41 / 87
第1章 ◆ はじまりと出会いと
41. まだ知らない存在
しおりを挟む
こんにちは。私はオルデン専属騎士団第三部隊のエレナ。
見た目は人間みたいだけど、ランドエルフっていう種族のエルフよ。
騎士団の仕事は多岐にわたるわ。
街の治安を守るのはもちろん、街の人達の相談に乗ったり、お手伝いをしたりしているの。
イベントや防災訓練なども積極的に街の人達と協力し合うから、私にとって街の人達は身近で家族のようなものね。
そんな騎士団の仕事もお休みの日だってある。
今日は、やっと順番が回ってきた非番の日。久しぶりの全日非番で、通い慣れた喫茶店「妖精のかまど」でゆっくりしているところよ。
「クリスちゃんは無事にお買い物できたかしら?」
ぽつりと呟いたのは、先週のフリーマーケットがあった日のこと。
クリスちゃんが騎士君とお買い物デートしてたのよね。
ふふ、あの時はからかっちゃったけど、本当にデートだと思ったのよ?
「…クリスちゃんとは…あのお花の髪ゴムをした女の子ですか?」
「あら?憶えてたの?」
コーヒーのおかわりを持ってきた店員がテーブルにそれを置いて、クリスちゃんのことを訊いてきた。
この店員…シエルは、実は私と同じランドエルフで、この「妖精のかまど」で一番長く働いているベテランよ。
長年の付き合いだから、時間があればときどきこうやって世間話もするわ。
どうやらクリスちゃん達は無事にこの猫町通りに着いて、お昼ごはんもここで食べられたみたいね。安心したわ。
「ええ。三度来てくれたので。それに、あの子の魔力、珍しいですから」
シエルは少し苦笑いをしながら、飲み終ったカップを下げてくれた。
「そうね。私は初めて見たわよ、あんな魔力」
魔力を見ることができるエルフは、その人の人となりが直感でわかる。
魔力の輝きを見るのは、実は人間かエルフかを見分けるためだけではないの。
「クリスちゃんには言わなかったけど…エルフは魔力の輝きでその人に授けられた精霊の祝福がわかるのよね」
「ええ。でも、あの子には全くその輝きがなかった…」
この世界に生きるものすべてには精霊の祝福があり、それによって役割を担っているわ。
精霊の祝福というのは、わかりやすく言うと、その人の才能や能力のことよ。
私達は精霊から世界の秩序と流れを守る義務を負っている。
それを果たすために様々な祝福が与えられているの。
それは、一つだけの人もいるし、たくさん持っている人もいる。
そう、必ず誰しもが持っているものなの。
精霊の祝福を持たない、それはすなわち死んでいるようなもの。
まあ、魔力の輝きが見えないだけでは、祝福がないとは断言できないんだけどね。
例外もあるって、昔おばあ様から聞いたことがあるわ。
そうよ、クリスちゃんはその珍しい例なだけ。
あんなに温かくて癒される子が生きていない者であるはずがないじゃない。
嫌な考えを頭から追い出して、カップを下げにカウンターへ戻ったシエルに話しかける。
この時間はもうお客さんが疎らだし、少しおしゃべりに付き合ってもらおう。
シエルも苦笑いでため息をつきつつ、アルバイトの女の子に一声かけてエプロンを外した。私のおしゃべりに付き合ってくれる合図よ。
「クリスちゃんの様子、どうだった?妙に大人びてたでしょう?子どものような面もたくさんあるけどね」
少し得意げに訊くと、シエルは苦笑しながら向かいの椅子に座った。
「あまりその子のことは知りませんが、確かに子どものような幼さの中に大人っぽさもありますね。一緒にいたあの男の子とヴェルトミールの歴史を楽しげに語り合っていましたよ」
「ええっ?」
楽しげにって…クリスちゃんってまだ七歳なのよね?
