クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

41. まだ知らない存在

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 こんにちは。私はオルデン専属騎士団第三部隊のエレナ。
 見た目は人間みたいだけど、ランドエルフっていう種族のエルフよ。

 騎士団の仕事は多岐にわたるわ。
 街の治安を守るのはもちろん、街の人達の相談に乗ったり、お手伝いをしたりしているの。
 イベントや防災訓練なども積極的に街の人達と協力し合うから、私にとって街の人達は身近で家族のようなものね。

 そんな騎士団の仕事もお休みの日だってある。
 今日は、やっと順番が回ってきた非番の日。久しぶりの全日非番で、通い慣れた喫茶店「妖精のかまど」でゆっくりしているところよ。

「クリスちゃんは無事にお買い物できたかしら?」

 ぽつりと呟いたのは、先週のフリーマーケットがあった日のこと。
 クリスちゃんが騎士君とお買い物デートしてたのよね。
 ふふ、あの時はからかっちゃったけど、本当にデートだと思ったのよ?

「…クリスちゃんとは…あのお花の髪ゴムをした女の子ですか?」
「あら?憶えてたの?」

 コーヒーのおかわりを持ってきた店員がテーブルにそれを置いて、クリスちゃんのことを訊いてきた。
 この店員…シエルは、実は私と同じランドエルフで、この「妖精のかまど」で一番長く働いているベテランよ。
 長年の付き合いだから、時間があればときどきこうやって世間話もするわ。

 どうやらクリスちゃん達は無事にこの猫町通りに着いて、お昼ごはんもここで食べられたみたいね。安心したわ。

「ええ。三度来てくれたので。それに、あの子の魔力、珍しいですから」

 シエルは少し苦笑いをしながら、飲み終ったカップを下げてくれた。

「そうね。私は初めて見たわよ、あんな魔力」

 魔力を見ることができるエルフは、その人の人となりが直感でわかる。
 魔力の輝きを見るのは、実は人間かエルフかを見分けるためだけではないの。

「クリスちゃんには言わなかったけど…エルフは魔力の輝きでその人に授けられた精霊の祝福がわかるのよね」
「ええ。でも、あの子には全くその輝きがなかった…」

 この世界に生きるものすべてには精霊の祝福があり、それによって役割を担っているわ。
 精霊の祝福というのは、わかりやすく言うと、その人の才能や能力のことよ。
 私達は精霊から世界の秩序と流れを守る義務を負っている。
 それを果たすために様々な祝福が与えられているの。
 それは、一つだけの人もいるし、たくさん持っている人もいる。
 そう、必ず誰しもが持っているものなの。



 精霊の祝福を持たない、それはすなわち死んでいるようなもの。



 まあ、魔力の輝きが見えないだけでは、祝福がないとは断言できないんだけどね。
 例外もあるって、昔おばあ様から聞いたことがあるわ。
 そうよ、クリスちゃんはその珍しい例なだけ。
 あんなに温かくて癒される子が生きていない者であるはずがないじゃない。

 嫌な考えを頭から追い出して、カップを下げにカウンターへ戻ったシエルに話しかける。
 この時間はもうお客さんが疎らだし、少しおしゃべりに付き合ってもらおう。
 シエルも苦笑いでため息をつきつつ、アルバイトの女の子に一声かけてエプロンを外した。私のおしゃべりに付き合ってくれる合図よ。

「クリスちゃんの様子、どうだった?妙に大人びてたでしょう?子どものような面もたくさんあるけどね」

 少し得意げに訊くと、シエルは苦笑しながら向かいの椅子に座った。

「あまりその子のことは知りませんが、確かに子どものような幼さの中に大人っぽさもありますね。一緒にいたあの男の子とヴェルトミールの歴史を楽しげに語り合っていましたよ」
「ええっ?」

 楽しげにって…クリスちゃんってまだ七歳なのよね?
 ヴェルトミールの歴史を語り合う子どもなんて見たことないわよ。
 騎士君、デートなのよ?もっと気の利いた会話しなさい。

