クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

42. 闇を追う

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 はじめまして、だな。俺はオルデン専属騎士団第三部隊のジルディース。
 部隊の中では割りと若い方の年齢で、光魔法が得意だ。
 いつも組む相棒はエレナ。俺と同じくらいの年齢のように見えるが、実は部隊の中では一番の年長者だ。

 ああ、くそ。
 こんな自己紹介をしてる場合じゃない。
 早くエレナを探しださないと。

 それは二日前のこと。事件は突然起きた。
 俺達は奇妙な子どもに出会った。
 最初は迷子かと思ったんだが、魔力の色がおかしかった。
 それは色も光も全て飲み込むような漆黒だった。

 圧倒的な魔力の差に苦戦しながら、その子どもを捕らえようとしたが、あっけなく惨敗した。
 油断していたわけじゃない。
 だが、子どもという形に囚われていたのも否定できない。
 どうしてもっと慎重にならなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。

 その子どもの口から、クリスの名が聞こえた時は驚きすぎて空耳かと思った。

 クリスが欲しい?だから餌になれ?

 冗談じゃねえ!クリスは俺達の大事な友達だ!

 そう思ったら、頭に血が上って最大威力の光魔法を発動させた。
 下手したら、エレナも無事では済まないかもしれないほどの。
 でも、エレナは俺の動きに気がついて、その一瞬に小さく目で頷いてくれた。
 俺の相棒は、俺が考えていることをすぐに察知してくれる。
 それに何度救われたことか。


 その交戦の後、子どもとエレナは姿を消した。


 



「ジルディースっ!!焦るな!」

 後ろから飛んできた怒号に意識が現実へと引き戻される。
 いつの間にか、駆け足になっていた俺を引き留めたのは、先輩騎士のヴォルフさんだった。

「す、すみません…」
「ったく…心配なのはわかるが、冷静になれ。エレナにもよく言われてただろ?」
「…っ、はい…」

 ヴォルフさんは、俺に追いつくと頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
 十歳のやんちゃな息子がいる、たくましい父親らしい励まし方に少し気持ちが浮上した。

「それに、おまえ重傷なんだぞ?傷口が開くだろうが。また殴られてぇのか?」

 あの交戦の後、ひどい怪我で帰ってきた俺を騎士のみんなは驚きながらも冷静に対処してくれた。
 怪我の手当をそこそこに受けて、気が高ぶったまま飛び出していこうとした俺を殴り倒したのはヴォルフさんだ。
 交戦した子どもやいなくなったエレナのことを話した時は、他の先輩騎士達に「落ち着け」「大怪我のおまえがいても足手まといなだけだ」「頭を冷やせ」と、ガツンと言われてしまった。
 熱くなっていた俺は、みんなのおかげで熱が引いて冷静になれた。
 本当、すぐに熱くなるのは俺の悪いところだ。

「エレナはきっと大丈夫だ。おまえの話によると、その子どもはクリスちゃんを誘き出す餌にするって言ってたんだろ?」
「はい…でも、戦闘でエレナは吹っ飛ばされて…無傷だとは思えません。それに俺の魔法のせいでもっと重傷かもしれないです」

 ひどい言い方かもしれないが、怪我がひどければ人質としては使い物にならない。
 どこかで捨て置かれるか、最悪命を取られるかもしれない。
 そうなってしまえば、本当に最悪だ。

 手を強く握りしめると、巻かれた包帯が軋んだ。
 胸がじくじくと痛い。
 怪我によるものなのか、それとも心がそうさせているのかわからなかった。

「ジルディース…自分がやったこと、後悔してるのか?」

 静かに言われたヴォルフさんの言葉にびくりと肩を揺らした。
 ヴォルフさんは俺をまっすぐに見つめて、俺の答えを待っていた。
 その視線は睨みつけるというよりも、父や兄、そういった類の感情を感じた。

「…後悔、していません…。けど、確信がありません」

 魔法を使った選択は間違っていないと思う。
 だが、その結果がこれだ。子どももエレナもいなくなった。
 あの選択が本当に正しかったのか、答えがわからない。
 ずっとそんなことを考えて、気持ちが落ち着かない。

 エレナを見つけるまでは、この焦燥を消せないと思った。

「あの時の選択がとか、こうすればよかったとか、確かに思うことはあるけどよ…」

 言葉を選ぶように言うヴォルフさん。
 何かを考えながらも、言うべき言葉は決めているような顔つきだった。
 その様子に戸惑いながら見つめ返すと、ヴォルフさんは小さく笑うように息をついて俺の頭を撫でた。
 今度は優しく、労わるように。