ヴェルトミールの歴史を語り合う子どもなんて見たことないわよ。
騎士君、デートなのよ?もっと気の利いた会話しなさい。
「男の子の方はすごい魔力でしたね。輝きすぎて、店に入って来たときは思わず目を逸らしてしまいましたよ」
「そうなのよ。あの騎士君、すごい輝きを持ってるわよね?最初クリスちゃんの傍にいた時、クリスちゃんの契約精霊か何かかと思ったくらいだもの」
そう、あの時。クリスちゃんと詰所で会ったとき、騎士君の存在に気がつかなかったわけじゃないの。
魔力の輝きがあまりにも人間離れしすぎていて、精霊かと思ったのよ。
一緒にいたジルディースはどう見えていたかはわからないけど、きっとそう思ったと思うわ。
「でも、よく見れば人間なのよね。少なくとも、エルフじゃないことは確かよ。あと、見た目通りの年齢じゃないわね、きっと」
そう思う根拠は、単純に私の長年の勘がそう言っている。
日々いろんな人を見てきたから、わかるのよ。
人間にしてはものすごい精霊の祝福を持っているし、魔法の才能がというより、きっとあれは知識ね。それが年齢に全然合わない。
大人に変身した魔法だって、見たこともない術式であんな簡単にやってのけちゃうんだもの。
他にも詰所で転移魔法を魔導具無しで使ったっていう報告もあったし、本当、騎士君すごすぎるわ。
王宮魔術師が見たら、絶対捕獲される勢いで引き抜かれるわよ。
「こんなこと言うのもあれですけど……その子…まさか、魔導具破壊事件に関わってはいないですよね…?」
シエルが不安そうな顔で言う。
その言葉に少し戸惑った。
魔導具破壊事件は、ここ半年の間に二十三件も起きているわ。
魔導具が盗まれたり壊される事件は今まで少なからずあったけど、今回の事件は異常なの。
まず壊されている魔導具のほとんどがオルデンの重要な機能を担っているものばかりなのよ。
特に、守護魔法や保存魔法が込められたものばかり壊されているわ。
最初は、他国による戦略的なものかと思ったんだけど、どうもそうではないみたいなのよね。
日中に堂々と壊しすぎているし、街の人達が壊されるまで誰も気がつかないというところがおかしいわ。
知らない人がいれば記憶に残るし、見つかったら隠蔽工作とかをするものだもの。
それが一切無いし、むしろ魔導具を壊していくことを楽しんでいるように思えるわ。
魔導具破壊事件の犯人は子どもと言われている。
確かに、騎士君なら魔導具を簡単に壊せるかもしれない。
「…騎士君は…無関係だと思いたいわね。私がそう思いたいだけで、まだ断定できないわ」
「…そうですね。私も無関係だと思いたいです」
冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、思った以上に苦くておいしくないと思った。
それは、私の心の中を表しているようだった。
「妖精のかまど」を後にして、猫町通りを何気なく歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけたわ。
気づかれないように後ろから勢いよくタックルすると、それは見事に前のめりになった。
けど、一瞬で体勢を立て直して、こちらに振り返った。
「…エレナ…仕事中の騎士に何すんだよ」
「ぼーっとしてたジルディースが悪いのよ」
「…まあ、否定はしないな」
ジルディースは、ため息をつきながらも、その顔は笑っていた。
私が悪いと思っていない態度でも、ジルディースは何でもないように接してくれる。
長く相棒を務めているから、お互いの信頼関係がそうさせている。
それが少しだけうれしいと思っていることは内緒よ?
あら?どうしてジルディースはこんなところにいるのかしら?
