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第1章 ◆ はじまりと出会いと
40. ドキドキなおでかけ⑤
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アメジストさんは、いくつかのデザイン画を見せてくれました。
実はお店のアクセサリーもアメジストさんがデザインしているそうで、どれも私の好みです。
デザインは、綺麗な花を模ったフレームやガラスがモザイクに散りばめられて虹色に輝くように計算されたもの、太陽と月が模られた、ちょっと大人っぽいものなどがありました。
どれもきれいでかわいくて、目移りしてしまいます。
その中で、ふと目に留まったのは蝶のデザインをしたものでした。
羽根を広げた蝶のモチーフの後ろに細い鎖が通してあって、その鎖の両端の先には小さなお花がついてました。
それは、ペンダントやネックレスにしてはあまり見たことのない仕様のもので、普通、ネックレスと言えば首の後ろに鎖の留め具があるものですが、このデザインは鎖の両端が垂れ下がるようになっているものでした。
どうやら、蝶を動かすことによって鎖の長さを調節できるようになっているようです。
蝶のデザイン…ポーチとお揃いになっていいかも。
うん!着けない時は、蝶のポーチに大事にしまおう!
「アメジストさん、この蝶のデザインがいいです!」
「こちらのデザインですにゃね。ふふ、これは私も気に入っているデザインですにゃん。この鎖が不安でしたら、千切れにくい素材のものに変更できますが、どうされますかにゃ?」
「お願いします!」
「かしこまりましたにゃ」
アメジストさんは、また書類に何かを書き出しています。
さっきからこの書類を見ていますが、何が書かれているのかさっぱりわかりません。
今使われている文字や古代文字とは違う、不思議な文字です。
「それでは、クリス様、ミラージュガラスから石を取り出してくださいませにゃ」
「あ、そうだった」
魔宝石をミラージュガラスに入れたままだったことを言われて思い出しました。
アメジストさんに取り出し方を教えてもらって、ポーチに戻します。
取り出す手順はとっても簡単で、「サルース」と言って手をかざすと、手の中に戻ってきました。
「次にクリス様、この書類をご確認くださいませにゃ。間違いがなければ、サインをくださいにゃん」
さっきまでアメジストさんが書いていた書類を渡されます。
一瞬戸惑いましたが、書類に目を通すと何故か読めてしまいました。
あれ?さっきまで不思議な文字で読めなかったのに…?
とりあえず、内容を全部読んで間違いがなかったので、最後のサインの欄に自分の名前を書いてアメジストさんに渡しました。
「はい、ありがとうございますにゃ。これで注文を承りましたにゃ。完成次第スカイメッセンジャーでお届けしますにゃん」
「ありがとうございます。あ、代金は…」
お財布が入ったポーチに手をかけると、アメジストさんがそれを制止します。
「代金は、すでにクリス様の母君からいただいておりますにゃ。」
「えっ?お母さんが?」
えええっ!?いつの間に払ってくれたんだろう?
びっくりしていると、アメジストさんがくすくすと笑いながら言いました。
「今朝、クリス様の母君にクリス様がお世話になるとお手紙をいただいておりましたにゃん。その時に買い物するであろう代金を十分にいただいておりますにゃ」
「そ、そうだったんだ…」
お母さん、アメジストさんに連絡してくれてたんだ。
一緒に買い物に行けなかったけど、ちゃんと私が買い物できるようにしてくれてた。
帰ったら、いっぱいお母さんにありがとうって言おう。
そう思っていたら、アメジストさんが扉の方へ視線を向けます。
それにはっとして振り向けば、ライゼンさんが扉にもたれかかっていました。
その目は閉じられていて、眠っているのか起きているのかわかりません。
「わわっ、すごく待たせちゃったかな!?」
「ふふふ、ライゼン様は相変わらずですにゃん」
「アメジストさん、ライゼンさんと知り合いなんですか?」
「ええ。久しぶりにこの街でお会いした時は驚きましたにゃ」
そう言って、アメジストさんは懐かしそうな目をして笑いました。
久しぶりにって…ライゼンさんはそれまで別の街に行ってたってことかな?