「男の子の方はすごい魔力でしたね。輝きすぎて、店に入って来たときは思わず目を逸らしてしまいましたよ」
「そうなのよ。あの騎士君、すごい輝きを持ってるわよね?最初クリスちゃんの傍にいた時、クリスちゃんの契約精霊か何かかと思ったくらいだもの」

 そう、あの時。クリスちゃんと詰所で会ったとき、騎士君の存在に気がつかなかったわけじゃないの。
 魔力の輝きがあまりにも人間離れしすぎていて、精霊かと思ったのよ。
 一緒にいたジルディースはどう見えていたかはわからないけど、きっとそう思ったと思うわ。

「でも、よく見れば人間なのよね。少なくとも、エルフじゃないことは確かよ。あと、見た目通りの年齢じゃないわね、きっと」

 そう思う根拠は、単純に私の長年の勘がそう言っている。
 日々いろんな人を見てきたから、わかるのよ。
 人間にしてはものすごい精霊の祝福を持っているし、魔法の才能がというより、きっとあれは知識ね。それが年齢に全然合わない。
 大人に変身した魔法だって、見たこともない術式であんな簡単にやってのけちゃうんだもの。
 他にも詰所で転移魔法を魔導具無しで使ったっていう報告もあったし、本当、騎士君すごすぎるわ。
 王宮魔術師が見たら、絶対捕獲される勢いで引き抜かれるわよ。

「こんなこと言うのもあれですけど……その子…まさか、魔導具破壊事件に関わってはいないですよね…?」

 シエルが不安そうな顔で言う。
 その言葉に少し戸惑った。

 魔導具破壊事件は、ここ半年の間に二十三件も起きているわ。
 魔導具が盗まれたり壊される事件は今まで少なからずあったけど、今回の事件は異常なの。
 まず壊されている魔導具のほとんどがオルデンの重要な機能を担っているものばかりなのよ。
 特に、守護魔法や保存魔法が込められたものばかり壊されているわ。
 最初は、他国による戦略的なものかと思ったんだけど、どうもそうではないみたいなのよね。
 日中に堂々と壊しすぎているし、街の人達が壊されるまで誰も気がつかないというところがおかしいわ。
 知らない人がいれば記憶に残るし、見つかったら隠蔽工作とかをするものだもの。
 それが一切無いし、むしろ魔導具を壊していくことを楽しんでいるように思えるわ。

 魔導具破壊事件の犯人は子どもと言われている。
 確かに、騎士君なら魔導具を簡単に壊せるかもしれない。

「…騎士君は…無関係だと思いたいわね。私がそう思いたいだけで、まだ断定できないわ」
「…そうですね。私も無関係だと思いたいです」

 冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、思った以上に苦くておいしくないと思った。
 それは、私の心の中を表しているようだった。





 「妖精のかまど」を後にして、猫町通りを何気なく歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけたわ。
 気づかれないように後ろから勢いよくタックルすると、それは見事に前のめりになった。
 けど、一瞬で体勢を立て直して、こちらに振り返った。

「…エレナ…仕事中の騎士に何すんだよ」
「ぼーっとしてたジルディースが悪いのよ」
「…まあ、否定はしないな」

 ジルディースは、ため息をつきながらも、その顔は笑っていた。
 私が悪いと思っていない態度でも、ジルディースは何でもないように接してくれる。
 長く相棒を務めているから、お互いの信頼関係がそうさせている。
 それが少しだけうれしいと思っていることは内緒よ?