ジルディースの今日の見回りは猫町通りではなかったはず。
疑問をそのまま口にすると、苦い顔が返ってきた。
「アメジストさんに呼ばれたんだよ。エレナも暇なら来るか?」
「暇じゃないけど、行くわ」
本当はこの後友達とディナーだけど、待ち合わせ時間までにはまだ余裕だわ。
そういうわけで、ジルディースと一緒に「猫の瞳」に行くことにした。
…はずだったんだけど。
『エレナ、そっちの路地裏から回り込め!』
『言われなくとも!』
今私達は、猫町通りの路地裏で交戦中。
どうしてそうなったかというと、ジルディースが路地裏付近に佇む変な魔力の子どもを見つけたから。
最初は一人できょろきょろしていたから、迷子かと思って声を掛けたのよ。
その瞬間、いきなり攻撃魔法が飛んできた。
唐突な無詠唱でのかまいたち攻撃に、私達は躱すのが精一杯で一瞬何が起こったのかわからなかったわ。
わかったのは、躱しきれなかったのか、頬に着いた切り傷。
それを皮切りに、私達は子どもと交戦している。
「あのガキ、一体何なんだ!?魔法詠唱なしでここまで魔法が使えるものなのか?」
路地裏の壁がかまいたちの風によって深く抉られていく。
簡単な魔法のはずなのに、その威力は初級魔法のレベルじゃない。上級魔法に近い。
交戦しているうちにどんどん路地裏の奥へと移動させられて、正直、こちらが圧倒的不利。
大きな音を立てながら狭い路地を駆け抜けるかまいたちが邪魔をして、なかなか子どもに近づけない。
それならと、この路地を知り尽くしている私達は、二手に分かれて子どもを挟み撃ちにしようと考えた。
ジルディースがかまいたちの囮になっている間に、私が路地を回り道して子どもの背後を取る作戦だ。
魔法さえ使えなくさせてしまえば、捕まえるのは簡単なはず。
『とりあえず、このかまいたちを止めないといけないわ。しっかり囮やるのよ!』
『わかってる!』
目の動きでそう言い合い、私達は作戦を実行に移した。
子どもの視線がジルディースに向いていることを確認して、急いで路地の脇道を駆け抜ける。
オルデンの街は、こういった路地道が蜘蛛の巣のように繋がっている。
知らない人が入れば迷宮だけど、慣れてる人間からすればこんなに便利な道はないわ。
難無く子どもの背後を取ると、すかさず拘束魔法をかける。
その刹那、子どもは私を振り返って、笑った。
「へえ?この程度?」
大きな爆風が子どもから発せられ、一瞬で壁に打ち付けられた。
突然の衝撃に受け身がうまく取れず、痛みで息が詰まって咽返る。
これはまずいわ。骨が何本か折れてるかも…。
ジルディースも、さっきの爆風で吹き飛ばされて地面に俯せに倒れていた。
ひどい怪我に見えるけど…魔力の輝きは強い。大丈夫、生きてる。
途切れそうになる意識の中、ぼやける視界でジルディースから視線を左に移せば、子どもがくすくすと笑いながら立っていた。
その目は、深い闇の底のような黒色をしていた。
「うーん…このまま消しちゃってもいいけど…君達、クリスと仲がいいんだよね?」
そう言いながら近寄ってくる子どもは、もうただの子どもとは思えなかった。
背中から生える漆黒の翼。
それは羽根と言うよりも、とろりと水面を波打つ実体のない影のようなものだった。
「僕、クリスが欲しいから、餌として君達を連れて行くことにするよ」
にっこりと笑って、そう楽しそうに言う子どもの姿をした悪魔。
どこか逆らえない雰囲気を纏った目の前の存在は、今、なんて言った?
クリスが欲しいから。
なんてことなの、クリスちゃんの知り合い?
いいえ。こんな物言いをするってことは、知り合いというより一方的な一種の狂気によるものかもしれない。
そう考えている間に、その黒の存在は私の前までやってくる。
これは、本当にまずいわ。
痛みと詰まりそうになる呼吸で動けない私に手がかざされた。
その後ろで、ジルディースが動くのが見えた。
ああ、よかった。それでこそジルディースよ。
「こ、っの!誰が行くかぁ!!」
そう叫んだ瞬間、ジルディースの光魔法が子どもの周りを囲むように炸裂した。
普通なら死ぬくらいの威力の魔法。
私の意識は、そこで途切れてしまった。
見た目は人間みたいだけど、ランドエルフっていう種族のエルフよ。
騎士団の仕事は多岐にわたるわ。
街の治安を守るのはもちろん、街の人達の相談に乗ったり、お手伝いをしたりしているの。
イベントや防災訓練なども積極的に街の人達と協力し合うから、私にとって街の人達は身近で家族のようなものね。
そんな騎士団の仕事もお休みの日だってある。
今日は、やっと順番が回ってきた非番の日。久しぶりの全日非番で、通い慣れた喫茶店「妖精のかまど」でゆっくりしているところよ。
「クリスちゃんは無事にお買い物できたかしら?」
ぽつりと呟いたのは、先週のフリーマーケットがあった日のこと。
クリスちゃんが騎士君とお買い物デートしてたのよね。
ふふ、あの時はからかっちゃったけど、本当にデートだと思ったのよ?
