十郎と、奥方のさゆりまで出てきていて、流石に引っ越しの手伝いでいないのか山中や躑躅森の姿はなかったが、神谷家総出で憂葉の引っ越しを迎えた。

「あ、あの、みなさん、その……」

「あら、遠慮しなくてもよろしくてよ? 貴方はもうわたくしたちの家族なのですから」

「まあ、桃月が仕事を終えたら荷解き手伝うぜ?」

「流石に女の子の荷物の荷解きはあんたはダメ」

 憂葉は、やっと居場所が出来た気がした。
 此処を居場所にしていいのかわからない。まだ、わかっていない。
 でも、願わくば最後まで、死ぬまで神谷家の人間としていれたらいいと、切に願った。


 その後、桃月兄弟が仕事を終え、離れに荷物を搬入し終えると、伊織は荷解きを手伝うと言ったのだが、「まだ婚約もしていないのにお義兄さんのすけべ!!」と和葉に追い出されてしまい、すけべもなにもこれから同棲するのだが? となった伊織だったが、両親が憂葉の嫁入りに際して少し、というので仕方なしに弟と共に父の本邸での執務室に向かった。

「して、父、母よ。何かな?」

「……わかっているのではないか?」

「阿佐見の件か、それとも、憂葉さんの父上の件か」

「先に阿佐見の話をしましょう。憂葉さんのお父様に関しての話はわたくしの範疇外でしてよ」

「あい、わかった」

 さゆりは、物憂げに「はぁ、」とため息を吐く。
 それを見て理人が薄ら笑いを浮かべた。軽蔑しているのは阿佐見家の人間に対してだ。

「どーせ、和葉ちゃんの時みたいに『金よこせ』って言ってきてんだろ?」

「碌に後見人も果たせていないのに浅ましいったらありゃしないわ」

「阿佐見に連絡を入れたのが間違いだったか」

「ははは!!」

 いきなり伊織が高笑いをしたので、源十郎も、さゆりも、理人も驚愕して、事の人物を見やった。

「父よ、阿佐見には和葉さんも嫁に来てもらっておる、その上憂葉さんはこの僕、次期当主の花嫁だ。たんと褒美をやればよい」

「しかし、奴らは」

「褒美をやり、こう言い放てばよい。『今後一切神谷の花嫁に近づくな、家族面すら許さぬ』と」

 ぞわり。
 源十郎すら寒気がした伊織の怒り。
 『人の子』だからこそのこの憎悪と、『神の子』だからこそのカリスマ性は、現当主をも圧倒する。

「……では、あなた。一応言っていた額を用意して送っておくわ」

「……ああ」

 そうして、さゆりは離席した。
 男三人が残った執務室で話されるのは、憂葉の親に関することだった。

「で? 兄貴の見立ては?」

「調べてみたが、不可解だった」

「不可解とは」

「憂葉さんのご両親は、洗脳されていた可能性が高い」

「「?!」」

 執務室に激震が走る。
 洗脳とはつまり、『他者に操られていたという事』。
 そして、神谷一族には、過去に『洗脳』能力を開花させ、能力を末代まで封印、島流しにされた一家があった。

「まさか、神山(かみやま)か?」

「いや、親父、神山の能力は千年も前に封印されてるんじゃ……」

 初代当主は晩年、分家の神山という一家の当主に洗脳され、自害を促されたという。
 当時、当主は初代の息子が継いでいたため、神谷家は守られ、また、当時の当主が呪術も扱い、神谷一族の汚点である『洗脳』という能力を開花させた神山家の能力を末代まで封印し、島流しにした。

 それ故、神山家の能力、『洗脳』は今世ではあり得ぬ話なのだ。

「いや、僕も能力のほかに呪術を勉強し、ある程度は使える故、生き残りが解術したこともありうる」

 伊織は、元々、能力の高い神谷の人間だった。
 それ故、幾千年も前に使われていたという呪術をも使うことができるのだ。
 しかしそれは、彼がこの世をよくするために能力を使いたいを思って修行をして使えるようになったので、まさか、呪術を悪事に使いたいとは思わない。

「洗脳、か。まぁ、その辺のインチキ教祖も使うけどな」

「それよりも危険なのか、伊織」

「狂っているとしか思えん。何故『残虐な殺され方をしたい』と思うやつがいる?」

「まさか!!」

「被害者が?!」

 青天の霹靂。
 憂葉の父親は、『残虐な殺人』をして無期懲役になった。
 伊織は『被害者が残虐な殺され方を望んだ』という。

 なんと狂気じみた事件だろう。
 なんと恐ろしい能力だろう。

 神谷の男たちは、自身の一族にまた『汚点』が生まれてしまったことに恐怖した。


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