 あら?どうしてジルディースはこんなところにいるのかしら?
 ジルディースの今日の見回りは猫町通りではなかったはず。

 疑問をそのまま口にすると、苦い顔が返ってきた。

「アメジストさんに呼ばれたんだよ。エレナも暇なら来るか?」
「暇じゃないけど、行くわ」

 本当はこの後友達とディナーだけど、待ち合わせ時間までにはまだ余裕だわ。
 そういうわけで、ジルディースと一緒に「猫の瞳」に行くことにした。





 …はずだったんだけど。



『エレナ、そっちの路地裏から回り込め!』
『言われなくとも!』

 今私達は、猫町通りの路地裏で交戦中。
 どうしてそうなったかというと、ジルディースが路地裏付近に佇む変な魔力の子どもを見つけたから。
 最初は一人できょろきょろしていたから、迷子かと思って声を掛けたのよ。
 その瞬間、いきなり攻撃魔法が飛んできた。
 唐突な無詠唱でのかまいたち攻撃に、私達は躱すのが精一杯で一瞬何が起こったのかわからなかったわ。
 わかったのは、躱しきれなかったのか、頬に着いた切り傷。
 それを皮切りに、私達は子どもと交戦している。

「あのガキ、一体何なんだ!?魔法詠唱なしでここまで魔法が使えるものなのか?」

 路地裏の壁がかまいたちの風によって深く抉られていく。
 簡単な魔法のはずなのに、その威力は初級魔法のレベルじゃない。上級魔法に近い。
 交戦しているうちにどんどん路地裏の奥へと移動させられて、正直、こちらが圧倒的不利。
 大きな音を立てながら狭い路地を駆け抜けるかまいたちが邪魔をして、なかなか子どもに近づけない。
 それならと、この路地を知り尽くしている私達は、二手に分かれて子どもを挟み撃ちにしようと考えた。
 ジルディースがかまいたちの囮になっている間に、私が路地を回り道して子どもの背後を取る作戦だ。
 魔法さえ使えなくさせてしまえば、捕まえるのは簡単なはず。

『とりあえず、このかまいたちを止めないといけないわ。しっかり囮やるのよ!』
『わかってる!』

 目の動きでそう言い合い、私達は作戦を実行に移した。
 子どもの視線がジルディースに向いていることを確認して、急いで路地の脇道を駆け抜ける。
 オルデンの街は、こういった路地道が蜘蛛の巣のように繋がっている。
 知らない人が入れば迷宮だけど、慣れてる人間からすればこんなに便利な道はないわ。

 難無く子どもの背後を取ると、すかさず拘束魔法をかける。
 その刹那、子どもは私を振り返って、笑った。


「へえ?この程度?」


 大きな爆風が子どもから発せられ、一瞬で壁に打ち付けられた。
 突然の衝撃に受け身がうまく取れず、痛みで息が詰まって咽返る。

 これはまずいわ。骨が何本か折れてるかも…。

 ジルディースも、さっきの爆風で吹き飛ばされて地面に俯せに倒れていた。
 ひどい怪我に見えるけど…魔力の輝きは強い。大丈夫、生きてる。

 途切れそうになる意識の中、ぼやける視界でジルディースから視線を左に移せば、子どもがくすくすと笑いながら立っていた。
 その目は、深い闇の底のような黒色をしていた。

「うーん…このまま消しちゃってもいいけど…君達、クリスと仲がいいんだよね?」

 そう言いながら近寄ってくる子どもは、もうただの子どもとは思えなかった。
 背中から生える漆黒の翼。
 それは羽根と言うよりも、とろりと水面を波打つ実体のない影のようなものだった。

「僕、クリスが欲しいから、餌として君達を連れて行くことにするよ」

 にっこりと笑って、そう楽しそうに言う子どもの姿をした悪魔。
 どこか逆らえない雰囲気を纏った目の前の存在は、今、なんて言った?

 クリスが欲しいから。

 なんてことなの、クリスちゃんの知り合い?
 いいえ。こんな物言いをするってことは、知り合いというより一方的な一種の狂気によるものかもしれない。

 そう考えている間に、その黒の存在は私の前までやってくる。
 これは、本当にまずいわ。
 痛みと詰まりそうになる呼吸で動けない私に手がかざされた。
 その後ろで、ジルディースが動くのが見えた。

 ああ、よかった。それでこそジルディースよ。

「こ、っの!誰が行くかぁ!!」

 そう叫んだ瞬間、ジルディースの光魔法が子どもの周りを囲むように炸裂した。
 普通なら死ぬくらいの威力の魔法。




 私の意識は、そこで途切れてしまった。



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