「人はいつも何かを選択している。その問題が大きい壁の時もあるし、取るに足らねぇ些細な時だってある。答えがはっきりわかるものも、わからないものもな。大きな壁ほど、その選択が合ってたかどうか不安になるもんだ」

 ヴォルフさんの声は、とても穏やかで、でもどこか強い意志を感じるものだった。
 自分が通ってきた数々の経験を思い出しているのかもしれない。

「だがな、その時選んだ選択は、きっと間違ってねぇんだよ」
「…どう、して…そう思うんですか…?」

 その言葉に、何故か声が震えた。



「それがその時自分にできる精一杯だからだよ」



 ああ、そうか。

 ヴォルフさんの言葉に、俺は一つの答えを手にした気がした。



 俺は失望していたのか。



 あの時選んだ選択肢は、選んだんじゃない。
 選択肢にもならなかった。あれしかできなかったんだ。
 あれしかできなかった自分が情けなくて、もっと自分が強ければとか、もっとうまくやれればとか、これは後悔じゃない。


 自分の弱さを思い知った、自分自身に対する失望…憤りだ。


 それがわかった途端、自分の中の焦りが引いて、代わりに別の熱が湧いてきた。

「ヴォルフさん、俺、すっげーかっこ悪いですよね」
「おうおう、すっげーかっこ悪いな!だが、そう思えるなら上出来だ」
「…っ、はい!」

 俺が答えを見つけたことに気がついたのか、大きな声で笑い飛ばすヴォルフさん。
 俺もそれに釣られて大笑いした。

 ああ、本当、先輩騎士には敵わないな。







「…ところでよ」

 ひとしきり笑うと、ヴォルフさんは真面目な顔で切り出した。
 その視線を受け止めるように頷けば、今度はまるで厳しい体育会系の先生のような形相で一言。

「おまえ達が戦ったその子ども、魔導具破壊事件に関わってるんじゃないか?」

 その言葉に、頷くべきか迷った。

 魔導具破壊事件の犯人は子どもと言われている。
 そう、言われているだけなんだ。
 確かな証拠が何一つない。
 目撃者の記憶の中に、子どもの姿が掠めた程度なのだから。
 しかも、どんな子どもだったか、誰もはっきり覚えていない。
 それが、犯人を見つけられない最大の理由の一つとなっている。

 …確かにあの子どもは桁外れに強かったし、魔導具を簡単に壊せるかもしれない。

「…わからないです。壊せるほどの力は持っていると思いますが…」
「なんだよ、珍しく慎重だな?そう言うが、そんなほいほい魔導具を壊せるガキがいてたまるかよ」

 少し前の俺だったら、ヴォルフさんと同じ考えだったと思う。
 でも、出会ってしまったんだ。
 あの子ども以外にも魔導具を壊せるような力を持つ子どもに。
 いや、子どもと言ってもいいのかわからないが。

「ヴォルフさん、俺、他にも知ってるんです。その…すっげー強い子どもを…」

 ヴォルフさんの目が険しくなった。
 それにたじろいで目線を逸らしながらも、言葉を続ける。

「クリスの友達で、ライゼンっていう男の子です。精霊かと思うくらい神々しい魔力の色を持ってて、最初は人間だと気づかなかったですけど…」

 今でも本当に人間なのかと疑っている。
 あんな十一歳の子どもが簡単に変身魔法や転移魔法を使ったっていうのも。

 ヴォルフさんの反応がないことに気がついて視線を合わせると、すごく驚いた顔をしていた。

「…ライゼン…だ、と…?」
「? ヴォルフさん、知ってるんですか?」
「…いや、悪い。昔、同じ名前の人間の話を聞いたことがあっただけだ…」
「へぇ、そうなんですか」

 ヴォルフさんはどこか困惑した顔をしていたけど、理由を訊くことはできなかった。

「とにかく、その交戦した白い髪で黒目の子どもを探すぞ。クリスちゃんを狙ってるなら、エレナと一緒にまだオルデンにいるはずだ」
「はい!」


 こうして十日間、俺達は一つでも多く手がかりを見つけようと街を奔走したが、結局子どもとエレナを見つけることができなかった。
 まるで霧のように二人の痕跡は掴めず、消息を絶った以降、頻発していた魔導具破壊事件もぱったりと起こらなくなった。
 そのことから、犯人が白髪で黒目のあの悪魔の仕業だったのではないだろうかと思わずにいられなかった。

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