「さあ、クリス様。ライゼン様のもとへ行ってあげてくださいにゃん」
「うん、ありがとうございました。ミラージュガラスのペンダント、楽しみにしてます」
アメジストさんに挨拶をして、駆け足でライゼンさんの元に戻ると、閉じられていた目がゆっくりと開きます。
金色の目が私の姿を映すと、とろりとはちみつのように甘くなったような気がしました。
それはまるで演劇のワンシーンを見ているようで、じんわり頬が熱くなります。
「…終わったか?」
「はい。お待たせしてしまってすみません」
「いや。出ようか」
ライゼンさんは、もたれていた扉から体を動かして、扉を開けてくれます。
店から出るときにカウンターの方へ振り返れば、アメジストさんがとてもびっくりした顔をしていました。
そのまま扉が閉まってしまったので、どうしてあんなにびっくりしていたのかわからないまま、店を後にしました。
今度会った時に訊けばいいかな?
「クリス、これからどうする?」
「そうですね…中途半端な時間ですし…」
時間は三時前。
このまま帰る時間までブラブラと通りを歩いてもいいし、お茶するのもいいかもしれない。
でもお茶となると、この通りには「妖精のかまど」しかありません。もう一度行くのはちょっと抵抗があるかも…。
かと言って他のお店に行くにしても、他の通りまで行ったら時間が無くなっちゃうし…むむむ。
ぐるぐると考えていたら、ライゼンさんが提案してきました。
「…そうだ、クリス。魔導具の本を貸す約束をしていたな。私の部屋に来るか?」
「っ!はい!」
わーい!魔導具の本!やっと読める!楽しみー!
ライゼンさんの部屋で!
…
……
………
え?
楽しみにしていた魔導具の本を貸してもらえることに気を取られすぎて、後に続いた言葉を理解するのが遅れました。
「そうか。行こう」
ライゼンさんは私の肩を抱き寄せて、転移魔法を展開させました。
またもや突然の展開に、声も出ませんでした。
「ここだ」
「ここって……?」
目を開ければ、どこかの森の中に立っていました。
さわさわと樹が騒ぐ音と、どこかで鳥の鳴き声がします。
普通の森のように見えて、そうではないと思いました。
この森の雰囲気、なんだか「深霧の森」に似ているような気がしたから。
「ここはグランツ学園の魔導具研究科の敷地よりもっと西にある森だ」
転移魔法でやってきた場所は、グランツ学園の敷地内の森でした。
ライゼンさんと並んで少し行くと、五階建ての古びた塔が見えてきました。
蔦や苔が塔の壁に生えていて、誰も手入れをしていない塔だとわかります。
ライゼンさんは、いつの間にか私と手を繋いでいて、塔の扉に繋いでない方の手をかざしました。
すると、繋いだ手から何かが流れてきたような気がしました。
それは、あの図書室で会った男の子に魔力が流れたような感覚。
その感覚が私に入ってきたような気がしました。
もしかして…ライゼンさんの魔力…?
繋いだ手をじっと見つめていると、ライゼンさんが気がついて説明してくれました。
「この塔は、師と下宿しているところだ。許可を得た者にしか入れないようにしている」
「あ。じゃあ、今のはライゼンさんが許可のために私に魔力を流したんですか?」
ライゼンさんは、ちょっとだけ目を見開きました。
それに首を傾げると、すぐに元の表情に戻って、答えの代わりに塔の中へと誘導されました。
「…入れ。お茶とお菓子を用意する」
「あ、ありがとうございます」
中に入ってみると、信じられない光景が目に飛び込んできました。
三階くらいまで吹き抜けになった壁には一面の本棚。
高いところの本は真ん中の螺旋階段から規則的に延びている廊下を使うか、空中艇に乗って取りに行けるようになっているようです。
一階部分にあたるフロアは、大きな作業台が四隅と真ん中に1つずつ設置されていました。
それぞれ作業台の周りには、いろんな研究道具や本がきれいに積まれていて、物はたくさんあるのに散らかっているように感じさせないのがすごいなと思いました。
外観からは想像できない内装に、思わずぽかんと口を開くしかありませんでした。
近くの大きなソファに座るように言われて、緊張気味にそっと座ります。
ライゼンさんは本棚を押して、その奥へと消えてしまいました。
何あれ、扉も本棚なの!?
本はもちろん、見たことのない道具や標本、大きな水晶、ところどころにドライフラワーや蔦の植木鉢もあって、いろんなものがこの塔には溢れていました。
そんなのわくわくせずにはいられませんよね?
ライゼンさんがティーセットとチョコレートケーキを持ってくる頃には、きょろきょろしすぎてライゼンさんに笑われてしまいました。
「ライゼンさんは、こんなにたくさんの本に囲まれて暮らしているんですね」
「ああ。ほとんど私のものだが、今は師が読んでいることが多いな」
「っえ!?」
今、さらりとものすごいことを聞いたような…?
ほとんど私のものって…この本はライゼンさんのものなの!?
