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第1章 ◆ はじまりと出会いと
44. 校外学習①
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「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、いってきまーす!」
リビングにいた家族みんなに声をかけて、うきうき気分で家を飛び出します。
今日は待ちに待った校外学習一日目!
クロードお兄ちゃんとは、出発直前の時間に合流することになっています。
「いってらっしゃい」と言う言葉を背に、急いで馬車の停留所に行きました。
停留所にはもう馬車が停まっていて、御者のおじさんがお客さんの荷物を積むのを手伝っていました。
「おはようございます!」
「おおぅ、おはよう、クリス」
「おはよう、クリス。早いわね」
「おはよう~」
挨拶をすれば、御者さんもお客さんもみんな口々に返してくれました。
荷物を積むのをちょっとだけ手伝って、時間どおり馬車は出発しました。
「ん?学校に行くにはまだ早い時間じゃないか?」
馬車に揺られていると、クロードお兄ちゃんの友達のシグさんに話しかけられました。
シグさんは、クロードお兄ちゃんの幼馴染で同じ自警団に入っています。
たまに家に遊びに来てくれて、ジルディースさんと雰囲気が似ている、さばさばしたお兄さんです。
今日は自警団の買出しでオルデンの武器屋さんまで行くそうです。
「あのね、今日から校外学習なんだ!」
「おお、それは楽しみだなー!」
「うん!」
シグさんと校外学習のことをお話ししていたら、あっという間にグランツ学園近くのバス停に着きます。
馬車を見送って、駆け足でグランツ学園の正門をくぐります。
これから行く新しい場所に、わくわくして仕方がありませんでした。
教室に入る前に、担任のリスト先生に呼び止められました。
まだホームルームの時間じゃないのに、どうしたんだろうと思っていると、両手に収まるくらいの小さな巾着袋を手渡されました。
「エヴァン先生から預かったものだ。困ったことが起きたら開けるようにと伝言もな」
「えっ、エヴァン先生から?」
リスト先生から巾着袋を受け取ると、とても軽くてびっくりしました。
膨らんではいるけど、何も入っていないかと思うくらい重さを感じないです。
一体何が入ってるんでしょうか?
首を傾げながら巾着袋を見つめていたら、先生が小さく笑いました。
「中身は知らないが、エヴァン先生のことだ、きっとクリスさんの助けになるものを入れてくれていると思うぞ」
「はいっ、ありがとうございます!」
その言葉に笑顔で頷いて、通学鞄のサイドポケットに巾着袋を入れました。
その様子を見ていたリスト先生は安心したように笑って、また最終確認のために職員室へ戻りました。
私も気を取りなおして教室へ入ります。
「おはよう!」
「おはよう、クリスちゃん」
「おう。おはよ」
校外学習のグループになったリィちゃんとカイト君が手を振って挨拶を返してくれます。
教室には、もうほとんどの子達が来ていて、保護者や守護獣らしき動物達もいました。
席に着くまでに会釈と挨拶をお互いに交わします。
保護者と言っても、お父さんお母さんもいれば、執事さんみたいな人やレガロお兄ちゃんぐらいの年齢の人もいました。
レガロお兄ちゃんぐらいの年齢の人…もしかしたら人間ではないのかもしれません。
だって、足元が浮いています。
リィちゃんが言っていた、契約精霊さんかな?
あまりジロジロ見るのも失礼になると思って、リィちゃんに向き直ります。
「すごい賑やかだね」
「ふふ。みんなの保護者もいるものね」
そう笑って答えるリィちゃん。
実際、組のみんなは何かしらの同伴者がいて、いないのは私達三人だけでした。
そういえば、私の家族のことは話すけど、リィちゃんとカイト君の家族のことは聞かないなぁ…。
リィちゃんは最初から保護者は来ないって言ってたし、カイト君も何も言いませんでした。
二人とも寮組だし、家がすごく遠くて来れないのかな?
そう考えていると、カイト君が校外学習のしおりを渡してくれました。
「一日目のフィールドワークは、オルデンの東にあるバンデの森だってよ。その森には古代遺跡群と国立植物園があるらしいぜ」
わあああ!それは楽しみです!
もともと森に住んでいることもあって、森の植物や動物を観察するのは好きです。
バンデの森にはどんな植物や動物がいるんだろう?
それも気になるけど、古代遺跡も気になります!