「…クリスちゃんとは…あのお花の髪ゴムをした女の子ですか?」
「あら?憶えてたの?」
コーヒーのおかわりを持ってきた店員がテーブルにそれを置いて、クリスちゃんのことを訊いてきた。
この店員…シエルは、実は私と同じランドエルフで、この「妖精のかまど」で一番長く働いているベテランよ。
長年の付き合いだから、時間があればときどきこうやって世間話もするわ。
どうやらクリスちゃん達は無事にこの猫町通りに着いて、お昼ごはんもここで食べられたみたいね。安心したわ。
「ええ。三度来てくれたので。それに、あの子の魔力、珍しいですから」
シエルは少し苦笑いをしながら、飲み終ったカップを下げてくれた。
「そうね。私は初めて見たわよ、あんな魔力」
魔力を見ることができるエルフは、その人の人となりが直感でわかる。
魔力の輝きを見るのは、実は人間かエルフかを見分けるためだけではないの。
「クリスちゃんには言わなかったけど…エルフは魔力の輝きでその人に授けられた精霊の祝福がわかるのよね」
「ええ。でも、あの子には全くその輝きがなかった…」
この世界に生きるものすべてには精霊の祝福があり、それによって役割を担っているわ。
精霊の祝福というのは、わかりやすく言うと、その人の才能や能力のことよ。
私達は精霊から世界の秩序と流れを守る義務を負っている。
それを果たすために様々な祝福が与えられているの。
それは、一つだけの人もいるし、たくさん持っている人もいる。
そう、必ず誰しもが持っているものなの。
精霊の祝福を持たない、それはすなわち死んでいるようなもの。
まあ、魔力の輝きが見えないだけでは、祝福がないとは断言できないんだけどね。
例外もあるって、昔おばあ様から聞いたことがあるわ。
そうよ、クリスちゃんはその珍しい例なだけ。
あんなに温かくて癒される子が生きていない者であるはずがないじゃない。
嫌な考えを頭から追い出して、カップを下げにカウンターへ戻ったシエルに話しかける。
この時間はもうお客さんが疎らだし、少しおしゃべりに付き合ってもらおう。
シエルも苦笑いでため息をつきつつ、アルバイトの女の子に一声かけてエプロンを外した。私のおしゃべりに付き合ってくれる合図よ。
「クリスちゃんの様子、どうだった?妙に大人びてたでしょう?子どものような面もたくさんあるけどね」
少し得意げに訊くと、シエルは苦笑しながら向かいの椅子に座った。
「あまりその子のことは知りませんが、確かに子どものような幼さの中に大人っぽさもありますね。一緒にいたあの男の子とヴェルトミールの歴史を楽しげに語り合っていましたよ」
「ええっ?」
楽しげにって…クリスちゃんってまだ七歳なのよね?