びっくりしてライゼンさんを見つめていると、首を傾げられました。
「どうした?」
「いえ…あの…」
壁一面の本のほとんどがライゼンさんのものだと思うと、改めてすごい人と知り合いなんだなって緊張してしまいます。
そう思って何も言えないでいると、ライゼンさんは気がついたように席を立ちます。
「ああ、待っていろ。今持ってくる」
ライゼンさんは、螺旋階段の近くまで行くと数冊の本を乗せた台車を押してきました。
どうやら、私が早く本を読みたいのだと思ったようです。
「これらがクリスに貸したい本だ。最初は難しく思うかもしれないが、クリスなら読める。読み終ったら、また次の本を貸す」
台車から一冊の本を手渡されます。
本のタイトルは「魔導具の基礎<初級編>」と書いてありました。中身を見ると絵がたくさん描いてあって、私にもわかりやすいものでした。
すごい!魔導具ってこうやって作るんだ!
さっきまで緊張していたのが嘘みたいに本に夢中になって、気がつけば一冊分を読み終えてしまいました。
本は二百ページほどありましたが、気にならないくらい内容に集中していました。
私にもわかりやすい図解と解説に、こうやって魔導具が作られていくんだとわくわくしました。
本を閉じて顔を上げると、少し離れて椅子に座っていたライゼンさんも気がついて顔を上げます。
「読み終ったか?」
私が読んでいる間、ライゼンさんは声をかけず、コーヒーを飲んだり自分の課題をしたりして、読み終るのを待っていてくれたようでした。
なんだろう…こういう気遣いがうれしいな。
「はい。ありがとうございます。とてもおもしろかったです」
「…そうか」
ライゼンさんはふんわり微笑んでくれました。
それに釣られて、私も笑顔を返します。
「次の本を読むか?」
「…いえ。もう一度、この本読みたいです。いいですか?」
ライゼンさんは目を見開きましたが、小さく笑って頷いてくれました。
「何度も読むのはいいことだ。好きなだけ読むといい」
「うんっ!」
こうして、帰る時間になるまでライゼンさんが貸してくれた本を何度も読み返しました。
魔導具を見るだけでもいいと思っていたけど、こうやって作られていく過程を追っていくのも、とても楽しく興味深いものでした。
のちに、ライゼンさんが最初に貸してくれたこの本は、私にとって、とても大切な本の一冊となりました。
実はお店のアクセサリーもアメジストさんがデザインしているそうで、どれも私の好みです。
デザインは、綺麗な花を模ったフレームやガラスがモザイクに散りばめられて虹色に輝くように計算されたもの、太陽と月が模られた、ちょっと大人っぽいものなどがありました。
どれもきれいでかわいくて、目移りしてしまいます。
その中で、ふと目に留まったのは蝶のデザインをしたものでした。
羽根を広げた蝶のモチーフの後ろに細い鎖が通してあって、その鎖の両端の先には小さなお花がついてました。
それは、ペンダントやネックレスにしてはあまり見たことのない仕様のもので、普通、ネックレスと言えば首の後ろに鎖の留め具があるものですが、このデザインは鎖の両端が垂れ下がるようになっているものでした。
どうやら、蝶を動かすことによって鎖の長さを調節できるようになっているようです。
蝶のデザイン…ポーチとお揃いになっていいかも。
うん!着けない時は、蝶のポーチに大事にしまおう!
「アメジストさん、この蝶のデザインがいいです!」
「こちらのデザインですにゃね。ふふ、これは私も気に入っているデザインですにゃん。この鎖が不安でしたら、千切れにくい素材のものに変更できますが、どうされますかにゃ?」
「お願いします!」
「かしこまりましたにゃ」
アメジストさんは、また書類に何かを書き出しています。
さっきからこの書類を見ていますが、何が書かれているのかさっぱりわかりません。
今使われている文字や古代文字とは違う、不思議な文字です。
「それでは、クリス様、ミラージュガラスから石を取り出してくださいませにゃ」
「あ、そうだった」
魔宝石をミラージュガラスに入れたままだったことを言われて思い出しました。
アメジストさんに取り出し方を教えてもらって、ポーチに戻します。
取り出す手順はとっても簡単で、「サルース」と言って手をかざすと、手の中に戻ってきました。
「次にクリス様、この書類をご確認くださいませにゃ。間違いがなければ、サインをくださいにゃん」
さっきまでアメジストさんが書いていた書類を渡されます。
一瞬戸惑いましたが、書類に目を通すと何故か読めてしまいました。
あれ?さっきまで不思議な文字で読めなかったのに…?
とりあえず、内容を全部読んで間違いがなかったので、最後のサインの欄に自分の名前を書いてアメジストさんに渡しました。
「はい、ありがとうございますにゃ。これで注文を承りましたにゃ。完成次第スカイメッセンジャーでお届けしますにゃん」
「ありがとうございます。あ、代金は…」
お財布が入ったポーチに手をかけると、アメジストさんがそれを制止します。
「代金は、すでにクリス様の母君からいただいておりますにゃ。」
「えっ?お母さんが?」
えええっ!?いつの間に払ってくれたんだろう?
びっくりしていると、アメジストさんがくすくすと笑いながら言いました。
「今朝、クリス様の母君にクリス様がお世話になるとお手紙をいただいておりましたにゃん。その時に買い物するであろう代金を十分にいただいておりますにゃ」
「そ、そうだったんだ…」
お母さん、アメジストさんに連絡してくれてたんだ。
一緒に買い物に行けなかったけど、ちゃんと私が買い物できるようにしてくれてた。
帰ったら、いっぱいお母さんにありがとうって言おう。
そう思っていたら、アメジストさんが扉の方へ視線を向けます。
それにはっとして振り向けば、ライゼンさんが扉にもたれかかっていました。
その目は閉じられていて、眠っているのか起きているのかわかりません。
「わわっ、すごく待たせちゃったかな!?」
「ふふふ、ライゼン様は相変わらずですにゃん」
「アメジストさん、ライゼンさんと知り合いなんですか?」
「ええ。久しぶりにこの街でお会いした時は驚きましたにゃ」
そう言って、アメジストさんは懐かしそうな目をして笑いました。
久しぶりにって…ライゼンさんはそれまで別の街に行ってたってことかな?
「さあ、クリス様。ライゼン様のもとへ行ってあげてくださいにゃん」
「うん、ありがとうございました。ミラージュガラスのペンダント、楽しみにしてます」
アメジストさんに挨拶をして、駆け足でライゼンさんの元に戻ると、閉じられていた目がゆっくりと開きます。
金色の目が私の姿を映すと、とろりとはちみつのように甘くなったような気がしました。
それはまるで演劇のワンシーンを見ているようで、じんわり頬が熱くなります。
「…終わったか?」
「はい。お待たせしてしまってすみません」
「いや。出ようか」
ライゼンさんは、もたれていた扉から体を動かして、扉を開けてくれます。
店から出るときにカウンターの方へ振り返れば、アメジストさんがとてもびっくりした顔をしていました。
そのまま扉が閉まってしまったので、どうしてあんなにびっくりしていたのかわからないまま、店を後にしました。
今度会った時に訊けばいいかな?
「クリス、これからどうする?」
「そうですね…中途半端な時間ですし…」
時間は三時前。
このまま帰る時間までブラブラと通りを歩いてもいいし、お茶するのもいいかもしれない。
でもお茶となると、この通りには「妖精のかまど」しかありません。もう一度行くのはちょっと抵抗があるかも…。
かと言って他のお店に行くにしても、他の通りまで行ったら時間が無くなっちゃうし…むむむ。
ぐるぐると考えていたら、ライゼンさんが提案してきました。
「…そうだ、クリス。魔導具の本を貸す約束をしていたな。私の部屋に来るか?」
「っ!はい!」
わーい!魔導具の本!やっと読める!楽しみー!
ライゼンさんの部屋で!
…
……
………
え?
楽しみにしていた魔導具の本を貸してもらえることに気を取られすぎて、後に続いた言葉を理解するのが遅れました。
「そうか。行こう」
ライゼンさんは私の肩を抱き寄せて、転移魔法を展開させました。
またもや突然の展開に、声も出ませんでした。
「ここだ」
「ここって……?」
目を開ければ、どこかの森の中に立っていました。
さわさわと樹が騒ぐ音と、どこかで鳥の鳴き声がします。
普通の森のように見えて、そうではないと思いました。
この森の雰囲気、なんだか「深霧の森」に似ているような気がしたから。
「ここはグランツ学園の魔導具研究科の敷地よりもっと西にある森だ」
転移魔法でやってきた場所は、グランツ学園の敷地内の森でした。
ライゼンさんと並んで少し行くと、五階建ての古びた塔が見えてきました。
蔦や苔が塔の壁に生えていて、誰も手入れをしていない塔だとわかります。
ライゼンさんは、いつの間にか私と手を繋いでいて、塔の扉に繋いでない方の手をかざしました。
すると、繋いだ手から何かが流れてきたような気がしました。
それは、あの図書室で会った男の子に魔力が流れたような感覚。
その感覚が私に入ってきたような気がしました。
もしかして…ライゼンさんの魔力…?
繋いだ手をじっと見つめていると、ライゼンさんが気がついて説明してくれました。
「この塔は、師と下宿しているところだ。許可を得た者にしか入れないようにしている」
「あ。じゃあ、今のはライゼンさんが許可のために私に魔力を流したんですか?」
ライゼンさんは、ちょっとだけ目を見開きました。
それに首を傾げると、すぐに元の表情に戻って、答えの代わりに塔の中へと誘導されました。
「…入れ。お茶とお菓子を用意する」
「あ、ありがとうございます」
中に入ってみると、信じられない光景が目に飛び込んできました。
三階くらいまで吹き抜けになった壁には一面の本棚。
高いところの本は真ん中の螺旋階段から規則的に延びている廊下を使うか、空中艇に乗って取りに行けるようになっているようです。
一階部分にあたるフロアは、大きな作業台が四隅と真ん中に1つずつ設置されていました。
それぞれ作業台の周りには、いろんな研究道具や本がきれいに積まれていて、物はたくさんあるのに散らかっているように感じさせないのがすごいなと思いました。
外観からは想像できない内装に、思わずぽかんと口を開くしかありませんでした。
近くの大きなソファに座るように言われて、緊張気味にそっと座ります。
ライゼンさんは本棚を押して、その奥へと消えてしまいました。
何あれ、扉も本棚なの!?
本はもちろん、見たことのない道具や標本、大きな水晶、ところどころにドライフラワーや蔦の植木鉢もあって、いろんなものがこの塔には溢れていました。
そんなのわくわくせずにはいられませんよね?
ライゼンさんがティーセットとチョコレートケーキを持ってくる頃には、きょろきょろしすぎてライゼンさんに笑われてしまいました。
「ライゼンさんは、こんなにたくさんの本に囲まれて暮らしているんですね」
「ああ。ほとんど私のものだが、今は師が読んでいることが多いな」
「っえ!?」
今、さらりとものすごいことを聞いたような…?
ほとんど私のものって…この本はライゼンさんのものなの!?
びっくりしてライゼンさんを見つめていると、首を傾げられました。
「どうした?」
「いえ…あの…」
壁一面の本のほとんどがライゼンさんのものだと思うと、改めてすごい人と知り合いなんだなって緊張してしまいます。
そう思って何も言えないでいると、ライゼンさんは気がついたように席を立ちます。
「ああ、待っていろ。今持ってくる」
ライゼンさんは、螺旋階段の近くまで行くと数冊の本を乗せた台車を押してきました。
どうやら、私が早く本を読みたいのだと思ったようです。
「これらがクリスに貸したい本だ。最初は難しく思うかもしれないが、クリスなら読める。読み終ったら、また次の本を貸す」
台車から一冊の本を手渡されます。
本のタイトルは「魔導具の基礎<初級編>」と書いてありました。中身を見ると絵がたくさん描いてあって、私にもわかりやすいものでした。
すごい!魔導具ってこうやって作るんだ!
さっきまで緊張していたのが嘘みたいに本に夢中になって、気がつけば一冊分を読み終えてしまいました。
本は二百ページほどありましたが、気にならないくらい内容に集中していました。
私にもわかりやすい図解と解説に、こうやって魔導具が作られていくんだとわくわくしました。
本を閉じて顔を上げると、少し離れて椅子に座っていたライゼンさんも気がついて顔を上げます。
「読み終ったか?」
私が読んでいる間、ライゼンさんは声をかけず、コーヒーを飲んだり自分の課題をしたりして、読み終るのを待っていてくれたようでした。
なんだろう…こういう気遣いがうれしいな。
「はい。ありがとうございます。とてもおもしろかったです」
「…そうか」
ライゼンさんはふんわり微笑んでくれました。
それに釣られて、私も笑顔を返します。
「次の本を読むか?」
「…いえ。もう一度、この本読みたいです。いいですか?」
ライゼンさんは目を見開きましたが、小さく笑って頷いてくれました。
「何度も読むのはいいことだ。好きなだけ読むといい」
「うんっ!」
こうして、帰る時間になるまでライゼンさんが貸してくれた本を何度も読み返しました。
魔導具を見るだけでもいいと思っていたけど、こうやって作られていく過程を追っていくのも、とても楽しく興味深いものでした。
のちに、ライゼンさんが最初に貸してくれたこの本は、私にとって、とても大切な本の一冊となりました。
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