「すっげーわくわくしてるな、クリス」
カイト君が笑いながら言います。
リィちゃんも隣でくすくすと笑っています。
「だって、行ったことのないところだよ!?楽しみでしょうがないよ!」
両手を力拳にして力説する私に、二人は笑いながら頭を撫でてきました。
「クリスが楽しければ、それでいい。古代遺跡なら俺が案内できるぜ」
「植物のことなら、私に任せてね」
カイト君はぐしゃぐしゃに撫でながら、リィちゃんは花の髪ゴムも一緒に触りながら言いました。
二人のあったかい気持ちが伝わってきて、くすぐったい気分になります。
なんて贅沢なんだろう!
大好きな友達と勉強できることがうれしくて仕方がありません!
「うんっ!リィちゃん、カイト君、三日間よろしくね!」
二人にたくさんのありがとうの気持ちを込めて、元気よく返事をしました。
出発する時間になると、教室から学園の中庭へと誘導されました。
「どうして中庭?」と思いながらそこにみんなが集まると、リスト先生と他の担当の先生達が立っていました。
リスト先生、ギル先生、ミリア先生、その他にあまり見たことのない先生が三人。
ここにいないエヴァン先生は、他の何人かの先生と一緒に現地で待っているそうです。
そして、先生なのかわかりませんが、ちょっと年配のおじいさんがいました。
その手には、キラキラと輝く水晶玉のようなものを持っています。
「皆さん、おはようございます。校外学習一日目の今日は、フィールドワークになります。現地へはこちらの転移魔法を使って飛びますので、十人ずつのグループに分かれてください」
リスト先生がいつもより丁寧な言葉で短く説明をすると、みんな思い思いに十人ずつに分かれます。
私達は保護者がいなかったので、一番最後に先生達と一緒に飛ぶグループになりました。
クロードお兄ちゃんのことを誰にも言っていないので、最後でよかったかもしれないです。
まだお兄ちゃんは来てないけど、そのうち来るよね。
「それでは、転移魔法を発動させます。最初のグループの皆さん、この魔法紋章術の上に円になって立ってください」
リスト先生の言うとおりに最初のグループが魔法紋章術の上に立ちます。
すると、魔法紋章術の傍にいたおじいさんが水晶玉を掲げました。
それがぼんやりと淡く光りだして、星屑のような光がシャワーのように魔法紋章術の上に降り注ぎました。
最初はびっくりしましたが、その光がまるでフェルーテちゃんの羽根からこぼれる光の粒のようで、光が収まるまでその光景を見つめました。
リィちゃんとカイト君も無言で私と同じ光景を見つめていました。
それから順調に次々と転移魔法を発動していって、やっと私達の番になりました。
でも、どうしよう…クロードお兄ちゃんがまだこの場に来ていません。
どうしたんだろう?何かあったのかな?
そわそわしながら周りをきょろきょろ見渡していると、水晶玉を持ったおじいさんと目が合いました。
「そんなにきょろきょろして、どうしたんだい?」
「あっ、えと…」
話しかけられるとは思わなかったので、言葉に詰まってしまいました。
それによく見ると、この人をおじいさんと言うには、まだ若いかもしれないと思いました。
お髭のせいでおじいさんと思ってしまったみたいです。
どちらかと言うと、「紳士的なおじ様」と言う方がぴったりかもしれないです。
おじいさん…じゃない、きっとすごい魔法の先生だ。
こんなに大がかりなすごい転移魔法を何度も使えちゃうんだもん。
それに、あの水晶玉は転移魔法の魔導具かもしれないです。
そう思ったら、魔法の先生を尊敬の眼差しでじっと見つめてしまいます。
魔法の先生は何かに気がついたのか、その目を見開きました。
「…むぅ?お嬢さんは、まさか…」
その言葉に首を傾げようとしたら、ひょいっと体が浮きました。
この持ち上げ方は…!
後ろから急に抱き上げられましたが、私のよく知っている人だったので、びっくりなんてしません。
「クリス、ごめんな!遅くなった!他の先生に捕まって…」
「お兄ちゃん!」
私の予想通り、抱き上げる腕の主はクロードお兄ちゃんでした。
お兄ちゃんの肩は、走ってきたのか上下に揺れていました。
急いできてくれたことがうれしくて抱きしめ返します。
「大丈夫だよ!ギリギリセーフ!」
「そっか。よかった…」
そう言って安心するお兄ちゃんの背中をポンポンと撫でます。
息、整えてもらわないと!
リィちゃんとカイト君は、突然のクロードお兄ちゃんの登場にびっくりしたのか、目を見開いたまま私達を見つめています。
クロードお兄ちゃんが来ることを言っていなかったから、二人がびっくりするのは当然です。
特にリィちゃんは、いつもならお兄ちゃんが目の前に来たら逃げ出す勢いで距離を取るのに、それができないほどびっくりしているみたいです。
「…おい。どういうことだよ?」
カイト君の不機嫌な声が背中に刺さります。
この本気の不機嫌声、久しぶりに聞いた気がする…。
そのカイト君の声で我に返ったのか、リィちゃんも戸惑うように言います。
「クリスちゃん…保護者に来てもらうことになってたの?」
すごい。リィちゃん、落ち着いてしゃべってるよ。
全くこの状況に合わないことを思ってしまったことに首を振って、二人にこうなった理由を簡単に話しました。
リィちゃんとカイト君は、お父さんの心配もわかると言いながら、あっさりと納得してくれました。
むむむ。やっぱり過保護じゃないかな?
「でもな、それならそうと早く言えよ。俺達はグループだろ?秘密にしときたかったんだったら、誰にも言わねーし」
「うん、そうだったよね。二人ともごめん…」
カイト君の言うとおりです。
二人にまで秘密にすることはなかったよね。反省。
隣を見れば、リィちゃんもさみしそうな顔で私の頭を撫でていました。
「……それでは、そろそろよろしいかな?」
ゆったりとした穏やかな声に、はっとして顔を上げます。
気がつくと、この場に残っていたのは魔法の先生と私達だけになっていました。
どうやら先生達は先に送られたようです。いつの間に…!?
慌てて頭を下げると、魔法の先生は穏やかに笑ってくれました。
隣にいたクロードお兄ちゃんは、最敬礼で魔法の先生に頭を下げます。
魔法の先生は、視線でそれに応えました。
クロードお兄ちゃんと魔法の先生は知り合い?
二人を交互に見ながら首を傾げていると、魔法の先生はくしゃりと顔を皺だらけにして笑っていました。
その笑い方はとても温かくて、魔法の先生の最上級の笑顔なんだなと思いました。
「では、みんな紋章術の上に立ってくれ。先に行った人達が待っておるだろうから」
そう言われて、私達は慌てて移動します。
足元の魔法紋章術の模様をよく見ると、ライゼンさんとおでかけした時に見た転移魔法のものと似ていました。
同じじゃないと思ったのは、この模様には何かが足りないような気がしたからです。
使う人によって模様が変わるのかな?
そんなことを思っていると、魔法の先生が水晶玉を掲げて光のシャワーを降らせました。
魔法紋章術の中から見る光景は、外から見るよりも幻想的で温かいものでした。
魔法を発動したその時、魔法の先生は思いついたように言いました。
「そうだ、お嬢さん。今度、お茶会にでも招待するとしよう。無表情な弟子でよければ、話し相手にもなるぞ?」
「え…っ」
その弟子って……。
その最後の言葉を聞き取った時、体がふわりと浮かんで、気がつけば大きな森が見える丘に立っていました。
丘には、先に飛んだ人達がそれぞれ思い思いに過ごしながら待っていてくれていました。
「なかなか来ないから心配しましたよ。大丈夫でしたか?」
真っ先に声を掛けてくれたのは、エヴァン先生でした。
その心配そうな表情に、待たせてしまったことを申し訳なく思いました。
「はい、大丈夫です。遅くなってごめんなさい」
そう言って頭を下げたら、突然、叫び声が先生の後ろから聞こえました。
「っきゃああああああっ!!!く、クロード様!!?えっ!?ええっ!!?うそーーっ!!?」
その叫び声から始まって、他の人達もきゃあきゃあと騒ぎ出します。
エヴァン先生越しにその様子を見たら、クロードお兄ちゃんがみんなに囲まれていました。
あ、そうでした。
クロードお兄ちゃんのこと説明しなきゃ…。
あまりの騒がしさに、目の前のフェアリーエルフ様がまとう空気はちょっと怖いです、これは絶対怒っています。
叫び声の中には、きっとミルティちゃん達もいるに違いないです。
あ、リィちゃんもいる。
飛び交う黄色い歓声の中、遠い目になりながらどうやってこの場を鎮めようかエヴァン先生に助けを求めました。
リビングにいた家族みんなに声をかけて、うきうき気分で家を飛び出します。
今日は待ちに待った校外学習一日目!
クロードお兄ちゃんとは、出発直前の時間に合流することになっています。
「いってらっしゃい」と言う言葉を背に、急いで馬車の停留所に行きました。
停留所にはもう馬車が停まっていて、御者のおじさんがお客さんの荷物を積むのを手伝っていました。
「おはようございます!」
「おおぅ、おはよう、クリス」
「おはよう、クリス。早いわね」
「おはよう~」
挨拶をすれば、御者さんもお客さんもみんな口々に返してくれました。
荷物を積むのをちょっとだけ手伝って、時間どおり馬車は出発しました。
「ん?学校に行くにはまだ早い時間じゃないか?」
馬車に揺られていると、クロードお兄ちゃんの友達のシグさんに話しかけられました。
シグさんは、クロードお兄ちゃんの幼馴染で同じ自警団に入っています。
たまに家に遊びに来てくれて、ジルディースさんと雰囲気が似ている、さばさばしたお兄さんです。
今日は自警団の買出しでオルデンの武器屋さんまで行くそうです。
「あのね、今日から校外学習なんだ!」
「おお、それは楽しみだなー!」
「うん!」
シグさんと校外学習のことをお話ししていたら、あっという間にグランツ学園近くのバス停に着きます。
馬車を見送って、駆け足でグランツ学園の正門をくぐります。
これから行く新しい場所に、わくわくして仕方がありませんでした。
教室に入る前に、担任のリスト先生に呼び止められました。
まだホームルームの時間じゃないのに、どうしたんだろうと思っていると、両手に収まるくらいの小さな巾着袋を手渡されました。
「エヴァン先生から預かったものだ。困ったことが起きたら開けるようにと伝言もな」
「えっ、エヴァン先生から?」
リスト先生から巾着袋を受け取ると、とても軽くてびっくりしました。
膨らんではいるけど、何も入っていないかと思うくらい重さを感じないです。
一体何が入ってるんでしょうか?
首を傾げながら巾着袋を見つめていたら、先生が小さく笑いました。
「中身は知らないが、エヴァン先生のことだ、きっとクリスさんの助けになるものを入れてくれていると思うぞ」
「はいっ、ありがとうございます!」
その言葉に笑顔で頷いて、通学鞄のサイドポケットに巾着袋を入れました。
その様子を見ていたリスト先生は安心したように笑って、また最終確認のために職員室へ戻りました。
私も気を取りなおして教室へ入ります。
「おはよう!」
「おはよう、クリスちゃん」
「おう。おはよ」
校外学習のグループになったリィちゃんとカイト君が手を振って挨拶を返してくれます。
教室には、もうほとんどの子達が来ていて、保護者や守護獣らしき動物達もいました。
席に着くまでに会釈と挨拶をお互いに交わします。
保護者と言っても、お父さんお母さんもいれば、執事さんみたいな人やレガロお兄ちゃんぐらいの年齢の人もいました。
レガロお兄ちゃんぐらいの年齢の人…もしかしたら人間ではないのかもしれません。
だって、足元が浮いています。
リィちゃんが言っていた、契約精霊さんかな?
あまりジロジロ見るのも失礼になると思って、リィちゃんに向き直ります。
「すごい賑やかだね」
「ふふ。みんなの保護者もいるものね」
そう笑って答えるリィちゃん。
実際、組のみんなは何かしらの同伴者がいて、いないのは私達三人だけでした。
そういえば、私の家族のことは話すけど、リィちゃんとカイト君の家族のことは聞かないなぁ…。
リィちゃんは最初から保護者は来ないって言ってたし、カイト君も何も言いませんでした。
二人とも寮組だし、家がすごく遠くて来れないのかな?
そう考えていると、カイト君が校外学習のしおりを渡してくれました。
「一日目のフィールドワークは、オルデンの東にあるバンデの森だってよ。その森には古代遺跡群と国立植物園があるらしいぜ」
わあああ!それは楽しみです!
もともと森に住んでいることもあって、森の植物や動物を観察するのは好きです。
バンデの森にはどんな植物や動物がいるんだろう?
それも気になるけど、古代遺跡も気になります!
「すっげーわくわくしてるな、クリス」
カイト君が笑いながら言います。
リィちゃんも隣でくすくすと笑っています。
「だって、行ったことのないところだよ!?楽しみでしょうがないよ!」
両手を力拳にして力説する私に、二人は笑いながら頭を撫でてきました。
「クリスが楽しければ、それでいい。古代遺跡なら俺が案内できるぜ」
「植物のことなら、私に任せてね」
カイト君はぐしゃぐしゃに撫でながら、リィちゃんは花の髪ゴムも一緒に触りながら言いました。
二人のあったかい気持ちが伝わってきて、くすぐったい気分になります。
なんて贅沢なんだろう!
大好きな友達と勉強できることがうれしくて仕方がありません!
「うんっ!リィちゃん、カイト君、三日間よろしくね!」
二人にたくさんのありがとうの気持ちを込めて、元気よく返事をしました。
出発する時間になると、教室から学園の中庭へと誘導されました。
「どうして中庭?」と思いながらそこにみんなが集まると、リスト先生と他の担当の先生達が立っていました。
リスト先生、ギル先生、ミリア先生、その他にあまり見たことのない先生が三人。
ここにいないエヴァン先生は、他の何人かの先生と一緒に現地で待っているそうです。
そして、先生なのかわかりませんが、ちょっと年配のおじいさんがいました。
その手には、キラキラと輝く水晶玉のようなものを持っています。
「皆さん、おはようございます。校外学習一日目の今日は、フィールドワークになります。現地へはこちらの転移魔法を使って飛びますので、十人ずつのグループに分かれてください」
リスト先生がいつもより丁寧な言葉で短く説明をすると、みんな思い思いに十人ずつに分かれます。
私達は保護者がいなかったので、一番最後に先生達と一緒に飛ぶグループになりました。
クロードお兄ちゃんのことを誰にも言っていないので、最後でよかったかもしれないです。
まだお兄ちゃんは来てないけど、そのうち来るよね。
「それでは、転移魔法を発動させます。最初のグループの皆さん、この魔法紋章術の上に円になって立ってください」
リスト先生の言うとおりに最初のグループが魔法紋章術の上に立ちます。
すると、魔法紋章術の傍にいたおじいさんが水晶玉を掲げました。
それがぼんやりと淡く光りだして、星屑のような光がシャワーのように魔法紋章術の上に降り注ぎました。
最初はびっくりしましたが、その光がまるでフェルーテちゃんの羽根からこぼれる光の粒のようで、光が収まるまでその光景を見つめました。
リィちゃんとカイト君も無言で私と同じ光景を見つめていました。
それから順調に次々と転移魔法を発動していって、やっと私達の番になりました。
でも、どうしよう…クロードお兄ちゃんがまだこの場に来ていません。
どうしたんだろう?何かあったのかな?
そわそわしながら周りをきょろきょろ見渡していると、水晶玉を持ったおじいさんと目が合いました。
「そんなにきょろきょろして、どうしたんだい?」
「あっ、えと…」
話しかけられるとは思わなかったので、言葉に詰まってしまいました。
それによく見ると、この人をおじいさんと言うには、まだ若いかもしれないと思いました。
お髭のせいでおじいさんと思ってしまったみたいです。
どちらかと言うと、「紳士的なおじ様」と言う方がぴったりかもしれないです。
おじいさん…じゃない、きっとすごい魔法の先生だ。
こんなに大がかりなすごい転移魔法を何度も使えちゃうんだもん。
それに、あの水晶玉は転移魔法の魔導具かもしれないです。
そう思ったら、魔法の先生を尊敬の眼差しでじっと見つめてしまいます。
魔法の先生は何かに気がついたのか、その目を見開きました。
「…むぅ?お嬢さんは、まさか…」
その言葉に首を傾げようとしたら、ひょいっと体が浮きました。
この持ち上げ方は…!
後ろから急に抱き上げられましたが、私のよく知っている人だったので、びっくりなんてしません。
「クリス、ごめんな!遅くなった!他の先生に捕まって…」
「お兄ちゃん!」
私の予想通り、抱き上げる腕の主はクロードお兄ちゃんでした。
お兄ちゃんの肩は、走ってきたのか上下に揺れていました。
急いできてくれたことがうれしくて抱きしめ返します。
「大丈夫だよ!ギリギリセーフ!」
「そっか。よかった…」
そう言って安心するお兄ちゃんの背中をポンポンと撫でます。
息、整えてもらわないと!
リィちゃんとカイト君は、突然のクロードお兄ちゃんの登場にびっくりしたのか、目を見開いたまま私達を見つめています。
クロードお兄ちゃんが来ることを言っていなかったから、二人がびっくりするのは当然です。
特にリィちゃんは、いつもならお兄ちゃんが目の前に来たら逃げ出す勢いで距離を取るのに、それができないほどびっくりしているみたいです。
「…おい。どういうことだよ?」
カイト君の不機嫌な声が背中に刺さります。
この本気の不機嫌声、久しぶりに聞いた気がする…。
そのカイト君の声で我に返ったのか、リィちゃんも戸惑うように言います。
「クリスちゃん…保護者に来てもらうことになってたの?」
すごい。リィちゃん、落ち着いてしゃべってるよ。
全くこの状況に合わないことを思ってしまったことに首を振って、二人にこうなった理由を簡単に話しました。
リィちゃんとカイト君は、お父さんの心配もわかると言いながら、あっさりと納得してくれました。
むむむ。やっぱり過保護じゃないかな?
「でもな、それならそうと早く言えよ。俺達はグループだろ?秘密にしときたかったんだったら、誰にも言わねーし」
「うん、そうだったよね。二人ともごめん…」
カイト君の言うとおりです。
二人にまで秘密にすることはなかったよね。反省。
隣を見れば、リィちゃんもさみしそうな顔で私の頭を撫でていました。
「……それでは、そろそろよろしいかな?」
ゆったりとした穏やかな声に、はっとして顔を上げます。
気がつくと、この場に残っていたのは魔法の先生と私達だけになっていました。
どうやら先生達は先に送られたようです。いつの間に…!?
慌てて頭を下げると、魔法の先生は穏やかに笑ってくれました。
隣にいたクロードお兄ちゃんは、最敬礼で魔法の先生に頭を下げます。
魔法の先生は、視線でそれに応えました。
クロードお兄ちゃんと魔法の先生は知り合い?
二人を交互に見ながら首を傾げていると、魔法の先生はくしゃりと顔を皺だらけにして笑っていました。
その笑い方はとても温かくて、魔法の先生の最上級の笑顔なんだなと思いました。
「では、みんな紋章術の上に立ってくれ。先に行った人達が待っておるだろうから」
そう言われて、私達は慌てて移動します。
足元の魔法紋章術の模様をよく見ると、ライゼンさんとおでかけした時に見た転移魔法のものと似ていました。
同じじゃないと思ったのは、この模様には何かが足りないような気がしたからです。
使う人によって模様が変わるのかな?
そんなことを思っていると、魔法の先生が水晶玉を掲げて光のシャワーを降らせました。
魔法紋章術の中から見る光景は、外から見るよりも幻想的で温かいものでした。
魔法を発動したその時、魔法の先生は思いついたように言いました。
「そうだ、お嬢さん。今度、お茶会にでも招待するとしよう。無表情な弟子でよければ、話し相手にもなるぞ?」
「え…っ」
その弟子って……。
その最後の言葉を聞き取った時、体がふわりと浮かんで、気がつけば大きな森が見える丘に立っていました。
丘には、先に飛んだ人達がそれぞれ思い思いに過ごしながら待っていてくれていました。
「なかなか来ないから心配しましたよ。大丈夫でしたか?」
真っ先に声を掛けてくれたのは、エヴァン先生でした。
その心配そうな表情に、待たせてしまったことを申し訳なく思いました。
「はい、大丈夫です。遅くなってごめんなさい」
そう言って頭を下げたら、突然、叫び声が先生の後ろから聞こえました。
「っきゃああああああっ!!!く、クロード様!!?えっ!?ええっ!!?うそーーっ!!?」
その叫び声から始まって、他の人達もきゃあきゃあと騒ぎ出します。
エヴァン先生越しにその様子を見たら、クロードお兄ちゃんがみんなに囲まれていました。
あ、そうでした。
クロードお兄ちゃんのこと説明しなきゃ…。
あまりの騒がしさに、目の前のフェアリーエルフ様がまとう空気はちょっと怖いです、これは絶対怒っています。
叫び声の中には、きっとミルティちゃん達もいるに違いないです。
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