ヴェルトミールの歴史を語り合う子どもなんて見たことないわよ。
騎士君、デートなのよ?もっと気の利いた会話しなさい。
「男の子の方はすごい魔力でしたね。輝きすぎて、店に入って来たときは思わず目を逸らしてしまいましたよ」
「そうなのよ。あの騎士君、すごい輝きを持ってるわよね?最初クリスちゃんの傍にいた時、クリスちゃんの契約精霊か何かかと思ったくらいだもの」
そう、あの時。クリスちゃんと詰所で会ったとき、騎士君の存在に気がつかなかったわけじゃないの。
魔力の輝きがあまりにも人間離れしすぎていて、精霊かと思ったのよ。
一緒にいたジルディースはどう見えていたかはわからないけど、きっとそう思ったと思うわ。
「でも、よく見れば人間なのよね。少なくとも、エルフじゃないことは確かよ。あと、見た目通りの年齢じゃないわね、きっと」
そう思う根拠は、単純に私の長年の勘がそう言っている。
日々いろんな人を見てきたから、わかるのよ。
人間にしてはものすごい精霊の祝福を持っているし、魔法の才能がというより、きっとあれは知識ね。それが年齢に全然合わない。
大人に変身した魔法だって、見たこともない術式であんな簡単にやってのけちゃうんだもの。
他にも詰所で転移魔法を魔導具無しで使ったっていう報告もあったし、本当、騎士君すごすぎるわ。
王宮魔術師が見たら、絶対捕獲される勢いで引き抜かれるわよ。
「こんなこと言うのもあれですけど……その子…まさか、魔導具破壊事件に関わってはいないですよね…?」
シエルが不安そうな顔で言う。
その言葉に少し戸惑った。
魔導具破壊事件は、ここ半年の間に二十三件も起きているわ。
魔導具が盗まれたり壊される事件は今まで少なからずあったけど、今回の事件は異常なの。
まず壊されている魔導具のほとんどがオルデンの重要な機能を担っているものばかりなのよ。
特に、守護魔法や保存魔法が込められたものばかり壊されているわ。
最初は、他国による戦略的なものかと思ったんだけど、どうもそうではないみたいなのよね。
日中に堂々と壊しすぎているし、街の人達が壊されるまで誰も気がつかないというところがおかしいわ。
知らない人がいれば記憶に残るし、見つかったら隠蔽工作とかをするものだもの。
それが一切無いし、むしろ魔導具を壊していくことを楽しんでいるように思えるわ。
魔導具破壊事件の犯人は子どもと言われている。
確かに、騎士君なら魔導具を簡単に壊せるかもしれない。
「…騎士君は…無関係だと思いたいわね。私がそう思いたいだけで、まだ断定できないわ」
「…そうですね。私も無関係だと思いたいです」
冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、思った以上に苦くておいしくないと思った。
それは、私の心の中を表しているようだった。
「妖精のかまど」を後にして、猫町通りを何気なく歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけたわ。
気づかれないように後ろから勢いよくタックルすると、それは見事に前のめりになった。
けど、一瞬で体勢を立て直して、こちらに振り返った。
「…エレナ…仕事中の騎士に何すんだよ」
「ぼーっとしてたジルディースが悪いのよ」
「…まあ、否定はしないな」
ジルディースは、ため息をつきながらも、その顔は笑っていた。
私が悪いと思っていない態度でも、ジルディースは何でもないように接してくれる。
長く相棒を務めているから、お互いの信頼関係がそうさせている。
それが少しだけうれしいと思っていることは内緒よ?
あら?どうしてジルディースはこんなところにいるのかしら?
ジルディースの今日の見回りは猫町通りではなかったはず。
疑問をそのまま口にすると、苦い顔が返ってきた。
「アメジストさんに呼ばれたんだよ。エレナも暇なら来るか?」
「暇じゃないけど、行くわ」
本当はこの後友達とディナーだけど、待ち合わせ時間までにはまだ余裕だわ。
そういうわけで、ジルディースと一緒に「猫の瞳」に行くことにした。
…はずだったんだけど。
『エレナ、そっちの路地裏から回り込め!』
『言われなくとも!』
今私達は、猫町通りの路地裏で交戦中。
どうしてそうなったかというと、ジルディースが路地裏付近に佇む変な魔力の子どもを見つけたから。
最初は一人できょろきょろしていたから、迷子かと思って声を掛けたのよ。
その瞬間、いきなり攻撃魔法が飛んできた。
唐突な無詠唱でのかまいたち攻撃に、私達は躱すのが精一杯で一瞬何が起こったのかわからなかったわ。
わかったのは、躱しきれなかったのか、頬に着いた切り傷。
それを皮切りに、私達は子どもと交戦している。
「あのガキ、一体何なんだ!?魔法詠唱なしでここまで魔法が使えるものなのか?」
路地裏の壁がかまいたちの風によって深く抉られていく。
簡単な魔法のはずなのに、その威力は初級魔法のレベルじゃない。上級魔法に近い。
交戦しているうちにどんどん路地裏の奥へと移動させられて、正直、こちらが圧倒的不利。
大きな音を立てながら狭い路地を駆け抜けるかまいたちが邪魔をして、なかなか子どもに近づけない。
それならと、この路地を知り尽くしている私達は、二手に分かれて子どもを挟み撃ちにしようと考えた。
ジルディースがかまいたちの囮になっている間に、私が路地を回り道して子どもの背後を取る作戦だ。
魔法さえ使えなくさせてしまえば、捕まえるのは簡単なはず。
『とりあえず、このかまいたちを止めないといけないわ。しっかり囮やるのよ!』
『わかってる!』
目の動きでそう言い合い、私達は作戦を実行に移した。
子どもの視線がジルディースに向いていることを確認して、急いで路地の脇道を駆け抜ける。
オルデンの街は、こういった路地道が蜘蛛の巣のように繋がっている。
知らない人が入れば迷宮だけど、慣れてる人間からすればこんなに便利な道はないわ。
難無く子どもの背後を取ると、すかさず拘束魔法をかける。
その刹那、子どもは私を振り返って、笑った。
「へえ?この程度?」
大きな爆風が子どもから発せられ、一瞬で壁に打ち付けられた。
突然の衝撃に受け身がうまく取れず、痛みで息が詰まって咽返る。
これはまずいわ。骨が何本か折れてるかも…。
ジルディースも、さっきの爆風で吹き飛ばされて地面に俯せに倒れていた。
ひどい怪我に見えるけど…魔力の輝きは強い。大丈夫、生きてる。
途切れそうになる意識の中、ぼやける視界でジルディースから視線を左に移せば、子どもがくすくすと笑いながら立っていた。
その目は、深い闇の底のような黒色をしていた。
「うーん…このまま消しちゃってもいいけど…君達、クリスと仲がいいんだよね?」
そう言いながら近寄ってくる子どもは、もうただの子どもとは思えなかった。
背中から生える漆黒の翼。
それは羽根と言うよりも、とろりと水面を波打つ実体のない影のようなものだった。
「僕、クリスが欲しいから、餌として君達を連れて行くことにするよ」
にっこりと笑って、そう楽しそうに言う子どもの姿をした悪魔。
どこか逆らえない雰囲気を纏った目の前の存在は、今、なんて言った?
クリスが欲しいから。
なんてことなの、クリスちゃんの知り合い?
いいえ。こんな物言いをするってことは、知り合いというより一方的な一種の狂気によるものかもしれない。
そう考えている間に、その黒の存在は私の前までやってくる。
これは、本当にまずいわ。
痛みと詰まりそうになる呼吸で動けない私に手がかざされた。
その後ろで、ジルディースが動くのが見えた。
ああ、よかった。それでこそジルディースよ。
「こ、っの!誰が行くかぁ!!」
そう叫んだ瞬間、ジルディースの光魔法が子どもの周りを囲むように炸裂した。
普通なら死ぬくらいの威力の魔法。
私の意識は、そこで途切れてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが
初
ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
精霊に愛される(呪いにもにた愛)少女~全属性の加護を貰う~
如月花恋
ファンタジー
今この世界にはたくさんの精霊がいる
その精霊達から生まれた瞬間に加護を貰う
稀に2つ以上の属性の2体の精霊から加護を貰うことがある
まぁ大体は親の属性を受け継ぐのだが…
だが…全属性の加護を貰うなど不可能とされてきた…
そんな時に生まれたシャルロッテ
全属性の加護を持つ少女
いったいこれからどうなるのか…
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる